咲夜の休日――蘭
家に帰り着く。まだまだ時間はあるな……。なら……。
・逆立ちをする←
よし、逆立ちしよう。俺は早速、逆立ちをした。……。
「なんで俺はこんなことをしているんだ?」
自分でもよく分からなかった。というより、自分でもあまりに脈絡が無さ過ぎてびっくりしている。
だがそんな中で、俺は逆立ちできたんだと妙に感動していた。
「……これからどうしよう?」
正直腕が痛くなってきた。もうやめようかな?
そこで、俺の脳裏に一つの考えがよぎった。
「……いやいや、それはさすがにやめたほうがいいだろう……」
俺は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う。
そして俺は、逆立ちのまま『二階』にある『扉のしめきった』自分の部屋から、『階段』をおり、玄関に向かい、『そのまま』外に出て行った。
「うん……。何やってんだ、俺」
さっきやらないと否定したはずなのに、何故今こうしているんだ……。
俺の頭によぎったこと……それは『逆立ちのまま近所を走り回る』だ。
そう。俺はこれをしなければならない衝動に駆られた。
(なんなんだ? 俺は? 壊れたのか?)
突然、何の脈絡もなく、逆立ちをするくらいだからそうかもしれないけど。
それにピンポンダッシュの時を考えても、今日の俺のテンションは明らかにおかしい。
とにかく、一旦冷静になれ。今ならまだ間に合う。家に引き返せ。
(いや……ここまできたらもうやるしかねーな!)
と、変なところで俺の熱血スイッチが入った。
いいや、もうなるようになれ。俺は内心、諦めた。
だが、それはとても困難なことだ。周りからの白い目を自慢の防御魔法によって避け、手袋もしてなくて、すでに痛くなってきた手の痛みを我慢しなければいけないのだ。
俺の計算では、外周はおよそ一キロ。今の感じだと一キロをこの状態で走ったとしても十分以上はかかるのは必至だな。
(と、そんな無駄なこと考える前にはやく終わらせよう)
もしこんなことしている姿を知り合いに見られたら恥ずかしいからな。そう思ったすぐ次の瞬間のことだ。
「て、天皇寺さん……? あの……何しているんですか?」
「……蘭?」
いや……嘘だろ? なんで会ってしまうんだ?
汗がだらだらと溢れ出してきた。それはもう、足の爪先からもどんどん出てくる。手なんてもう……なんかぬるぬるしてきた。
それに蘭の顔が見れない。恥ずかしさで見れないのもあるが、逆立ちした状態で立っている人を見るのは、なかなかに困難だった。
そのせいで俺は今、蘭がどんな顔して俺のことを見ているのかが、全然分からなかった。声で判断する限り、引いているのは確かだろう。
「なぁ……なんでお前こんなところにいるの?」
話をそらす意味と、当然感じる疑問の二つの意味を持って俺はそう聞いた。
「えっと僕は、この近くにいる友達の家に行った帰りなんですか」
友達……というのはクラスのやつらとかだろう。お友達大作戦が大成功したことの何よりの証拠だな。少しとはいえ関わったことだ。嬉しいと同時に安心したぞ。
「そうか、それはよかったな」
「なにがよかったのか分かりませんが。とりあえず、状況の説明をお願いします」
……どうやら俺の話をそらすという目的は失敗に終わったようだ。どうする?
