家族――天皇寺咲夜の希望2
電車の中、俺は一つため息をついた。
人間、生きていれば嫌になることなんていくらでもある……なんて、生まれて十七年の俺が言うのはおこがましいか。
けど、今は別に嫌なことなんて無い。
あるのは気がかりなことだ。
大変なのは簡単に想像がつく。
それでも俺は、これから会いに行かなきゃならない。
そうだ。俺があの時誓った思いは今でも変わらない。
俺っていう存在の根本は、あの時と同じ……。
俺は――
『何も変わってなんかいない』
「やっぱりここまでくると威圧が半端ないな」
時刻は約、午後二時。母さんと電話で話して一週間後の、日曜日。
俺は目的地……野乃花の家まで来ていた。
俺がここに来たのはもちろん野乃花を救うため。
絶望から希望に変えるため。
すべてを思い出した今の俺の答えなら……野乃花はちゃんと聞いてくれるはずだ。
『何も分かってないよ……』
今の答えならきっと――。
「すぅ~~はぁ~~」
深呼吸をする。
今日は普通に考えて『あの人たち』もいるはずだ。正面からぶつかりにいくとか、この前は決意していたが、実際に前にすれば臆するのも当然だ。
まぁでもその言葉には嘘・偽りはないけどな。
俺は覚悟を決めて呼び鈴を鳴らした。数刻後には玄関に向かってくる足音が聞こえてきて、そして……扉は開かれた。
「はい。どなた……!?」
出てきたのは野乃花の母親だった。まぁ、実際は俺たちの祖母のわけだが。
彼女は俺を見ると驚いた表情をする。もう二度と来るなといった人物が目の前にいるのだから、当たり前の話。
彼女はあっけにとられていたが、すぐに我に返り感情を表に出す。
「あなた……なぜここに来たの?」
威圧のこもったその言葉。すぐに帰れという意味が、そこに含まれているのが容易に分かる。
俺はこの人と話していても、特に何もない。単刀直入に用件を伝える。
「野乃花に会いに来ただけです」
「帰ってくれるかしら」
俺の言葉など聞こうともしていない。彼女はまだ冷静な口調でそう言う。しかし、
「あなたの顔なんて見たくもないわ!!」
すぐにそれも終わった。
奥の方から「どうしたんだ?」という声が聞こえてきた。
「……!? 何で君が!?」
もちろん、それは野乃花の父親だ。母親のほうは父親が来たことは気にも留めず、話を続けて言った。
「あなたがいたから……あなたたちとであったから私の息子は……!!」
この人の考えはとうさんがかあさんと出会うことがなければ、とうさんは野乃花をかばって死ぬことは無かった……そういうことだろう。
けど、そんなものは話をそらしているに過ぎない。今の俺の目的は別にある。
話を聞こうともしない彼女に少し腹がたち、声を荒げて言う。
「今はそのことは関係ないはずでしょう!! 俺はただ、野乃花に会いに来ただけだと……!」
「関係ない!? そんなわけ無いでしょう!! 関係ないわけが無い!!」
そうしてと彼女は泣き出してしまった。父親はあわてながらも、背中をさすり彼女をなだめようとしていた。そうしながら、彼も話し始める。
「……私も同感だよ。彼女の言葉を否定なんてできない。君たちを恨んでしまう。憎んでしまう。人の死はそれだけ辛い。君にも分かるだろう?」
諭すような言い方をする。そしてそれを俺も分かっている。
「だからお願いだ。もう私たちとは関わらないでくれ。君を見ているだけで胸がむかむかとしてくる。もう、私たちの前に姿を見せないでくれ」
穏やかな口調で言われたその言葉だが、やはりそこにはとげが含まれていた。
彼は彼女を連れて中に入ろうとする。もう話すことはない、とういうことか?
俺は――叫んでいた。
「俺は……!!」
自分の気持ち……いや、本当の幸せのために。
「俺は正直言って、あんたらのことなんてこれぽっちも考えてなんかいない!! 俺はただ、野乃花をこの絶望から救いたいだけなんだ!!」
思いが爆発して声を荒げてしまう。
「なんでだよ!! なんで野乃花は苦しまなきゃいけないんだよ!! アイツは何も悪くなんかない!!」
それなのに……。
「それなのに……あいつは不幸じゃないか……。
それに、あんたらは俺達を憎いといった。でも、それならなんで野乃花を引き取ったんだ。あんたらは、そこに亡き自分たちの息子を重ね合わせていたんじゃないのか? あんたらはそこに幸せを感じたかったんだろう!」
言いたいことはちゃんとある。それなのに、うまく言葉にすることができなかった。
「…………」
彼らは黙って俺の言葉を聞いていた。何も言わず……聞いていた。
「でも……野乃花は幸せじゃないんだよ。不幸なんだよ。絶望のままなんだ」
自分でも何を言っているのか、よく分からなくなってきた。
「あんたらが俺を憎むのはいい。憎いなら仕方ない。いくらでも憎め」
全部、本当に俺の感じているすべてなのに……もっと言い方はあると思った。
「でも野乃花は……幸せにしてやりたいんだよ」
けど……。
「野乃花は俺の家族なんだから……」
これだけは、どんなときでも胸を張って言える。
「…………」
「…………」
二人は黙っていた。彼女は既に泣き止んでおり、俺に対する敵意というものも特には感じられなかった。
「もういいよ」
「!? 野乃花」
突然として野乃花が現れた。その登場に、その場にいた俺達三人は驚きを隠せない。
しかし、野乃花は冷静な態度で言った。
「話があるんでしょ? ここじゃ場所が悪いから、どこか他の場所で……」




