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水掻き蜥蜴と仮面の囚われ人

作者: 風連

「サッサと歩け。

日が暮れちまうだろうが。」

容赦なく、手にした短い鞭が背中を叩く。

首と両手が一緒の、木のかせをされているので、バランスを崩し倒れてしまった。

「やめとけ。

無駄な時間がかかるだろうが。」

前を歩く二足歩行の土蜥蜴つちとかげが、グイと枷を掴み、無理やり立たせる。

囚われている捕虜は、土蜥蜴たちより、頭ひとつ分大きかったが、枷が重い。

「こんな奴。

俺が叩かなくても、どうせ死刑だ。

ゲヘゲヘゲヘヘヘ〜〜。」

嫌な笑い声が、たるんだ喉から漏れる。

「ここで始末しておけば、手が省けるってもんさ、ゲハハ。」

「お前は、命令の意味がわかってないな。

こいつはそんじょそこらのカスとは違う。

これからの戦況を優位に立たせる駒なんだぞ。

死なせる訳にはいかないんだ。

叩くのも蹴るのも禁止だからな。」

ジロッと睨み返した後ろの土蜥蜴も、仕方なさそうに、この命令には、従ったようだ。

腰のベルトに鞭を挟み、長剣の位置を直している。

痛めつけられた身体を引きずり、川の端を歩かされていた。

彼らの親玉の棲家に連れて行かれたら、どうにもならないだろう。

丸太の一本橋がやがて現れた。

「やれやれ、ここを過ぎれば、迎えの奴らと合流出来るぞ。」

こいつらは、水が嫌いだ。

そもそもその太い尾が、身体を水に引き込み、まともに泳げないらしい。

丸太を渡るのに気をとられて、囚人から眼を離していた。

彼は、今しかないと、その身を水におどらせた。

重い木の枷がされていたから、泳ぐことは、出来ないかもしれないが、ここのまま、囚われ人として、引きづられて行きたくはなかった。

空を飛んだ身体を、長い鉤爪の手が引き戻そうとしたが、水に落ちる事を怖がり、おいきれない。

囚人の身体はそれをすり抜け、川の中に落ちていった。

泳ぎが下手でも、先頭の土蜥蜴は後を追って飛び込んできたが、何処からともなく飛んできた矢に刺され、うめいて水面に顔をあげた。

もう1人が、慌てて、丸太橋から、岸に移り、手を伸ばし水から引き上げにかかったが、いかんせん下半身が重いのだ。

手こずってるうちに囚われ人は、下流に流され、跡形もなく消えていってしまっていた。

矢は、思ったより、深々と左腕を貫き、ドクドクと血を溢れさせていた。

腰のベルトを外し、止血したが、流された囚人を追う事は出来ないでいた。


この星に来た人類は、知的生命体がいないと思っていたが、蜥蜴が文明を築いていた。

1・5m程の背の高さで、少し猫背ながらも、しっかり二本足で歩き、言葉もあやつっていた。

グレーのうろこに覆われ、たるんだような外皮と太い後ろ足と尾を持ち、少し短い親指のある4本指の手と、前面についた目の少し上から、短い黄色のトサカの様な物が生えてる。

