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『守る側』 『守られる側』

 それから数分後――


「えっと天皇寺さん……」

「うん?」


 ついさっきまで、一緒に変な会話を繰り広げていた蘭が話しかけてきた。

 と言っても、さっきまでとは明らかに様子が違う。口調もさっきと違って丁寧にさん付けになっているし。……何だ?


「その……。さっきはごめんなさい!」

「はあ?」


 何故だか、いきなり謝られた。

 意味が分からず困惑していると、蘭は申し訳なさそうに、答えた。


「えっと……だから……その……。さっきはあんな失礼な態度をとってしまって、ごめんなさい!!」


 失礼な態度って……あのクラムチャウダーとかのことか? 確かにあれは失礼すぎると思うが……。


「いや……まあ、いいよ。そんなこと気にしなくても。俺は気にしてないし」


 若干凹みはするがな。


「……本当ですか?」


 不安そうに顔をあげる。……別にそんなことで悩まなくても……。って、それは俺がお気楽すぎなのだろうか?


「とりあえず、そのことはもういいから」

「あ、はい」


 とにかくそれだけは言っておいた。


「…………お前男なのな」

「え? そうですけど」


 さっきまでずっと気づかなかった。

 というか、制服着てなかったら絶対分からなかったな、これは。

 名前もどっちとも取れるような感じだったし(俺が言えたことじゃないが)。

 ……そういや最初、こいつを見て俺は変な想像をしてたな。……うん。よかった。あのとき変な気、起こさないで。


「……あの。それがどうかしたんですか?」

「ああ。いやなんでもないよ! 全然! 本当に!」

「はぁ」


 俺の挙動不審な態度に、不思議そうな顔をするも、どうやら納得してくれたようだ。


(……さて、どうするか)


 ここにいても正直、気まずいだけだな。別段、仲がいいとかそういうわけでもなし、まったくの初対面だ。


(ここにいなければならない理由もないか……)


 俺は立ち上がり、蘭に声をかける。


「じゃあな。蘭」

「え? もう行っちゃうんですか?」

「だってここにいたってしかたないだろ? ましてや、初対面のやつとなんてそうそういたいとは思わないしな」


 そうして教室を出ることにした。


「あ……待ってください!」


 だが、蘭に呼び止められてしまった。


「……なんだ」

 正直早くここから去りたい俺は、蘭からすれば言葉に棘があるように感じるだろう。実際に「ひぅ……!」と目を合わせた瞬間にそう悲鳴のようなものを上げていた。

 それでも、自分に言い聞かせるように何かをぶつぶつと呟き、決心したような目をして俺に言った。


「また……会ってくれますか」

「はぁ?」


 俺は少しまぬけなくらい間延びのした声を出した。多分そのはずなんだど……。


「ひぅ! ごめんなさい! ごめんなさい!! 変なこと言ってごめんなさい!!」


 怖く聞こえたのだろうか。それとも、怒っているとでも勘違いしたのだろうか。いきなり謝りだしてきた。

 ……つーか、なんなんだ。さっき、あんな決意したような目してたのに。もう折れたのかよ。

 ……まあいい。それよりもこの質問どういうことだ。


「また会ってくれますかって。どういうことだ?」

「ああ、いえ! ごめんなさい。迷惑……でしたよね。いきなりこんなこと言われても。気にしなでください! 別になんでもないんで」


 蘭は必死に、取り繕うように口早に言葉を並べ立てる。


(ああ……なんでだろう)


 なんでこいつは、こんなにも自分というものを表に出さないのだろう。

 あって間もない俺が、こんなことを言うのは、おこがましいとも思うが、自分自身の持つ意見・意思をこいつは主張できていない。

 そういう人間は基本的に他人の意見に流されて生きている。いや、いく。

 自分の意思よりも他人のことを優先しその方につく。


 それは一見優しさだとも思えるがそうじゃない。ただただ、弱いだけだ。いや、弱いと思っている。思っていたいだけ。


 他人に流されて生きるのは本当に簡単なことだろう。なんせ、そこには自分の意思がない。自分は何も考えずとも、周りの意見に従っていればいいのだ。周りが決めてくれるのだ。

 でもそれは、本当につまらなく、愚かなことだろう。


 中には本当に弱い存在もあるだろう。子供のころなんて特にそうだ。小さいころに大人の言うことに従うことや、勉強するなどは他人から与えられた情報だ。教え込まれることだ。

 子供のころはそういった、人としての基本である本質的な部分を覚えていく。


 でも、俺が言いたいのはそういうことじゃない。それらを知らない俺たちは、誰かに守られなければならない本当に弱い存在だった。だから『守られる側』にいた。


 だが時間は進み、やがて大人に近づいていく。その時、俺たちは『守る側』へと回らなければならないはずなのだ。弱い存在を守るために。


 その時に、自分に甘えているやつは自分を弱い存在だと認識しているのだろう。自分では無理だ。そんなことできるはずがない。彼はどうするだろう? 他の人は?

 そんなことを考えてしまう。やるまえから諦らめて、努力もしないでそんな弱さに甘えている。


 もし、自分一人しかそこにいなかったら、自分でどうにかしなければいけなくなったら、彼らはどうするのだろう。きっと何もできないか。新たに、何かにすがり始めるのだろう。自分でできるはずなのにだ。

 きっと大半のものはこう言われたことがあるはずだろう。


「やればできる」


 いろんな人に言われているはずだ。それなのに『守られる側』でいようとする。『守る側』にいかなければならないはずなのに、そんな風にずっと自分に甘え続ける。

 俺はそういう人間が嫌いだ。だから、俺はこいつのことも――


(嫌い……なのか?)


 一瞬そう思う。けれど、すぐに理解する。


(いや、違うか……)


 こいつはそうじゃない。なんせ、俺に声をかけてきたのだ。まだあって間もない俺に。

 怖かっただろう。辛かっただろう。心細かっただろう。

 確かに、一度心は折れてさっきまでのことはなかったことにしようとした。

 でも、それでも声をかけたのだ。

 頑張ったのだ。

 努力したのだ。

 だとしたら、それは『成長』をしている。いや『成長』しようとしている。


 それは『守られる側』にいる、何もせずにいるやつらとは違うことだ。変わるという事だ。だとしたら俺は……。


(まったく……いつから俺はこんなおせっかい焼きになったんだ)


 少しだけ自分のことが笑えてくる。

 本当になんでだろう。こんなやつに気を使っても意味はないはずなのに。ましてや、俺は今ここで授業をさぼっているような駄目なやつだ。


(いや、それはこいつも同じか)


 こいつの場合は、何か理由があるだろうが……。まあ、とりあえず俺はこいつを……。


 俺は蘭の頭をポンポンと叩く。今まで俯いて、元気なく沈んでいたその顔が、俺を見上げる。

 蘭の目を見る。それはとても良く澄んでいて、まさに穢れなきという感じだった。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 だから、俺は言う。その言葉を。


「よく分かんないけどさ。俺なんかでよかったら、喜んで会ってやるよ。いや、俺からも言おう。また俺と会ってくれ、蘭」


 特別なものではない。ただ、会いたいとその感情を伝えただけだ。でも蘭はその言葉を聞いて、最初は一瞬ぽかんとしていたけど――


「……はい!!」


 そう元気よく答えてくれた。

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