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誕生日2

「…………」

「…………」


 どうにか家の中まではこれたが、気まずい。さっきはいろいろ格好つけたこと言ってはいたが、どうにも空気が変わる気配は無い。

 特に隣に座っているため、この空気は本当に耐えられない。せっかくの野乃花の誕生日祝いなのに、こんな暗い雰囲気じゃ駄目だと思う。

 野乃花も喜べないだろう(野乃花が喜ぶ……いや笑う姿すら想像できないけど)


「えっと……ケーキ買っていたからこれ食べてよ」


 そう言って、ケーキの入った袋を差し出す。

 これはこの辺でおいしいと評判になっているものだ。あんまりケーキとかは食べないし、こういったものには疎いほうだが、何週間か前に学校で噂していたのをたまたま聞いたのがその店だ。


 実際に食べてからのほうが渡すのなら良かったのかもしれないが、さっきいった疎いというのは味に関してもなため、そのまま買うことになった。


 買ったのは一人分。本当ならいくつか買ってやりたかったが、もしケーキが残っていたら、ここの家の人に何を思われるか分からないからな。

 何を食べるのか分からなかったけど、店の人にお勧めを聞いてそれを買った。


 野乃花は一向に袋を受け取らなかった。仕方なかったので机の上に置いた。

 すると、野乃花は口を開く。


「もう用事は済んだでしょう? 帰ってください」


 冷たい言葉。

 そこには関心もなにもない。俺を遠ざけようとする。関わりたくないと思う気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

 だけど、俺には言わなきゃいけないことがある。


「いや、用はまだあるさ」


 そういうと野乃花は顔を向けてきた。

 驚いたのだろう。用は済んだ。そう思っていたんだから。

 でも、今日は祝いの日だ。これを言わなきゃ、今日ここに来た意味の半分もない。


 俺は野乃花の顔を見て柔らかい笑みで話しかける。


「誕生日、おめでとう」


 野乃花は驚いたように目を開く。思っても見なかったそんな感じだ。

 でもやっぱり、それが俺の気持ち。


 おめでとうと、思ったから伝えたくなった。それだけだ。


 これで今日のやらなきゃいけないことは終えた。


「それじゃ、俺はもう行くな」


 俺は立ち上がり、別れの言葉を告げ帰ろうとする。


「あ……」


 野乃花は少し何か言いたそうな感じだったが、そこは無視した。

 できるだけ早く、ここから離れたい。

 この場所には長く居たくない。

 本当なら立ち入りさえしない場所なのだ。交わってはいけない。それでも……。


 そのとき、廊下の方からがちゃ、っという音が聞こえてきた。

 やばい。まさか……!


「ただいま、野乃花」

「くっ!!」


 やっぱり……この家の人間か。前までなら、この時間は野乃花一人しかいなかったのだが、一年も前のことだ。変わっていたか。


(それよりどうする!? この部屋の間取り的には、窓から逃げるっていうのはできない。なら他に逃げ場所は……)


 考えているうちに時間は過ぎていき、足跡が近づいて来る。


(くそ……もう時間が!)


 そしてそのまま何もできぬまま、ドアの開く音が聞こえる。


「!?あ……あなたどうして」


 見つかった……。これはもう絶望的だ。何を言われるのか、予想さえできない。


「どうして……」


 体全体がわなわなと震えている。そこからはすでに、余りあるほどの怒りが溢れでている。


「どうしてあなたがいるの!」


 溜めた怒りはすぐに、たった一瞬で爆発する。


「あなたがいたせいでうちの息子は……健宏たけひろは」


(? どういうことだ)


 何を言われても対応できるように身構えていたつもりだったが、彼女の発言は理解さえできなかった。

 息子……つまり、俺の父親がどうしたって言うんだ?


 俺の父親は、俺が子供のころに事故で死んだ……。

 それが俺と関係がある? 俺のせい? 一体どういうことだ?

 俺には昔の記憶はほとんどない。その間のことってことか?


「出ていって……」


 彼女はその後ゆっくりと静かに、それでも、怒りのこもった声で言い放つ。


「早くこのうちから出て行きなさい!!」


 再び怒鳴りつけてくる。きっと、俺と長く居たくないんだろう。俺と同じ気持ちだ。

 怒りはあっても、会わないでいたほうが平穏に過ごせる。ならもう、これからは会わないことのほうが一番いい判断だろう。


 ここはもう従うしかない。

 それに、もう用は済んでいるんだ。……野乃花に少しでも気持ちが伝わってくれているならいいな。

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