眼は瞼が縦に開き、三角の瞳孔は、黒い。

口は意外に小さく、柔らかく丸くも開くので話し言葉が、聴きやすい。

丸い頭を持ち、耳は穴だけで鼻も口の上に筋のような部分に隠れるようについていた。

うろこは滑らかで、全体をおおい、グレーから薄い黄色になっていて、顎からしたの喉や腹は、薄い色をしていた。

肩のはってないスルッとした上半身に反して、下半身はもっちりと太い。

長く太い尾を引きずっているが、本気で走る時は、尾を上げて舵取りをするので、あなどれない。

革のベルトをして、武器やいる物を腰に下げていた。

人ほど器用ではなかったが、道具を持ち。家も家族も部族もあった。

それでもまだ国と呼ばれるほどの大きな勢力には、まとまってはいなかった。

それから50年。

人との交わりで、文明を発展させていたが、些細な行き違いから衝突し、今現在、揉め事から闘いに移行しつつあったのだった。


川に呑まれ、流れに翻弄されながら、木の枷で辛うじて浮きあがり、どうにか岸にたどり着けた。

上がろうとすると、蹴り飛ばされた。

水に頭から沈み、しこたま水を飲んでから浮き上がると、首の後ろをつかまれた。

「声を出すな。

動くな。

支えてやるから。」

耳元で囁かれ、ジッと従うしかなかった。

岸に群生している長い葉を茂らせてる植物の中、2人は口まで水に浸かり、ジッとしていた。

ドスドスヅルヅルと、騒がしい音が、岸を走っている。

あの土蜥蜴達だ。

少しガニ股だが、太い足と尾を使い、意外と速い。

3、4匹いるようなので、迎えの蜥蜴と合流したのだろう。

やがて、ドタバタと、うるさい足音は、何処かへ消えていった。

多分、もっと下流に流されて行ったと、思ったのだ。

奴らの考え方は単純で短絡的だが、中には思考を巡らす奴もいるので、油断は出来ない。

「このまま逃げるから、静かに。」

水音ひとつさせず、後ろ向きにされたまま、見知らぬ守護者に引かれ、川の淵を移動し出した。

少し、上流に行くと、浅瀬が出てきた。

あの丸太橋の下を通った。

この守護者は、泥をかき混ぜないように、スーっと、泳いでいく。

丸太橋の周りの草や泥が乱れていた。

土蜥蜴達が引き返して来ないか、緊張がはしる。

木の枷の浮力で浮き上がってはいるが、この泳ぎの上手い守護者に、身を任せ、後ろ向きに引っ張られて行くしかないのだ。

やがて、上流の支流の一本に入った。

そのまま、静かに引っ張られていった。

川はその流れを速くし、川幅は、縮まり、淺くなっていく。

大きな木が、川の淵に根を張り、その枝を川にかぶせている場所で、ようやく泳ぎが止まった。

「岸に上がるが、静かに。」

石だらけの河原だった。

あちこちに、ヌッと木立が立ち上がっているがそれ以外、身を隠す場所にとぼしい。

それでも、川の水を濁らすことなく、上がれたので、安心した。

目の前に現れたのは、白い蜥蜴だった。

見たことのない種類だ。

土蜥蜴より小柄だ。

白蜥蜴しろとかげは、口元に指を当て、シッと言った。

水の浮力から出ると、身体が重い。

疲れと傷と疲労が襲ってくる。

逆らう気力もなく、前を行く白蜥蜴の後をついて、石の河原を歩いて、上流に向かった。

白蜥蜴も腰に革のベルトをしていて、もう一本、たすきがけにしていた。

そこに矢とつとを背負い片腕に、弓を引っ掛けていた。

腰の剣は短く、何やら皮袋を下げている。

川から出たので、あちこちの傷口から、血が滲み出していた。

白いトサカの間の紅い眼が、それを見ている。

白蜥蜴は、方向をぐっと変え、岩山の方に歩き出した。

本当は走りたいのだろう。

時々、長い尾がびくんと上がる。

木の枷の重みに膝を着くと、枷を掴んで、先導してくれたので、少し足運びが速くなった。

半分引きずられながら、岩山に登ると、穴があって、何やら中に話しかけている。

知らない言葉だった。

