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母さんの想い

 その後は、本当にとりとめもない話をした。

 好きな食べ物はなんだったとか、趣味は何だったとか。

 その一つ一つが、本当にかあさんは存在していたっていう証明であって、実感を与えてくれた。


 一時間くらいだろうか? それくらい経った時、ちょうど話していた話題が終わった。俺が次に聞くことを考え始めたとき、母さんは軽い口調で言った。


「はぁ~でもなんでかな? 私、ちゃんとあなたのお母さんできていたと思っていたんだけどなー」


 突然にそんなことを言い出す。一瞬、なにを言っているのか分からなかった。


「やっぱり私じゃ役不足……だったかな」


 今までこの人は、誰にも弱さを見せまいと必死になっていた。

 それなのに、今ここでその弱さを俺に見せた。

 母さんは、不甲斐ないと思っているかもしれない。

 いや、思っていたからこそ、そう言ったんだ。


 けど、それでいいんだ。

 母さんは頑張りすぎているから。

 もっと俺を……家族を頼ってくれて。


 母さんはすばらしい人間だ。

 でもただひとつ……一緒に助け合うってことを。そのことを分かってくれれば。


 俺もその立場に行かなきゃいけない。


 『助けられる側』から『助ける側』へと。


「そんなことないよ」


 俺にはまだ言っていないことがある。最初に言っておかないと、言う機会を逃すかもしれない。

 俺は自分の思いをちゃんと伝えようと思った。


「母さんは母さんだ。たとえ、俺と血が繋がってなかったとしても、母さんは俺をここまで育ててくれた母さんなんだ。育ての親ってやつかな? ずっと俺を支えてくれて。俺のために色々としてくれた」


 この、母さんへの感謝の気持ちを。


「ありがとう。母さん」

「!!……うん」


 俺は、母さんが母さんになって本当によかったよ。




――母さんサイド――


「ありがとう。母さん」

「!!……うん」


 私はそう頷いた。……でも私の中では咲夜の言葉で、もう限界が近い。


「……もう、電話切ったほうがいいんじゃない? 明日は学校でしょ?」

「え? あ……うん、そうだね。それじゃあ、お休み。母さん」

「お休み、咲夜」

「うん。あ……それと」

「なに?」

「母さん、あんまり頑張りすぎないでよ。なにかあったら、頼ってくれていいんだから。それが家族だもんね」

「……!!」

「それじゃ、今度こそお休み」


 そう言って電話が切られる。


「……ひっぐ……うぅっぐっあぁ……」


 ……ああ、もう駄目だ。


「うああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 私は泣いた。




「はぁ。少しは落ち着いたかしらね」

 鏡を見てみると、目が充血して少し腫れている。それどころか、正直顔なんてもう見るに耐えない姿だ。


(最後、咲夜に気を使わせてしまったみたい)


 私はそのとき、少し涙声なっていた。それに気づいたのだろう。咲夜は早々に電話を切ってくれた。


(母親として失格ね)


 ……母親か。今日になるまで、ずっと考えていたこと。

 ……私は咲夜の本当の母親ではない。そんなことは分かっていた。だから、少しでも代わりになるようにって、そう思いながら過ごしてきた。


 私にはもちろん、息子なんて持ったことはなかったから、どうすればいいか分からなかった。けど、すでに私が咲夜を引き取ったときは七歳で、それに元々咲夜はしっかりとした子だったからか、こんな私でも母親の代わりになってやることができた。


 でも、感じずにはいられないいのだ。本当の母親のように慕ってくれる咲夜を見て。私は咲夜の母親なんかではないと。

 私は所詮、あなたとは叔母の関係にあたる人でしかない。母親の代わりにはなれても、本当にはなれない。


 それだけじゃない。あなたの母親……お姉ちゃんは、私を恨んでいるのではないかと。

 あなたが、あの子と過ごした日々を、全部奪ってしまった私を……。

 あなたが母親であることを、私が否定しているのではないかと。

 そんなことをずっと思ってきた。だけど今日、


『ありがとう、母さん』


 この言葉で私は救われた気がした。

 私でもちゃんと母親になれたんだって。

 代わりになることができたんだって。


(……いえ違うわね。私は代わりじゃない。もう一人の咲夜の母親なんだ)


 ……お姉ちゃん。私はあなたから母親ってものを奪ってしまったんじゃないかって思っていた。でも、違った……。

 私はもう一人の母親で……奪ったんじゃない。ただ、分け合った。

 一人って決められているわけじゃなかった。

 私は咲夜に教えられた。二人で母親なんだって……。


 本当にありがとう、咲夜。

 ……そしてお姉ちゃん。

 咲夜は私に貴重な経験と、そして大切なことを教えてくれた。それはお姉ちゃんからの贈り物でもあるって、そう思うから。


 だから、ありがとう。




「……あとは野乃花がどうなるか……」

 野乃花……。あなたは今、どうしているのかしら……。

 心配する気持ちがあったがこのことを考えるのはすぐにやめた。


 あの子は……悪魔だった。咲夜たち家族に取り付いた悪魔。

 それは、幸せな生活を送っていた咲夜達を、あざ笑うように生まれてきた。

 咲夜達家族をばらばらにし、不幸にした異物。

 でも、決して野乃花が悪かったわけではない。悪いのは野乃花に取り付き、咲夜達を不幸にさせた悪魔だ。


(けど……そう割り切ることなんてそうそうできるわけはない)


 不幸にさせたのは野乃花自身でなかったとしても、その姿は野乃花だった。

 ……もし、野乃花がこの世界に生まれてくることがなかったら、きっとお姉ちゃん達は幸せな……普通の家族でいることができた。そう思わずにはいられない。


「でも……あなたも家族であることにはかわりはないものね」


 そうだ。

 そんなこと本当は思ってはいけない。

 大切な家族の一員のはずなのだから。

 でも……だったらどうしたらいいの? この怒りは!? ……あの時どうしていたらよかったの……?

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