・意地でも白を切る
・黙って逃走する
・正直に話す
俺は……。
「あ……天皇寺さん!?」
黙って逃走することにした。全速力で走るが、何分逆立ちのままだ。そこまでスピードは出なかった。
しかし、俺の思いが強かったからか、どうにか逃げ切れそうな雰囲気だった。
「よし……これだけ走れば」
さすがにもう蘭をまけたと思い後ろを向いてみる。……うん。誰もいないな。安心して再び向きを変え歩き出す。しかし……。
「お……追いつきましたよ天皇寺さん」
息を切らし、ぜぇぜぇと蘭が前に立ち塞がっていた。
「な……なんでお前がこんなところに!!」
「別の道を使って先回りしたんですよ」
く!! あの道か。ここは俺の近所だから分かっているぞ。でもそこを通ると、俺の近所を走り回るというミッションができなくなるから通れなかった。
いや、今はそれよりも、どうやってここから抜け出すか考えなければ。
・意地でも白を切る
・黙って逃走する
・正直に話す
もう体力的に黙って逃走するのは無理だな。腕がびりびりしだしてきたし。なら……。
「…………」
白を切ることにした。
「どうしたんですか? さぁ早く教えてください。こんな時間に何をしてたんですか?」
確かに結構いい時間だな。家を出たのが午後四時ごろだったはずだし。そんな時間に逆立ちで走り回っている人なんて見つけたら、それは気になるよな。
でも、普通知らん振りすると思うんだが。知り合いでも話しかけるはず無いと思うんだが。お前だって変な目で一緒に見られるんだぞ?
そうだ! 俺はこいつのことを思って白を切るんだ。自分のためでは断じてない。
「…………」
「……分かりました。答えないつもりなんですね。それならこちらにも考えがあります」
「…………」
考えって何だ? と思ったがそれを聞くわけにはいかない。俺は無視を続けた。
蘭はそんな俺を見て、一つため息をついてから言った。
「最新作ゲーム……」
「!!?」
最新作ゲーム!? それって作者が、適当でもいいから名前くらい決めればいいのにつけなくて、どんなゲームなのかよく伝わりきっていないあのゲームのことか?
でもそれがいったいどうしたって言うんだ? 驚きはするものの声には出さず黙ったままで蘭の言葉を待つ。
「そう。天皇寺さんが好きだと言っていた、あのゲームの新作の件です」
そういえば、蘭の誕生日に集まった時、そのことを話したな。覚えていたのか。だが、新作だと?
「馬鹿な!! あれは半年前にシリーズが完結したはずだぞ!!」
思わず声を出してしまったが、今この話題においてはそうなってしまうのも仕方がないと思う。
「でも、もし次が出るとしたら?」
「……いや、ありえないな。あのゲームはあの終わり方をしたからこそ、感動があったんだ。あれにさらに物語を続けなんてしたら……」
「そうですね。きっと駄作になるし、その一作で超人気シリーズに泥を塗ることになりますね」
「ああ。その通りだ。だから続編なんて……」
「でもですよ?」
蘭はそれでも食い下がって話を続けていく。
「でも続編が作られたらどうするんですか? 一ファンとしてどういった気持ちになりますか?」
「!? だからそんなことはありえないし、ファンとしては絶望するに決まってんだろ!」
それを聞くと蘭は少し笑って、予想外のことを言ってきた。
「じゃあ、続編を作ることにしますね」
……は?
「は?」
心の声と実際に出した声が同じになった。それだけ、俺には意味が分からなかった。
どうにか頭の中から言葉を搾り出して、質問をする。
「なんでお前が?」
しかしそれは質問と呼ぶには、あまりにも馬鹿なやつが発するものだった。
「言ってませんでしたっけ? 僕の父親はそのゲームの開発グループに所属しているんですよ。しかも最高責任者の立場でね。それで、僕も時々アイデアを父親に言ってたりしてましたし、実際に採用されたものもあります」
な……なんだと? こいつが……俺の敬愛するゲームの……開発者の一人? しかも親は最高責任者?
