未だ戻らない記憶『妹』
家に帰ると、すぐにベッドへとダイブしていた。
なんか、色々と考えすぎてもう疲れた。眠い。さっさと寝てしまいたい。そして、全部忘れて普通に過ごしたい。
けど、それはできない。これは向き合っていかなきゃいけないことだから。
逃げた。
俺は逃げた。
だから、もう今は逃げちゃいけないんだ。
(そうだよな。野乃花……)
――俺にはほとんど昔の記憶はない――
母さんが死んだ……。そのことが引き金になり、俺はそれより以前の記憶を、自分の中から抹消していた。
だが、約半年前。俺は奇妙な夢を見た。
それこそが、俺の記憶の奥底に眠っていた思い出。俺の本当の母さん「天皇寺麻由」との大切な思い出だった。
けど、それだけなのだ。俺が思い出したのは。
野乃花とは俺の妹だ。
しかし、俺にはその記憶はない。野乃花と過ごした昔の記憶は、俺にはないのだ。
忘れた記憶の後……つまり、母さんが死んだ後のことだが、俺と野乃花はそれぞれ違う人に引き取られた。俺が母方のほうで、野乃花は父方のほうだ。
とはいえ、それも最近知ったことで、今までは母さんだけじゃ二人も養うのは無理だからと言われていた。
だからある種、野乃花は俺にとっては、他人とも言えた。だが、家族であることに変わりは無い。それこそ野乃花は俺と同じ人たちから生まれた、血の繋がった肉親だ。事実を知った今でも、そこには何の代わりも無い。
しかし、俺は野乃花のことが苦手だった。
理由は分からない。けど、野乃花といると、自分の中の何かが拒否反応を起こすように遠ざけようとする。
怖い――。
この感情をたとえようとするなら、一番適切な表現はそれだろう。
実の妹に対して、俺はこんな気持ちを抱いている。馬鹿みたいだと思うが、やはり怖いのだ。それは、俺が友達を作ることを恐れていたことと同じように……。
その野乃花と俺と母さんは、ただ一日だけ会う日がある。
それが、来週ある野乃花の誕生日。
野乃花と会うの一年を通して、ただその一日だけ。
しかも、それだって野乃花の引き取り手の人たちとは隠れてだ。
あの人たちはなぜか、俺達のことを毛嫌いしている。その辺のことが俺にはよく分からないが、もしも会っていることが知られたら、前以上に会うことが難しくなる。
そもそも、なぜ俺と母さんはただ一度だけ誕生日に野乃花と会っていたのかというと、家族だったからだ。
野乃花は家族。
会うことが嫌だと思っても、結局は家族だから。
だからせめて、誕生日ぐらいは祝ってやりたいとそう思ってやっていたことだ。ささやかではあるがケーキを買って、家の人がいない間に行っていた。
大抵は日中で、学校のある平日なら学校を休んでそうしていた。野乃花は学校にはいっていないから。
野乃花は今、中学三年生なのだが、ずっと家にいるようだ。
それはずっと昔から。
俺が野乃花のことを知っているときからそうだ。
野乃花は、いつも暗い顔をしていて、覇気がこもっていない、虚ろな目をしている。
特に口も開かず、一人なにかの耐え難い現実を抱え込んでいるような……そんな風に見える少女――。
できることなら、助けてやりたいと思うのに、それができないこの体。関わるなと叫びだす。そしてそれをただ受け入れる。
それが嫌だと、最近思うようになった。
逃げちゃいけない。
取り戻さなきゃいけない。記憶を。
俺はもう、ただの弱い人間じゃない。
もう受け入れられるはずだ。
だからこそ、母さんも俺の夢の中に出てきたんだ。
少しは予想がついている。野乃花はきっと……いや、野乃花も俺と同じ。
『かあさんの死』
そのせいで、ああなってしまったんだ。
俺とは違って、もっと小さかったはずなのに、それでもその死を目撃したのだ。
その意味を理解できたのかさえ不確かだが、記憶を消すなんてことはできなくてずっと悲壮感を感じていたんだろう。
俺は手を差し伸べるんだ。野乃花に。
そしてまた最初の……俺の知らない、本当の野乃花と会うんだ。
取り戻すんだ。
怖いと思ったって――。
希望を持って向き合うんだ――。
???サイド
『そこに何があるのか知らない。ただただ、それでいいと思っている。きっと、すべてうまくいくはずだ。そう慢心でいる。けど、何も知らないんだ、「俺」は』
「俺は、それが……『友達』というのが……いることで自分の大切な他の何かが消えてしまうことが怖いんだ」
『その意味を知ることも、もう近い。その先にも本当に「俺」は希望を持っていれるのか?』




