天皇寺野乃花
キーンコーンカーンコーン
放課後を知らせるチャイムが、学校全体に響き渡る。
「あ、もうこんな時間なんですね」
「ホント、意外。ずいぶんと早く感じる」
蘭と悠里がお互いに言葉を交わす。俺は二人とは少しだけ距離を取っており、ついさっきまで考え事をしていた。
誕生日。
蘭からその言葉を聞いた時に、思い浮かんだことだ。その問題……蘭の余りに拍子抜けした告白に、一時的に落ち着きを取り戻し忘れてはいたが、やはりその件が済んでしまった今、また考え始めてしまう。
俺にとってとても重要で、いつか解決しなければならないこの問題。
本当はこいつらと久しぶりに会って、一緒にいるのにこんなことは考えたくなかったのだが、時期が時期だ。仕方が無いとも言えた。
とはいえ俺も、チャイムの音を聞いて、思考は既に切っている。
というより、時間が時間だ。早く引き上げないとな。こんな場所でも掃除はしてるだろうし。はやくしないと、誰かと鉢合わせになる可能性は十分ある。
「それじゃ。早く出ようぜ。誰か来る前にさ」
そう言って俺は先に出て行く。こうすることで、今日はもうお開きだと二人に有無を言わさずに伝えることができ、なおかつ自然な流れを作ることもできる。
二人は俺の読み通り、あわてて片づけを始め、教室から出てきた。
その後は何食わぬ顔をして、昇降口を出て行き、みんなそれぞれの家へ帰った。
「じゃ。またね咲夜」
「ああ」
悠里と別れて、俺は一人、家への帰路を歩く。特に何も考えずに、ボーっと歩いていると、突然ケータイが鳴り始めた。
(誰からだろう?)
不思議に思いながら、ケータイのディスプレイに目をやる。
(えっと……母さんから? こんな時期に電話ってことは……)
あの一件……母さんに、俺の生みの親であるかあさん……つまり姉である「天皇寺麻由」の事を聞いた後、俺と母さんは月一位では連絡を取るようになった。それは、基本的に俺から母さんへであり、内容も元気にやってるってことだけだ。
だから、母さんは滅多なことが無い限り電話してこない。けど俺は、さっきあったことを思い出していた。それでなんとなくの見当はついてる。
俺は一つ深呼吸をし、ケータイの通話ボタンを押す。
「もしもし。母さん? どうしたの。珍しいね。母さんから電話してくるなんて」
「ええ……ちょっとね」
母さんは心なしか元気が無いように感じる。だが、それも仕方が無いのかもしれない。
「実はね……野乃花のことなんだけど」
ドクン
再び俺の胸が跳ねる。予想していた通りの問題ではあったが、それでも気持ちの高鳴りは抑えられない。
「最近、おばあちゃんが前より具合悪くなっちゃって、たぶん来週の……野乃花の誕生日に行くことができなそうなの」
「そう……なんだ」
「けど、野乃花のことは……」
「分かってるよ。俺一人でもちゃんと祝うから。大丈夫。こっちのことは心配しないで。それより、おばあちゃんのこと。看病頑張ってね」
「……うん。それじゃあね咲夜。電話切るね」
ツーツーツー
電話が切れた後も少しの間、そのまま放心状態のように固まっていた。
数回言葉を交わしただけで終わったけど、この電話には特別な意味が含まれていた。
俺は、ゆっくりではあるが、電話を耳から下ろし通話を切りケータイを鞄にしまった。
我に返るでもなく、落ち着いてるわけでもなく、ただ淡々と決まっている事柄をロボットのようにこなす。オレは再び家へと歩いていった。
母さんサイド
「ふぅ……」
電話を切り一息ため息をつく。
……ついに、この時が来てしまった。耐え難い日であると同時に、めでたくもある日。
私も嬉しいと思う気持ちはある。けれどやっぱり憎い。
「本当なら私もいなきゃいけないのに」
一番辛いのは咲夜なのに。当事者である彼のほうが、私よりも深く傷ついている。
だからせめて、私が二人を繋ぐ存在として立ち会わなきゃいけないのに。
あの二人だけを会わせるのは、本当は危険だと思う。
でも、ここで会うのをやめたら本当に私たちは『家族』でさえなくなってしまう。
それはだめだ。絶対に……。
お姉ちゃんから受け継いだ、あの子達の『絆』を断つわけにはいかない。それに――
「後は頼んだわよ、咲夜……」
もしも、事が丸く収まるようなことがあるとすれば、咲夜しかいないはずだから。