……駄目だ。もう俺のキャパを軽く超えている。オーバーヒート寸前だ。
「そこで、です。僕が父にこのシリーズをもう一作、作るように提案すればたぶんつくられると思うんですよね」
……ああ、やばい。これマジやばい。こんなに重大な話をされているというのに逆立ちのままで集中できない。
それに、考え事をしだしたらめちゃくちゃ頭に血が……。倒れそう。
……もうしょうがないな。最後の選択肢だ。
・意地でも白を切る
・黙って逃走する
・正直に話す
俺は……。
「なぁ蘭。今の状況については話すから、その件に関しては絶対にやめてくれ」
「分かりました。天皇寺さんが正直に言ってくれるなら、僕はそんな酷いことしませんから」
よかった。これであのシリーズの名誉は保たれた。ひとまずは安心だ。ユーザーとしては、自分の手で守れたことを誇らしく思う。
けど俺は今日のことを通して、蘭の新たな一面が見れたと思う。これで蘭と前より知ることができたけど、知らないままのほうがよかったような気がする。
蘭はいつものように、天使のような笑顔を俺に向けていた。
「えっと、つまり何だか無性に逆立ちしたくなって、さらに何だがこのあたりを走り回ったりたい衝動に駆られた……から走っていたんですか?」
「ああ。その通りだ」
俺は蘭の横に立ち、歩きながらその説明をしていた。ちなみに、俺はもう逆立ちはやめて、普通に歩いている。
というか蘭に出会った瞬間に逆立ちをやめていれば、いや普通に走って逃げればそれでよかったんだよな。
「それはなんていうか……その……はい」
「何だ、その反応」
蘭は苦笑いをする。うん。まぁ分かるけどね。俺だって突拍子もないことだと思っていたし。あれは……そう。不思議なパワーが俺にそうさせたんだ。
「でも、だとしたら僕、天皇寺さんの邪魔をしてしまったんでしょうか?」
申し訳なさそうに言ってきた。
「別に気にする必要はないぞ?」
逆にあのままやっていることのほうが恥ずかしいと思うし。
俺たちはそうして、お互いに何を言ったわけでなく、なんとなく、散歩という形で適当に歩いていた。
「んじゃ、またな」
家に着いた。ので、俺は蘭に別れの言葉を告げる。
しかし、蘭は「まってください」とそんな俺を呼び止める。
「なんだ?」
「えっとですね……その……」
蘭のやつは呼び止めた割には何も言わないし、迷っているみたいだ。
「用があるなら早く言ってくれないか?」
「えっとそうですよね。すみません」
急かしてみるが一向に話す気配はなく、歯切れが悪い。
「あの……ですね……その」
「?」
「やっぱり、なんでもないです!! 僕、帰りますね!」
「……なんだったんだ?」
話を急にやめて、蘭は走って帰っていった。俺はあまりに急なことだったため、蘭の走っていったほうをしばらくぼーっと眺めていた。
自分から呼び止めておいて勝手に帰るってどうなんだよ?
不思議に思いながら、家の中に入り、そうして今日も一日が終わっていった。
――蘭サイド――
逃げてしまった。
本当はせっかく会ったのだから、あのことを相談したかったんだけど。逃げてしまった。
でも、仕方が無いのかもしれにない。
だって、天皇寺さんはすでに迷っていなかったから。もうきっと解決してしまったんだ。
最近……僕の誕生日に会ったときの天皇寺さんは、少し無理をしているようだった。
なにかの事情があるのだと思った。
だから、僕はいつかその悩みを聞こうと思っていた。それで恩を返そうと思った。
でも、知らない間にそれは解決していた。
僕は結局、天皇寺さんにとってそこまで深い関わりのある人物……悩みを聞いてあげる、話してもらえるだけの人にはなれていなかった。
僕はそれが、少しだけ情けなかった。それに気づいて逃げてしまった。
でも、もうそういう時期なのかもしれない。
僕が頑張ってきたのは、全部天皇寺さんのおかげで、その恩を返そうとしていたけど、もういいのかもしれない。
もう僕と天皇寺さんは違う『人』なんだ。これ以上関わることも、もしかしたらないのかもしれない。
僕はそれを理解すると、目にたまった涙を堪え、再び走り出した。




