喪失
今回は、校争回はおやすみです。
その代わり、これからもちょくちょく入ると思うんですけど、キャラクターの回想になってます。
長いお話になってしまったんですが、ぜひ読んでください。
全くもって、現実は非常である。
幾らもがいても、もがいても。追いつくことの出来ない人物は誰にだって存在する。
自分だってそうだ。
歌代真琴。
雪平氷華。
雪平炎華。
そして最近仲間になった、八雲九火に、もうすぐ転校してくるというユーリカ・エーデルワイス。
それに、東条美紅とやら。
あの娘も、もしかしたら自分より強い異者なのかもしれない。
真琴からは、美紅は二種異者ではないと聞いた。
一種しか使わないと、聞いた。
『イレギュラーズ』は全員が二種異者以上なので、珍しく感じてしまう。
今は、校争準決勝についての話をしていたが、黒樹七海は昔のことを思い出していた。
自分には、荒れていた時代があった。
自分は、二種異者ということもあり、特別性のある異者なのだと思っていた。
しかし、同じ学舎には歌代真琴がいた。
…何が二種異者だ。
幾らもがいてもあいつの足元に一歩も追いつけないじゃないか。
そんなこともよく考えた。
今の七海と真琴の関係からは想像もつかないのかもしれない。
しかし、やはり一番2人の関係に変化が生じたのは、どこをどう考えてもあの時だと、言いきれる自信がある。
親の裏切り。
愛されていたはずの自分が。誰よりも期待されていたはずの自分が、実験体でしかなかったという事実。
誰が受け入れることが出来るというのか。
俺は、お前達の『創造物』でしかなかったというのか。
がんじがらめに拘束され、親により訳の分からない装置を取り付けられ、操り人形…『パペット』にされる。
あの時の、全てが地へと堕ちていく様な下降感の伴う絶望や、憎しみ恨み怨みの募った燃え上がるような殺意は、今でも忘れられない。
『…殺してやるッッッ!!!!
絶対に、殺じてやるがらな…!!!』
目の前に佇む、昨日の今日まで愛していた2人に向かって。
赤黒く染まった涙を流しながら叫んだ。
そこで、プツリと記憶は途切れ…
しかし。
目を開けた時。
目の前には同じ学舎の頂点に君臨する、幾ら手を伸ばしてもカスリもしない存在であった男がいた。
『…もう大丈夫だ、黒樹七海…
いや、七海。
俺とお前は、今日から兄弟だ。』
お前が兄な?俺は兄貴ってガラじゃない。
…と、呆れるほど綺麗な笑顔を浮かべ、ニシシと笑う、真琴がいた。
これは、そんな真琴と七海の2人の邂逅の物語。
「…。」
席に座っていると、自分の少し前にいる白髪が嫌でも目に入る。
良く言えば、ライバルかもしれないが
悪く言えば『目の上のタンコブ』。
「…気に入らないな。」
ボソりと呟く。
前の席の奴がビクリと動いたが、気にしてなどいられない。
聞こえたかどうかよりも、七海にはどうすればあの白髪の同級生を蹴落とすことが出来るかを考える方が、遥かに重要だった。
観察すればするほど気に触った。
授業中、別段なにかしているような素振りを全く見せない。
…授業を聞いている素振りさえ見せない。
その癖なにか聞かれると模範解答以上の答えで返す。
本当に、気に入らない。
そればかりを毎日考えていた。
実技の練習では、よくペアになった。
白髪についていける異者が自分しかいなかったのだ。
それがより一層、七海を憤慨させる。
何故、自分が付いていくので精一杯なのだ。
どんな技を仕掛けても、馬鹿みたいに光り輝く『壁』に阻まれる。
「…ッ!!…ッッ!!!!!」
ヤケになって、『闇』で殴り続ける。
正面、右、左。
しかし、白髪は1歩すら動くことなく全てを防ぐ。
指一本動かさない、表情一つ変えない。
それどころか、蔑んだようにこちらを見つめてくる。
(…その目が気に入らない…!!)
…実はこの時、真琴は別に蔑んでいたわけでもなく、睨んでいたわけでもない。
『…こいつ、他の奴らよりも頭何個分も遥かに抜きん出てる…。
それに、さっきから全力で異能使いまくってるのに少しも消耗したように見えねえ…』
むしろ、関心と好奇の目を向けていたのだが、激情した七海には分かるはずもない。
結局、七海は1度も触れることすら叶わず授業は終わり、家へと帰る。
家の中にいる時だけだ。心からくつろげるのは。
…少なくともこの日までは、七海はそう思っていた。
家に帰る。が、何かがおかしい。
いつもなら平日はいつも来ていて、出迎えてくれるはずのお手伝いの人が一向に出てこない。
(…今日は来ていないだけか?)
