恋愛の大罪 〜強欲の場合〜
お見苦しい点が多々あると思いますが、目をつむって頂ければ幸いです
七つの大罪、一度は聞いたことがある言葉だと思う。キリスト教においてヨハネス・カッシアヌス達によって定められた、七つの罪のことである。嫉妬、色欲、怠惰、憤怒、強欲、暴食、傲慢。
この話は、この大罪の一つに魅入られてしまった話である。
「あー、またやっちまった…最悪…」
朝倉 真というその男は明らかにしょぼくれた声で残念がった。
「また?今月何回目?」
呆れた声で問いかける女は間門 凛華。
どちらも高校生である。
さて、朝倉 真が残念がっていることは失くし物の事についてである。
「で?今回は何をなくしたの?」
この2人にとって、よくあることなのでもはや笑い話である。
「体操着だよ。最後に置いたのってどこだっけなぁ…」
「真ってば、ほんとちっちゃい頃と変わんないよねー。幼稚園の頃からおもちゃ失くしたー、とかさ。」
「あー、そんなこともあったな…って、よく覚えてるなそんなこと。」
「当たり前でしょ、幼馴染なんだから。」
そう言うと、間門はない胸を張った。
「お、おう、そうだよな…」
朝倉はその言葉に少々、顔を赤らめた。
「ま、失くしたちゃったものはしょうがないから、諦めて帰りましょーか。」
朝倉は取り繕うようにそう言うと、飲みかけだったお茶を一気飲みしてゴミ箱に放り投げる。
好きと伝えられず、もう何年になるだろう。朝倉は幼馴染という、関係に甘え先に進めずにいた。
この関係が良かれ、悪しかれ変わることを朝倉は知らなかった。
「そうだね、帰ろう♪」
満面の笑みを浮かべてこちらを見る間門
を直視できず、逃げるように教室を出る。
「さ、先に行ってるな。校門で待ってるぞ。」
そう言うと、そそくさと下駄箱へと向かって行ってしまった。
対して、間門はどうかというと…
朝倉の影が見えなくなると、真っ先にゴミ箱へと向かい、先ほどまで朝倉が飲んでいたお茶のペットボトルを明らかに手慣れた様子で掴むと、それを胸の前で抱きしめた。その顔に張り付いた表情は、先ほどの満面の笑みを超える、凶悪とまで形容出来るかもしれない笑顔だった。
次の日2人はいつも通り、2人で登校した。
「…でさー、お父さんってば、今更新婚旅行行こうとか言っちゃってさー…」
「それは今更すぎるだろー…」
2人は下駄箱を開ける。すると二人同時に声を上げた。
「「ん?」」
「ど、どうかしたのか?凛華…?」
「そっちこそ、なんか入ってたの…?」
「いや、なんでもない…」
「そうだよね…」
お互いがお互い、詮索しない方がいいと判断したようで、2人は斜め上を見合った。
2人の紙にはそれぞれこう書いてあった。
『ずっと前から好きでした。放課後、2-2の教室で待っててください。』
『ずっと前から好きでした。放課後、2-3の教室で待っててください。』
2人は全く違うところを見ながら、全く同じ事を考えていた。
((…どうやって断ろう…?))