黙って引っ張り込まれる。

しばらく歩くと、足の下が柔らかな草の上を歩いてるのに気づいた。

匂いは何かの巣だと、教えている。

2人は黙ったまま、かなり奥に入った。

暗い中に、ドッシリとした黒い影が、現れた。

白蜥蜴は、膝を折り、頭を下げる。

枷を掴まれてるので、囚われ人も自然と屈んで、同じく頭を下げた。

知らない言葉が、やり取りされ、草の上をまだ奥に進んだ。

穴は、奥で二股に分かれ、少し坂になってる方を上がっていくと、夕陽がわずかに漏れる場所に着いた。

囚われ人は、そこで枷を放され、フラフラとその場に膝を着いた。

白蜥蜴は、腰の短剣を抜き、荒く波うってギザギザした方で、枷を削り出した。

首と手の間の蝶番のはまってる部分を削り、広げると、金具はガチャリと下に落ちた。

そこから手を抜き、ギリギリの幅で、頭を抜いた。

半日付けられていた枷から解放され、ため息が漏れた。

白蜥蜴は、話始めると誤解して、シッと短く注意してきた。

水に濡れた身体が、ガクガク震えだす。

横に積まれたかれ草の山の中に入れられ、上から草をかけられた。

かれ草は暖かった。

そのまま、囚われ人は、眠りの世界に落ちていった。

捕まってから久々のゆったりした眠りだった。

囚われ人が、眼を覚ましたのは、夜明け前の寒い最中だったが、発酵してるかれ草の山の中は、暖かいので目覚めは穏やかだった。

多分この下には、あの黒い生き物のふんが、あるのだろう。

この穴の中は、同じ匂いで溢れている。

ざわめきと唸り声が、静けさを破った。

あの土蜥蜴のような怒鳴り声と。唸り声が重なる。

誰に言われなくても静かに息を殺し隠れる。

やがて、引き返したのだろう、あの黒い生き物の唸り声だけがしばらく響いていた。

いつの間にか、白蜥蜴がそばに来ていた。

「まだ静かに。」

かれ草の間から、その白い手がこぶしほどの桃に良く似た果物を突っ込んできた。

その手には水掻きが、並んでついていた。

「食え。」

受け取ってムシャぶりついた。

腹も減ったし喉も渇いた。

皮をかじり取ると甘い匂いが口に広がる。

一滴の汁も逃すことなく、食べ尽くした。

彼奴らは、捕虜に生魚を投げてよこすような奴らで、まともな食物は、久々だった。

食べ終わると、ようやく落ち着いた。

そのまましばらく、かれ草の中で過ごし、もう一回果物をもらって食った。

白蜥蜴は、どこかに行っては帰って来て、時々あの黒い影と小声で話しているようだった。

ウトウトしていたのを起こされたのは、夜中だった。

擦り傷からの出血も止まり、かさぶたが出来ていた。

「土蜥蜴の縄張りから出る。

起きろ。」

白蜥蜴は口に指を当て、シッと言った。

囚われ人は、頷く。

「これを奥歯で噛み、口に入れておけ。

飲み込むな。」

皮袋から渡された紫色の粒は、ほろ苦かった。

奥歯で噛み、歯と頬の間に移した。

白蜥蜴も、同じことをしている。

見てると、見る見る青黒く染まり出し、色が変わった。

囚われ人が自分の手を見ると、手も青黒く染まっている。

「3時間ぐらいは、この色だ。

今のうちに移動するからな。」

穴を上に上に歩くと、ポッカリ外にでられた。

月はないが、星明かりが美しい。

黒くなってる白蜥蜴は、彼奴らよりスッキリした身体をしていて、尾も細い。

眼だけは、赤く光っている。

囚われ人を先導しながら、岩山を登る。

やがて、階段が出てきた。

どうやら古い砦か城の跡のようだった。

石と朽ちた木の匂いがする。

螺旋に階段を上がると、広場に出た。

2人は影の中を壁に沿って歩き、小さな扉を押した。

そこは台所だったろう場所で、鍋やら桶やらが散乱していた。

灯りをつける訳には行かないので、何かを蹴飛ばさないように、ユックリと進んだ。

台所の端の戸をくぐると、狭い下に降りる階段が現れた。