今までそんなことは無かっただけに、少し心にモヤがかかる。
両親は、とても名のある研究者だと、よく周りの人間から聞いている。
実際、2人は異能の事についても色々と解明してきたと聞く。
研究に多忙になるので、平日だけでも…ということでお手伝いさんを呼んでいた。
そんなお手伝いさんの姿は、すぐに見つかった。
『それ』は、居間に『あった』。
ついさっきまで生きていたと思えるその人間だった『それ』は
身体の至るところから、見たこともない植物に突き破られ、事切れていた。
「……………なん………だ。」
これは何なんだ。と、声にならないヒューヒューといった掠れ声が喉から出る。
(…!父さんと母さんは?!無事なのか?!?!)
急いで、2人の研究室がある下へと降りる。
ドアを勢いよく開け、名を呼ぼうとする。
「…とう…さ…ん?
………かあさん…?」
そこには、血に塗れた白衣を着替えもせず、さっきのお手伝いさんだったものから突き出ていた何かを調べている二人の姿があった。
「…やぁ。おかえり、ななみ。
……少し待っていてくれないか。
直ぐに終わる。」
母は何も言わず。父は、こちらを見ずともせずにそう言う。
それは、異様な光景だった。
人の死をなんとも思っていない。
むしろ、それすらも利用する。
そこには、自分のよく知る両親の姿など、微塵も存在しなかった。
真っ白になった頭を整理していると、突然目の前に紅く染まった父の顔が現れる。
「…ぁ…。」
言葉すら発せない。
頭に、何か機械の詰まったような何かを被せられ、拘束され…
我に帰る。
「…!!
離せ!!
離せよ!!!」
「暴れるな。ななみ。
これは、お前が《皇帝》となる礎になるのだぞ。」
「そうよ。ななみ。
大人しくしなさい。
母さん達が、貴方を《皇帝》にしてあげますからね…」
ふざけるな。と、叫ぶ。
「《皇帝》は、人類の敵じゃなかったのかよ!!?
人類が異能を授かったのは、《皇帝》を殺し、地上を取り戻すためじゃなかったのかよ!!?!」
心から叫ぶ。
大きな声を出しすぎて、喉がおかしくなってしまっている。
構うものか。叫び続ける。
「どうしてだよ!!??」
「黙れ!!!!」
男の怒号が飛ぶ。
「…ななみ。
《皇帝》は、人類のユメなのだよ。
誰にも侵されることのない、圧倒的存在。
《皇帝》の中には、触れるだけで相手を永久に凍らせてしまうような、『氷』『水』の異能の最終形態すらいると聞く。
…我々人類がどうあがいても、彼らには勝てやしないのだ…!!!」
父の口は止まらない。
その手には、種のような何かを持っているのを、七海は見落とさなかった。
「私達は、それに気付いてから研究に研究を重ねた。
具体的には、私たちの手によって、擬似的に《皇帝》をも超越する異能を生み出し、新時代の《皇帝》を生み出す…!!!
お前は、私達の希望の実なんだよ。ななみ。」
「ふざけるな…そんなの…ただの人形じゃないか…!!
そんなことで力を得ても、俺は少しも嬉しくなんて…」
そこまで言って、口をつぐむ。
父が、放った言葉に次の句を紡げなくなったのだ。
「人形…?
何を言っている。
お前達子供は、生まれた時から私達親の人形のようなものだろう。
私達がしつけ、物を覚えさせ、私達親が子供の将来のレールを敷くのだ。
それに、力を得るなどと強いことは言わないほうがいい。
お前はこれから先、二度と目覚めることは無いのだから。
…サヨナラだ。ななみ。我が愛しく愚かなる子よ。」
そう言うと、機械のスイッチを入れ、手に持った種を口に入れようとする。
抵抗も虚しく、頭がぐわんぐわんと鳴り響き、まともではいられなくなってくる。
目のあたりが暖かい。
自分が目から血を流していることなど、七海には分からない。
朦朧とする意識の中、最後の力を振り絞って、怨嗟の声を放つ。
『…殺してやるッッッ!!!!
絶対に、殺じてやるがらな…!!!』
そう言って、七海は何も、聞こえなくなった。
「…ははっ…。
何が兄弟だ、白髪…。
俺はお前が嫌いなんだぞ…?
それに、俺はたくさん人を殺したんじゃないのか…?」
目を覚まし、馬鹿なことを笑顔でぶっ放してきた白髪に向けて、そう問いかける。
周りには、政府の部隊であろう制服を着た異者どもの山が積み重なっていた。
…どれも、身体から歪な形をした蔦が飛び出し、その身体を覆っている。
意識を失う前に見た、植物の種のようなモノ。
飲まされた事を思い出し、吐きそうになる。
しかし、吐き戻せない。
目から涙が溢れて止まらない。
「俺は…どうして生きているんだ…白髪…ッ!!
何故…殺してくれないんだ…!!!」
とめどなく言葉が溢れる。
「…ッ…俺はッ…一舎に入り、トップで卒業し、安定した月居住区の警護について、父さんと母さんの手助けがしたかった…!!
ただそれだけだったんだぞ…!!!
なのにどうしてなんだよ…!!
どうしてッ…!!