___放課後
「間門、今日用事あるから先に帰っててくれ。」
「お、奇遇、私も用事あったからちょうどよかったかも。」
お互い、詮索されたくないのか、言葉少なに帰るふりをしあう。
2人は違う道順で、ほぼ同じところへと向かった。
間門は2-3の教室へと向かった。そして、そのすぐ隣のクラスには朝倉がいた。
間門は教室へと入る。するとそこには明らかにモブっぽい、乙ゲーなどで影だけ扱いされそうなイケメンがいた。
「間門 凛華さん。好きです、付き合ってください。」
目があった瞬間に言われた。正直、気持ち悪い。
「え、えっと…ごめんなさい、私…好きな人がいるので…」
間門がそう言うと、イケメンはぽかんとした顔になった。
きっとルックスゆえに断られたことがなかったからだろう。
「じゃ、じゃあ、私はこの辺で…」
なんで…
「ん?」
イケメンの小さな声を聞き取れず、思わず止まると、突然手首を掴まれた。
「なんでダメなんだよ、ちゃんと理由を説明してくれよ!」
声を荒げる。
「(さっき言ったじゃん…)いえ、ですから、好きな人がいるので…」
「そんな理由で納得できるか!」
イケメンは初めてのことで動揺しているようだ。
「(あー、めんどくさくなってきた…)えーと…」
わわっ、ちょっ、なななななんで⁉︎
言葉を濁していると、隣のクラスから明らかに動揺したヘタレっぽい声が聞こえた。
「(…!真の声だ!)…邪魔ッ!」
イケメンは女子高生とは思えない、圧倒的な力で振り払われ、投げ飛ばされた。
「…え?」
呆けた声で自分の状況を考えた時、教室には既に間門はいなくなっていた。
時は少し遡り、朝倉サイド
「えーっと、この教室だったっけな…2-2っと…失礼しまーす…」
朝倉が教室に入ると、可愛らしい女の子が既に中に居た。たしか2つ隣のクラスで、2、3回話したことがある程度だった記憶がある。
「えっと…この手紙をくれたのは…君だよね…?」
「は、はい、そうです!」
今時珍しい、THE女の子な感じの子だった。そして、突然口を開いた。
「あのっ、そのっ…好きです!付き合ってください!」
朝倉はいきなりの大声に驚いたが、すぐに我に返り、返答する。
「……えっと…ごめんなさい、俺、好きな人がいるから…」
朝倉がなるべく傷つけないように優しく断った。
すると…
「うっ…えぐっ…ひっく…」
突然泣き出した女の子を前にした朝倉は慌てふためくことしかできない。
「わわっ、ちょっ、なななななんで⁉︎」
当然、女の子が泣き止む気配は無い。
「えっと…ごめん、泣かせるつもりは無かったんだ…でも好きな人がいるのは本当で…」
朝倉は女の子に優しい言葉をかけ続けるが、一切効果はなさそうだった…
少し戻って間門サイド
「真…」
何と言っても隣のクラスである、文字通り、一瞬でドアまで辿り着く。
そして、ドアの窓から中を盗み見る。
そこには顔を伏せて泣く少女と、それを必死に宥めようとする真の姿だった。
普段だったら、後で茶化した後に泣かせたことについてちょっと説教でもしたかもしれない。
でも、今回は違う。
見てしまったのだ。
少女の伏せた顔の口元が醜く笑っていることに。
自分の中でナニカガコワレルオトガシタ
ガンッ!
ドアが力任せに開けられる。
「…!」
「ま、間門…」
驚く少女と朝倉。
もう、間門に理性は何も残っていなかった。
「ちょっ…あんた誰よ!」
少女は泣き真似をやめて間門に叫ぶ。
間門は朝倉の手首を掴むと、まだ朝倉に引っ付こうとする少女に叫び返す。
「真は…!真はワタシノモノなの!絶対にあんたみたいなののものじゃないッッッ!!!」
空気が震え、まるで教室まで揺れているようだった。
あまりの迫力に少女も言葉を無くす。
「真…行くよ…」
「お、おい…」
朝倉は引っ張られるままについていった。
昇降口まで来たところで、間門は振り返り、言った。
「真、荷物、ここに置いといたから。帰ろ。」
「お、おう…」
朝倉も言いたいことがいくつかあったが、間門の気迫に押され、2人で帰り道を歩いていた。
妙な沈黙が2人を包む。
間門は喋らず、朝倉は何を喋っていいのか分からない。
その沈黙は、その原因である間門によって破られた。
「ねえ、告白…されてたんだよね?」
間門は立ち止まる。気がついてはいなかったが、もう2人の家のすぐ目の前までついていた。
「あ、ああ、まあ、そういうことになる…かな。」
朝倉はどもりながらも答える。
「で、受けたの?断ったの?」
間門の目は据わっている。
朝倉のこめかみあたりに冷や汗が垂れる。
「み、見てただろ…断ったよ。」
やっとの思いでそこまで言うと、間門はニタリと笑った。
奇しくも、それは先日ペットボトルを拾った時のそれと全く同じであった。
