Dream Memories2 出発
――子供サイド――
「もう大丈夫? 忘れ物はない?」
おかあさんはいつもの優しそうな声でぼくに聞いてくる。
「もう~大丈夫だよ。ぼくだってもう、そんなに子供じゃないもん。それよりも早く行こうよ」
それは強がりだった。おかあさんはまだまだぼくを子ども扱いする。だから、どうしてもそれに少し反抗したくなったりするんだよね。
それを聞くとおかあさんは「そう……」と俯いた。
おかあさんの感じが、いつもとは違っていた。でも、ぼくにはその理由が分からないし、それよりも早く出かけたかったから、そんなことはすぐにどうでもよくなった。
「それじゃ、いきましょうか」
「うん」
そうしておかあさんと手を繋ぐ。おかあさんの手は、いつも何か優しい感じがした。
だけど、今日はいつもとは何故だか違った。悲しいという感じがした。
その時になって、ぼくは気づいた。
おかあさんは、悲しんでいるんだと。
理由は分からない。でも、おかあさんが悲しんでいるなら、それをぼくも一緒に悲しみたいと思った。
でも、おかあさんは前にこう言っていた。
悲しいなら楽しいことで忘れてしまえばいいと。
だから、ぼくは楽しみたいと思う。ぼくの楽しいという気持ちが、おかあさんにも伝わるように。
そうしてぼくは、おかあさんに手を引かれ外の世界へと出て行った。
――主人公サイド――
「それじゃいきましょうか」
「うん」
二人が手を繋いだその時、子供は目に見えて反応があった。そして、少しの間考えるとすぐに笑顔になり、手を引かれ出て行った。
(なんだ、今のは?)
子供というのはどこか抜けていて、それでいて鋭い。繋いだ瞬間の反応なのだから、母親について何か感じたのだろうが……。
(まさか、今のあの人の弱さなのか?)
もしそれを感じ取ったのなら、子供は何を思ったのだろうか。
悲しく思ったのだろうか。
不甲斐なく思ったのだろうか。
それとも、何も感じなかったのだろうか。
それがなんなのかも分からなかったのだろうか。
最後に、子供は笑った。何らかの答えが出たということだろう。だとしたら、それはなんなんだ? 母親と同じ強がりか、或いは俺の考え自体が違うのか。
子供は本当に純粋だ。どうなってもおかしくはない。自分自身をしっかりと持っている。
それに比べ、俺たちはどうだ? 他人に流されて生きてきたような気がする。
そのくせ、自分の弱さをさらけ出さないように、強がっていた気がする。
これが大人なのだろうか?
だとしたら、本当に子供というのは、なんてすごい存在なのだろう。他人に怯え、けど強がる俺たちとは正反対なほどに違う。
俺たちは結果論だ。夢なんてない。無謀だと分かればそんなことには手は出さない。それどころか諦めているんだ。挑戦することに。推測だけで諦めている。そこで無謀だと思ってしまう。
子供にはそんなことはなかった。やればなんだってできると思った。宇宙飛行士にだってパイロットにだって、総理大臣にだって。
今じゃ、そんなことは有り得ない。そう思う。
けど同時に、それは何か大事な物を無くしている気がした。
その何か――。それが、すべてを信じる純粋な心。それを無くしてしまっていた。
俺たちは物事を深く考えすぎている。それはいいことなのかもしれないが、同時に大切なものも失っている。
『純粋な心』
そこにある行動の意味。誰かか自分を助けてくれたとしても「それは自分を貶めるためのものではないか?」と思ってしまう。
『自分にメリットのないことなんて人はしない。それが真理だ。だとしたら、この人間は、俺を助けることで何を得ることができるんだ? それは、俺にとって不利に働くことではないのか?』
と誰に対しても抱く疑いの念。それをじっと、考えながら生きていく。
なんて……愚かだろう。
それでいいのか、悪いのか。正直、俺には分からない。ましてや、まだ高校生の分際でこんなこと言っているのも、滑稽なことなのかもしれない。それでも、俺の中では――
『人を自分のために利用し、操ること。そうでなければ、誰も人には手を貸さない。そこにメリットがあるから。自分のためになるから。そして、対象となった人間は何のためにこんなことをしているのか。一体どんな意味があるのか。それは自分には不利でないのか』
こんなことを考えてしまっている人間は愚かだと思った。
純粋な心。それを持っているあの子供は、なにかを感じ取ったはずなんだ。
あの二人は先に行ってしまった。もうどこにいったかも分からない。それだけ長く、俺は考えていたということか。
そんなことを思っていると、突如として睡魔が襲って来た。
いや、違う。これは逆だ。今、俺は夢から覚めようとしているんだ。
この夢も明ける。そこで俺はここであったときのことを覚えているだろうか?
夢のことなんて、大抵はすぐに忘れてしまう。そんなおぼろげなものだ。けどきっと、忘れたくないと強く願えば、それは俺の記憶の中に深く刻まれるだろう。だとしたら俺は……。
(そういえば……いつからだろう? 俺が純粋な心を失ってしまったのは……)
そんなことを思いながら、少しずつ意識は現実へと繋がっていった。