白蜥蜴はかなりの暗さでも目が見えるようだ。

囚われ人も夜目には強い。

下の部屋は、物置らしい。

白蜥蜴は、真っ直ぐ奥に進み、柱の陰に手を突っ込んだ。

嫌な音を出して、横の壁が内側に引っ込んだ。

風が水の匂いを運んできた。

そこに入り、壁を戻すと真っ暗闇だったが、狭さもあり、手で探りながら、階段を下に下に降りた。

薄っすら灯りがさしてる場所は、川の一部らしい。

階段はその水場に沈んでいる。

白蜥蜴が黙って、囚われ人を後ろ向きにさせると、担ぐようにして、泳ぎ始めた。

波紋こそたつものの、水を掻く音も無く、2人は暗い水路を泳いだ。

やがて、外の川に出た2人は、別の階段のある場所に着いた。

そこから、又階段を上がると、石の建物が現れた。

これは知ってる。

ここいらの信仰の祈りの館だ。

それにしても古い。

蜥蜴のレリーフがそこかしこに掘られ、床の一枚一枚の石の板に、彼らの名前が刻まれている。

彼らの神が、長い年月の中、壁にその身を半分埋めた彫像として、正面の大きな壁に掘られていた。

神と一対に果実を実らせた木と記号化された水と太陽が描かれてる。

美しい建物だったが、見捨てられて長いのがわかる。

そこかしこにゴミや枯葉がたまっているのだ。

祭壇の脇に囚われ人を座らすと、白蜥蜴は、その尾で足跡を消しに行った。

満足して帰ってくると、祭壇の下の隠し階段を指差し、そこから又下に降った。

下に着くと、今度は壁伝いに、歩く。

床に丸い金属が埋められていて、その上を歩くと渇いた音がした。

鳴るたび、白蜥蜴は頭を上下に動かし、数を数えているようだった。

やがて、止まり、手で壁を押すと、今度は上にクルリとまわり、下が開いて、別の通路が出てきた。

屈んでそこに入り、壁を戻す。

どれだけ歩いたのだろうか。

白蜥蜴が薄っすら闇の中で浮かび始めた。

囚われ人の手も変わり始めている。

もう一度、壁を押すと、部屋に出た。

「これ以上は今は進めない。

ここで寝よう。」

そこには、渇いたかれ草が積んであった。

2人はそこに潜り込み、寝た。

緊張と慣れない道や沢山の階段を歩いたので、眠りは深かった。

この部屋には、細く長い窓が開けられていたので、夕陽が明々と差し込んできていた。

目覚めると、白蜥蜴はいなかった。

疲れてはいたが、身体は回復している。

かれ草の山から抜け出し、細い窓から外を見た。

見覚えの無い山が紅く染まっている。

下に川が流れていた。

それでも危険をおかしていつまでも窓のそばに立っているべきではないので、頭を引っ込めた。

どうせ外を見ても何もわからない。

今日までの事を思い出そうとしたが、考えがまとまらない。

お腹も空いた。

ただの壁が開き、白蜥蜴が入ってきた。

差し出された手には、あの果物が3個乗っている。

1つを、受け取ると、後の二つも、押し付けてきた。

お礼を言おうとすると、シッとおこられた。

静かに、頭を下げ、もらった果物を食べた。

桃と林檎の間のようで、美味しかった。

食べ終わると、あの色の変わる実を差し出された。

噛めば、白蜥蜴も青黒くなる。

同じような幾つかの古い建物の隠し階段や通路を抜けて、かれ草のある部屋に着いた。

今日もここで休むのだ。

2人はかれ草に潜り込み、寝た。

一度、頭の上をドタドタズルズルとあの嫌な蜥蜴たちが歩きまわってる音がして、緊張が走った。

奴らも馬鹿ではない。

そこいらの古い建物をしらみ潰しに探索してるのだろう。

動ける時間の少ない2人は、少しずつ、距離を稼ぐしかない。

囚われ人は、1人の時、窓に立つのも止めた。

こちらから見えれば、あちらからも見える。

次の日は、上から流れる水路の横を永遠に登った。

水路には、美しいレリーフが掘られていた。

畑を耕す蜥蜴たち。

木を切り倒す蜥蜴たち。

祈りを捧げる蜥蜴たち。

