接触
日付は十二月七日。今日は平日だ。だから、学校はサボる。
まぁ、それでもいつもと同じ時間に起きて、支度は完了している。電車で結構かかるからな、あそこまでは。
それにケーキも買っていかなきゃだし……うん。時間的にも今向かえばいい具合だろう。
俺は家を飛び出した。
今日は野乃花の誕生日だ。そして、俺はもうすでに野乃花の家の前にまで来ている。
一人で会うことはまだまだ違和感があるが、それでも決めたことだ。
希望を持つ。何事も信じてなんぼだって。
「ふう……」
止まっていた歩を再び動かし、玄関まで行く。そしてそのままチャイムを鳴らした。
「……いない……よな」
今まで通りなら、この時間は野乃花一人だけのはずだ。
けど、もし家に野乃花以外の人がいたとなれば、そうそうに追い出されるだろう。まぁそのときは、家に入れているかさえ疑問だがな。
しばらくすると、どてどてと家の中からこっちに向かってくる音が聞こえた。音が消えると、同時にドアが開かれる。
「はい。何の御用で……」
野乃花は俺の存在を確認すると、言葉を途切れさせた。ドアを開けながら、言葉を発していたため、途中までは言ってたけど。
「ひ、久しぶりだな。野乃花」
なんとなく居心地が悪く感じ、歯切れ悪くなるも挨拶をする。が
「…………」
バタン!!
ドアは閉められてしまった。……って
「なんで!?」
突然の出来事に、間抜けな声を出して驚く。しかし野乃花は違う。
「帰ってください!!」
「!?」
いつもの大人しい野乃花からは考えられないほど、大きな声で叫ぶ。
それによって、野乃花との接触がいかに重要なことであったのかを再認識した。
「もうこないでください! あなたとは会いたくないです! 今までは……お母さんがいたからまだ今日ぐらいはって会っていましたけど、あなた一人しかいないのならもう会う理由もないです!」
「…………」
黙ってしまう。
それは同じだったからだ。俺と同じ。
会いたくない。けど、仕方なく会う。
でも、もう理由なんてない。
だったら会う必要はない……同じことをつい最近まで考えていた。
けど、それじゃだめだって思った。だから、ここまで来たんだ。引き下がるわけにはいかない。
「なぁ野乃花……」
「はやく帰ってください!」
どうやら聞いてくれる気はないようだ。分かってはいた。なら、無視して話すしかない。
思いは言わなきゃ伝わらない。
たとえ、強引でも言ってしまえば、思いは伝わる。
「……思い出したんだ。昔の記憶を……」
「!?」
ドア越しにでも分かるくらいに、野乃花に衝撃が走っていた。それでも野乃花は何も言わない。あくまで会話をする気は無いらしい。
「俺はさ、ずっと忘れてたんだよな。なにもかも。お前はどうなのか分かんないけどさ、ずっと忘れてた。
大切な思い出。楽しかった日々。かけがえの無い時間を過ごしたはずなのに忘れてた……。
俺は今、思い出せて本当に良かったって思ってるんだ。そうじゃなけりゃ、俺は今でも希望を持っていれなかった……。
けど、思い出して、それでさ。希望を持っていようって思えたんだ。だからさ。野乃花にも俺と同じように希望ってものを持っていてほしいんだよ……」
そこまで言うと、俺は口を閉じた。それ以上、言う言葉は思い浮かばない。言いたいことは全部言った。後は野乃花の判断による。
もしかしたら、この向こう側にはすでに野乃花はいなくて、別の部屋にいるのかも知れにない。
けど、待った。野乃花の答えを。
しばらくすると、野乃花は一言、小さくではあるが確かに言った。
「何も分かってないよ……」
何も分かっていない……それはつまり真実のことだろうか?
確かに、まだ俺はそこにはたどり着いていない。いつ思い出せるのかも分からない。
でもだからこそ、それまでは何があろうと希望を持っていることを願ったんだ。
「俺もまだ全部を思い出したわけじゃない。ただ、知っている記憶の中でそう思えたんだ」
それともう一つ。野乃花の反応からするにこいつは……。
「野乃花……お前は全部知ってるんだな?」
再び数秒の沈黙。
だがすぐにドアの開く音がした。
野乃花はドアを開けた。何も言わずただそれだけで……。
そのとき、見た野乃花は俺の知っている、いつもの野乃花だった。




