家族――天皇寺野乃花の希望2
電車に乗って、見知らぬ土地にまで俺たちは赴いていた。いや、少し御幣はあるが……。
野乃花は俺の後に黙ってついてくる。公園での後は何も話していない。しかし、別にそれが気まずいとも思ってはいない。今はそれでもいいと思っている。
少し歩き、そして茂みの中に入っていく。
歩くこと数分。視界の悪いそこを抜けた先にあったのは……。
「花畑?」
野乃花は驚いたように、そう口にする。
「ああ。そうだ」
俺もそうとだけ返す。
ここは、かあさんのお気に入りだった場所だ。この場所を、一週間前に電話で母さんに聞いた。そして昨日は、この場所がまだ残っているのかどうかを調べに来て、下調べもしておいた。
俺は再び、この地を眺める。今でも……冬のせいで花は無いとしても、そこには確かに面影があった。
「ここは……」
「ああ、そうだ。かあさんの死んだ場所だ」
「…………」
野乃花は再び黙ってしまった。
俺はそんな野乃花をよそに、話し始める。
「俺はここで、かあさんと共に死ぬかも知れなかった」
俺に刺さったナイフを思い出す。感触もすべて。
「だけど俺は、こうして今でも普通に生きている」
それでも、俺は生きた。いっそ、死ねばよかったとも思った。
「それはやっぱり、母さんが俺に託した言葉があったから」
けれど最初生きようとしたのは、死にたくないと願っていたのだろう。
でも、それこそが一番大事だ。
「生きなきゃいけなかったから」
その後、すべてを知った後でも、俺が生きようと思ったのは、俺が忘れている間に得たものだ。そう考えられるように、俺がなれたからだ。
「その願いに報いたいんだ」
かあさんの願い――。
「忘れていたから。思い出したから」
ずっと、それだけは忘れていた記憶だったから――。
「だからこそ、それに報いたい」
生きているからこそ、人は悲しめる。
生きているからこそ、人は絶望もする。
けど、人はずっとそのまま……絶望して悲しんでいると不幸になって、生きることさえやめる。
それは本当に死ぬということだけでもなくて、戒めのようにとらわれて。
この世界に縛り付けられながら生きることも、きっとそれは生きるとはいえないんだと思う。
それじゃいけない。
生きなきゃいけない。
だって、それは悲しむことさえ、できなくなるってことだから。
憎むのもいい。
悲しむのもいい。
それでも、幸せにはならなくちゃいけないんだ。
「それと、俺が思い出したことが他にある」
これは俺が最後――現実に戻る前に見たものだ。
「お前との記憶だ」
「私……との?」
「ああ。あの記憶はずいぶん昔だと思う。場所はここだった。ここで俺は、お前と一緒に遊んでいた。この花畑を走り回っていた。俺はお前に手を引かれながら走り回った」
俺自身そのころの記憶を思い出すように。懐かしむように話した。
「そうしてお前は、俺に笑顔を見せてくれた」
輝く、その顔で――。
「そうなんだ。俺の知っている野乃花って少女はそういう人だった。俺の見たかったものは、それだったんだ」
それだけを、俺は望んでいた――。
「だから俺はお前に笑ってほしい。幸せになってほしい。そうして見せてほしいんだ。あのころのように……」
本当の自分を――。
見失う前の姿を――。
翻弄されることのなかった、あの時を――。
絶望に染まっていない、心からの笑顔を――。
俺はただ……見たかった。
「…………」
野乃花は依然として黙ったままだった。なにか、考えるところがあるのだろう。
しばらくして、野乃花は口を開いた。
「私は、あなたが望むなら従うしかないよ」
俺は黙って野乃花の話を聞くことにした。
「私は今まで、あなたを不幸にしてしまった自分を戒めるために生きてきました。そのために、私ができることが私が不幸になることだったから」
そうしたしがらみに、俺達はとらわれてしまっていた。
「だから正直、私はどうでも良かった。あなた以外の人の幸せなんて、願っていない。私はただ、それだけを願い続けてきた。それ以外が不幸でもかまわない」
どれだけの悲しみが野乃花にはあったのだろう。
野乃花は俺と会ってはいけないと、ずっと思い込んできていたんだ。
野乃花は俺の幸せを願うために。
「でも今日、私は知った。あなたは不幸だと。それが私のせいだと」
そうして、今日。すべてが解放される。
「だからもう、私は不幸にならない」
不幸は連鎖する。
俺はそう思う。だからみんな不幸になった。
でも同じように、幸せも連鎖する。一人の幸せがみんなの幸せになる。
「あなたを幸せにするために」
そうして笑った。
「……ああ。俺も野乃花を幸せにするために」
だから、俺も笑った。