結婚式も、子供の遊ぶ姿もあった。

頭の上には、星座が輝き、月も登り始めた。

開けた場所なので、気は抜けない。

なるべく屈んで、素早く抜けたい。

闇の濃い穴に入った時、そばの藪がザワザワと揺れた。

出てきた影はのっそりと四つ足で歩き、穴の前で鼻を鳴らしたが、何処かに行ってしまった。

弓を引いて待ち構えていた白蜥蜴の肩の力が抜けた。

そこから、穴の中を這いながらすすんだ。

白蜥蜴の色が変わりだした頃、穴の出口が見えてきた。

予定より、時間がかかってしまっていたのだ。

ここには、かれ草の山はない。

仕方なく、ここで次の夜を待つ事になった。

囚われ人は、丸まり、静かにしていた。

白蜥蜴は、穴を抜け、何処かに行った。

そして果物を持って帰ってきてくれた。

2人は食べ終わると寝た。

夕方、白蜥蜴がブルブル震えていて、囚われ人は目覚めた。

彼らは寒暖の差に弱いのだ。

囚われ人は、温血動物の暖かな手で、白蜥蜴を包んだ。

クルリと抱きとめると、丸まった尾の震えも止まった。

そうして、夜中までの寒さを乗り切った。

日が差すと、白蜥蜴は日光で身体を温めていたのだ。

危険かも知れないが、こうしなければ動けない。

それは土蜥蜴たちも同じだった。

白蜥蜴が、夜歩くのは、大変なのだ。

次の隠れ家とかれ草の山は目と鼻の先だったが、今回はそこを使わず、次に向かう事にしたようだ。

2人は急いだ。

白蜥蜴は何も言わなかったかったが、囚われ人は土蜥蜴の縄張りの外に出る場所が近いだろうと、感じていた。

実を噛んで色を染め、古い城壁の下を、走った。

すぐ横に川が流れているので、いざとなれば、水に逃げる事が出来そうだ。

2度と、彼奴らに捕まりたくはない。

やがて、立派な橋が出てきた。

その橋のたもとに、着くと、一休みした。

古い石の橋は、美しいアーチを描き、欄干らんかんは、レリーフで花とつる草を形取り、クルクルと全体を巻いていた。

だが、誰も補修する者がいないのだろう。

所々ひび割れ、汚れている。

その橋の下に、藪に隠された道があった。

そのまま地下に続いている。

狭く低い天井は、囚われ人の頭をかすった。

首を少し引っ込めながら、左手を天井につけて、できるだけ闇の中を進んだ。

漆黒の闇で、白蜥蜴が、ボウッと浮かび上がり出した。

囚われ人の右手も白さを増している。

白く浮かぶ幽霊のように、一筋の明かりもささない、穴の中を進んだ。

足元は石が敷き詰められ、誰かの手で作られている穴だと、教えてくれる。

永遠に続くような穴に、星が見えた。

朝になる前の、薄い青と白い稜線が山を切り取り、朝日を覗かせた。

白蜥蜴は、寒さにブルッと尾をふるわした。

穴から這い出すと、2人で、そばの石を蓋にするため動かした。

出口は上り坂なので、中からこの石を動かすのは容易ではないだろう。

空気の流れも止める為に、白蜥蜴は周りの土を石と穴の隙間に詰め出した。

囚われ人も、背の高さを使って、上の方を、土で埋めた。

陽射しは柔らかく、暖かい。

穴のそばには、大きな木々があって、あの木の実がたわわに実っている。

白蜥蜴は、藪を引っ張って、穴も石も隠してから、熟れている実を、囚われ人の為に、もいで渡してくれた。

美味しかった。

日のある場所にいるのも久しぶりだ。

それでも、白蜥蜴は、話す事を禁じた。

2人は、食べ終わると、先を急いだ。

岩山から下る道を、川に沿って出来るだけ走る。

走り降りると、川幅が広がってる場所に出た。

そこに、小さないかだが繋がれている。

2人はそれに乗り、長い棒1本で白蜥蜴が操り、早瀬はやせの川を下った。

流れは荒く、岩があちこちに出てるが、岩を越える滝の様な流れを、竿でいなしながら、筏は瞬く間に、渓谷を突き進んだ。

流れが落ち着き、広い場所に出た。

白蜥蜴もその場に座った。