取り返しのつかない数の人を殺したんだろ!?俺は!!??
お前は…政府の部隊ですら止められなかった俺を止めたんだろ!?」
自分を生かしただけの白髪に、何故こんなことを言っているのかが分からない。
でも、涙は止まらないし、口も止まらない。
「お前なら…ッ…俺の事を、殺せたんじゃないのかよ…!?
どうして殺してくれない…!!
こんな…バケモノを…どうして…生かしたんだよ…白髪………」
…自分の頬に、自分の涙じゃない何かが当たるのが分かった。
涙でぐちゃぐちゃで、前なんて何も見えない。
でも、その時分かった。
白髪…『歌代真琴』が泣いているのだと。
自分の事を疎ましく、邪魔だと心から思っていた相手のために涙を流しているのだと。
「バカ野郎…!!
死のうだなんて考えるんじゃねえよ…
そんな大層な夢を持ってんじゃねえか…!!!
なに他人に押し付けてさっさと逃げようとしてんだよッ…!!!
確かにお前はたくさん殺した…
両親だって、その手にかけた!!
でもなぁ!!!
それはお前の意思じゃなかっただろうが!!!
両親に無理矢理、バケモノにされちまっただけだろうが…!!!
次もう一度自分で自分をバケモノだなんて言ってみろ…!!また俺がお前をぶん殴ってやる!!!
もう二度とそんな馬鹿な口を叩けなくなるようにぶん殴って、また止めてやる!!!」
何故なんだ。どうしてこいつは。
頭が回らない中に、途切れ途切れで単語が入ってくる。
あぁ、そうか…。
俺は、両親も殺したんだ…。
意識が途切れたと思っていた、その記憶の更に先に、断片的ではあるが映像が混じっている。
自分が両親の胸に手を突き立て、『養分』を吸い出している。
視界も、植物の蔦に覆われよく見えないが、チラと映った両親の顔。
絶望なのか、それとも…。
自分の作り出した愚かなる怪物に命を刈られた2人は、まるで助けを求めるかのように腕を顔の前に交差し、立ったまま今自分に全てを吸い尽くされているのだ。
全てが終わったあと、そこには2盛りの砂の山があるだけで。
その中に、咆哮をあげる自分。
あぁそうか。
こいつは…
俺を『生かした』んじゃない…
歌代真琴は、俺を『救って』くれたんだ…
泣き疲れた七海は、そこで本当に意識を失った。
それを確認した真琴は、背に背負って歩き出した。
「もう大丈夫だ。2人とも。
怖い思いをさせてすまなかった…。
でも、こいつを許してやってくれ。
…こいつは、もう大丈夫だから。」
そう言うと、二人の横を通り過ぎていってしまう。
よく似通った、対照的な髪の色をした蒼赤の2人の、横を。
偶然その場に居合わせただけ。
この舎に引っ越してきて早々、巻き込まれただけ。
政府の部隊も全滅し追い詰められ、死を覚悟した所に、白髪碧眼の男の子が現れ、庇いながら戦い、無力化した。
その姿はまるで、2人には英雄のように映ったのだ。
名も知らぬ男女の邂逅。
しかし、姉妹はまた会う気がしていた。
お礼も言えていないのだから。
あれから何年も経った。
あの後、病院で目を覚ました俺は、政府の人間が詰め寄せた部屋の中を見て、自分の置かれている状況を悟った。
そしたら足利八千代が入ってきて、何かを喋ったと思ったら。政府の人間は怒鳴りながら全員帰って行ってしまった。
今だからわかる。
あの頃は八千代さんが政府の人間だっただなんて、俺も真琴も知らなかったが、恐らく俺の事件に真琴が関与し、解決したのが真琴自身であることも知っていたのだろう。
八千代さんは、刑は免れないだろう俺のことを、真琴の為に自分の立場を無理矢理に使って何とかしたのだと。
『君を助けた白髪碧眼の少年のこと。
よろしく頼んだよ。黒樹七海くん。』と、それだけ言って八千代さんは出ていった。
学舎に復帰できたその日に、真琴とも話をした。
今度は、『兄弟』として。
「ーーーーふふっ。」
「んぁ?どうしたんだ?七海。」
間の抜けた声を出す弟。
…自分だって突然笑ったのだ。人のことは言えない。
「いや。
…なんでもない。」
そう言うと、すぐに校争の話に戻る。
今は、自分と真琴しかいない。
女子陣は、みんなで手洗いに行ったところだった。
「…話、聞いてたか?」
「あー…
悪い、真琴。もう一回頼むわ。」
しゃーなしな?と笑いながら言う白髪碧眼。
俺はこれからもこのバカで間の抜けて、それでいて最強な弟を支え続けてやらないとな。
そう、心に強く思い直した。
七海の過去のお話でした。
また、適当なタイミングで他のみんなの回想回も入ってきます。
あとがきの文章が真面目くさくなってしまうほど、読みがいのある内容にしたつもり(意味不明)なので、ゆるしてちょんちょん〜〜!!!(ごめんなさい)