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赤の理由 青の盾  作者: 賢木 緋子
第2章・少年と少女のおつかい
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少年と少女のおつかい・1

 すべての授業が終わり、放課後清掃が終わり、部活動が終わったところで、玖凪くなぎはわき目もふらず下宿に直帰した。

 途中でズル休みすることなく、為すべきことを為し遂げたのは実に玖凪らしいことだったが、それでも気になって集中しきれなかったというのが本当のところだった。

 「た、ただいま!」

 下宿の外に設置されたベンチに未知みち美琴みことが腰かけていた。美琴は朝と同じワンピース姿。一方、未知は丈の長い黒のコートを羽織っていて、やはりというか、その裾から緑の着ぐるみの足が見えていた。二人は歩道に植えてある桜を愛でながら、優雅に桜もちを食べている。

 「おや、玖凪ちゃん、おかえり」

 「おかえりなさい。玖凪さんも召し上がります?」

 「これ美味しいよねえ。桜もち。塩漬けにした葉っぱがいい味出してるよね」

 「そうですね。道明寺であろうと長命寺であろうと、これだけは必須ですよね」

 「ど、どうみょうじ? ちょうめいじ?」

 「うちは道明寺派ですが。玖凪さんも、これでよろしければ」

 楽しそうに桜もち談義をしている二人は非常に微笑ましいが、玖凪には先に訊きたいことがあった。

 「あのね! 二人に訊きたいことがあるんだけど」

 「なにかな?」「なんでしょう?」

 「コトリ弁当に赤い――」

 言いかけて口を噤む。くりすに指摘された後、他の人にもそれとなく訊いてみたのだが、あの少年の『赤』を認識している人は玖凪以外誰一人としていなかったのである。

 自分の認識が間違っているとは思っていない。だが、未知と美琴も他の人々と同じ目を持っているのだとすれば、玖凪が述べる特徴は人物を特定するのにいささか不適切だ。

 だから玖凪は、一番の特徴をあえて撤回し、他の言葉で説明を試みる。

 「――じゃなくて、私と同い年くらいの男の子いない?」

 「男の子……寒凪かんなぎさんのことですか?」

 「寒凪さん?」

 「あれ? 玖凪ちゃんには紹介してなかったかな? 寒凪秋水かんなぎあきみずくんのこと」

 「されてませんよ」

 ここで、ようやくあの少年の名前が明らかとなった。

 寒凪秋水。

 頭の中で反芻してみるが、なんだかすんなりと入ってこない。玖凪は彼のことをよく知っているわけではないし、むしろほとんど知らないと言ったほうがよい――それでも、名前と本人のイメージが上手く噛み合っていないと感じてしまう。『名前負け』とはまた別の話だが、あまり似合っていない名前のような気がした。

 それから少し遅れて、自分の名前に使われているのと同じ『凪』という漢字が入っていることに気がついた。面白い偶然もあるものだった。

 「今日、琴弾ことひきおじさんの代わりに高校来てて……ちょっとビックリしちゃって」

 「ああ、そうだよね。いきなりむすーっとした顔で知らない人が弁当売り始めたらびっくりだよね」

 未知がカラカラと笑う。

 「前までオーナーさんがやってた宅配、秋水くんが代わりにやってるんだ。これでオーナーさんが弁当作りに専念できるでしょう?」

 「てことは、やっぱりコトリ弁当のバイトさんなんですか」

 「そういうこと。私と同じで住み込みバイトだよ。あ、秋水くんの場合下宿に住んでるわけじゃなくて、弁当屋の建物の屋根裏部屋にいるから、そこのところ安心してね」

 「私、全然気づいてませんでした……」

 棟が別とはいえ同じ敷地内にいる人間に気がつかないとか、自分がそれほど鈍感な人間だとは思わなかった。軽く落ち込む玖凪に美琴がフォローを入れてくれる。

 「玖凪さんは悪くないです。寒凪さんが働き始める時間には玖凪さんは学校で、玖凪さんが帰ってくる時間には寒凪さんのバイトが終わってましたから。タイミングが合わなくて紹介を後回しにしていた私に落ち度があります」

 「まあまあ。それに、来てから一週間しか経ってないからね」

 一週間。

 その言葉に思い当たるものがあって、玖凪は未知に尋ねる。

 「そういえば、未知さんもここに来てから一週間ですよね?」

 「そうだよ」

 「失礼ですけど……その寒凪さんとのご関係は……?」

 「あ、気になる? 気になっちゃう?」

 未知はいたずらっ子のような口元でにいっと笑う。この一週間で初めて見る種類の笑みだった。

 「うーん、まあイロイロあるんだけど、血の繋がっていない弟、かな」

 「マジですか」

 「マジです」

 想像以上に複雑な事情のようだった。さらに詳しく聞いてみたいような気もしたが、今聞くべきタイミングではないと判断し、それ以上は触れなかった。

 「お、噂をすれば」

 バイクのエンジン音が近づいてきて、その音量が最大になったところでぷしゅんと止まった。裏手の駐車場だ。

 「今日はいいタイミングだね」

 いってらっしゃい、と未知がひらひら手を振る。美琴は自分もついていくべきか逡巡したようだったが、すぐに走りだした玖凪とまだ一口しか食べていない自分の桜もちを見て、結局その場に残った。

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