時々、下を竿で探りながら、筏は流れるままに、川を下って行く。

陽射しを浴びて、白蜥蜴も嬉しそうだ。

やがて、周りの木や草の植栽しょくせいが、変わった。

山の木々から、里に来た事がわかる。

白蜥蜴は、立ち上がり、竿を操って、小さな桟橋に筏をつけた。

2人は筏から上がり、白蜥蜴は筏を桟橋に繋いでいたときだ。

歓声と足音が、湧き出し、こちらに駆け寄る者がいる。

囚われ人は、身を隠す場所が無い川の淵で、思わず水に逃げようとして、白蜥蜴に掴まれた。

今にも桟橋から飛び込もうとしている囚われ人に、先頭の男が名前を呼んできた。

「お待ちください。

エレヴィ〜〜王‼︎

逃げないで下さい。」

それは、親衛隊長のカルバンの声だった。

振り向くと、人間と蜥蜴たちが駆け寄ってきている。

大臣のクレイとロジェもいる。

嬉しさで、呼吸も出来ない。

白蜥蜴は、スーっと、囚われ人のエレヴィから、離れ仲間のグレーの蜥蜴たちの中に消えていった。

それから、土蜥蜴との交渉は、あっけなかった。

彼らは、元の縄張りまで引き下がり、あの逃走に使われた城や祈りの館は、水掻きがある蜥蜴の一族にかえされた。

元々彼らの物だったのだ。

エレヴィが、彼女と会えたのは、3ヶ月後だった。

白蜥蜴は、その白さゆえ、戦士であり、彼らの神に仕える巫女だった。

エレヴィは、白蜥蜴の前で仮面を取った。

彼は、これがなければ、昼間、物を見る事が出来ない。

そこには、色の無い不思議な眼がキラキラと輝いていた。

「や、眩しい。

やはり昼間では、何も見えなのです。

光が多すぎます。」

エレヴィは、笑って仮面をつけた。

「いえ、逃げる為とはいえ、ご無礼をいたしました。」

彼女がお辞儀をすると、美しかった。

2人は、静かな部屋で、お茶とお菓子を挟んで、ゆったりした椅子に座っていた。

今日は、弓も矢も身につけていない。

腰には祭事用の編み込んだ革ベルトと模様が打ち込まれた鞘に、祭事用の短剣を下げていた。

エレヴィもゆったりした白の衣を着ている。

首からは一族の長の称号の書かれたメダルを下げていた。

「なんとお礼を言っても、言い足りません。貴女でなければ、どうなっていたか。」

「できる事をしただけです。

それに、あなた方は、闘いを望んではいなかったのでしょう。」

エレヴィは、大きく頷いた。

「単純な話なのです。

今年は作物のできが悪く、値が上がってしまって。

それを邪推されたのです。

中々取り引きのやり方が浸透してないのを、お互いに、ちゃんと話し合わなかったせいです。

どちらも悪かったのですよ。

土蜥蜴たちは、不当にされたと怒り、こちらは、支払いを踏み倒されたと勘違いしていたのです。」

白蜥蜴がころころと笑った。

笑いながら、エレヴィを見て、あの果物を差し出した。

「良かったですわ。

これは、お会いできたら、差し上げたくて。

良く熟れていますよ。」

エレヴィは、立ち上がり、果物をその手からもらって座り直した。

「ありがたかったです。

土蜥蜴は、生魚をよこすんですが、まだ生きてて、捕まえられないし、食べられませんでしたから。」

2人は笑った。

白蜥蜴は、その手にもう一つ、果物を持っていた。

2人は、おしゃべりをしながら、お茶も美しいお菓子も放っぽり出して、あの果物を食べた。

蜥蜴たちとの共存はまだまだ難題が山積みだったが、この白い蜥蜴と眼の色の無い人間の王が、その溝を埋めていくだろう。

土蜥蜴たちにも、人の恩恵は分け隔てなく届いている。

仮面の王と、白い蜥蜴は、ひとつの時代を動かし出していたのだ。

姿形が違い信仰も違っていたとしても、お互いがお互いに、与え分け合う事は出来るのだから。


今は、ここまで。

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