「…そう、よかった。ねえ、ちょっと後ろを向いて見てくれない?背中に何かがくっついているのが、さっきから気になってたの。」
そう言うといつも通りの笑顔、仕草、雰囲気に戻った。
それにホッとした朝倉は、ごく普通に、いつものように、間門に背中を向けてしまった。
ガスッ
地が揺れるような衝撃と共に、朝倉の意識は闇の中に吸い込まれていった。
「_____ん、ここは…」
目を覚ました朝倉が見たのは薄暗い部屋だった。
「…間門の部屋か…あぁ、そうだ、俺は意識を失って…そうか、間門がとりあえず部屋に入れてくれたのか…また貸しが増えたな。」
そう自分で納得し、立ち上がり礼を言いに部屋を出ようとすると、ドアをくぐる直前に足についている何かに引っ張られるのを感じた。
「ん?」
足元を見ると、厳めしい、重厚そうな足枷がついていた。
「はぁ⁈」
これには驚くしかない。しかし、驚く暇も与えず、足音が聞こえた。
「あ、起きたんだ、おはよう。ダメじゃん、寝てなきゃ。」
間門はこの状況に一切動揺するどころか、俺を部屋へと押し戻す。
「お、おい…この足枷?…みたいなのはなんなんだ?」
間門はその問いにパチンと部屋の電気をつけながら答える。そんなの決まってるじゃん___
「真はワタシノモノでしょ?それ以外の理由がいる?」
明かりがつく。
朝倉がまぶしさに目を細め、もう一度開けるとそこには、綺麗好きの幼馴染の部屋とは思えない、ものが散乱した部屋だった。
そこら中にある、物、もの、モノ…
「こ、これって…おい!どういうことなんだよ!この部屋、なんで、こんなんじゃ、まるで…」
声が震える。
自分の目が信じられない。
全て嘘だと叫びたい。
そして耐えきれなくなり叫ぶ。
「俺の部屋みたいじゃねえかよ!!!」
そう、そこら中に転がっているもの、それは全て、朝倉のものだった。
ゴミのように見えるものもよく思い出そうとすると、最近飲んだお茶のペットボトル、カップラーメンの空き箱、棒付き飴の棒…そんなものがたくさんあった。先日無くした体操着、先月無くしたノート、幼い頃に無くした名札や上履き…
「まあまあ、落ち着いてよ。深呼吸して、これからのことを話そうよ。」
「そ、そうだ、この足枷も外してくれよ。これじゃあ、どこにも行けやしない。」
朝倉のもっともな発言も、もう意味をなさない。
「真はもう、どこにも行かなくていいんだよ。ずっとここにいて、ワタシノモノでいればいい。」
「さ、さすがの俺もいい加減怒るぞ!」
朝倉がまだ言葉を続けようとするのを止め、間門は言い放つ。
「じゃあ、私をどうにかして、無理やり外させる?自分で言うのもあれだけど、真が激昂してもしょうがないポイントがいくつもあったよ?その時点で私を襲えなかった。結局、真は優しすぎるんだよ。」
違う、俺は間門が好きだったんだ…いや、好きなんだ…
その言葉は言えずに口の中で消えていく。
「お風呂も、トイレも、食事も何も心配は要らない。全部私がいれば大丈夫。真は、ここにいてくれるだけでいい。一生、愛してあげる。まずはご飯にしよっか。」
そう言うと間門は部屋を出て行く。
最後まで朝倉は間門に攻撃の意を示す事はおろか、ここから出してくれの一言も言えなかった。
結局、どうしようもなく、間門の事が好きだったのだ。
そして、部屋から出た間門はいつもの凶悪な笑みを浮かべ、
「これであなたは、ずっと、永遠にワタシノモノ…」
そういって、キッチンに消えた。
さあ、一番最初に言ったように、この話は大罪に魅入られてしまった者たちの話だ。
もう、分かっていると思うが、これは強欲に魅入られた話だ。
強欲に魅入られた少女は少年を自分のものとしてしまった。
さて、ここで何がいけなかったのか考えてみよう。
もともと、強欲とはは所有欲の暴走ではない。
対象物が欲しくてしょうがない、その対象が世界に向けられているだけで、本来は対象物に対する執着と倫理の消失、この二つが強欲が強欲である理念である。
そして、強欲が罪とされる理由を考えよう。
それは強欲が欲しがるものが対象に限らず、対象の使用したもの、対象の近くにあるもの、そして、対象の心、対象を取り囲む環境そのものを欲するからである。
今回のケースも少年の心、少年を取り巻く環境など、全てを少女は手に入れた。
結局、今回は少年少女の2人ともが幸せそうだからいいものの、周りから見れば、それは異質そのもの。
しかし、大罪が全て悪いのではない。
だからこの言葉でこの物語を締めようと思う。
恋愛ほど危険な狂気はない
作中最後の強欲に関する考察は作者自身の考えであり、正しいかは不明です。
誤字脱字、アドバイスなどあればコメントして頂けると嬉しいです