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赤の理由 青の盾  作者: 賢木 緋子
第1章・白南風玖凪の日常はかくのごとし
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白南風玖凪の日常はかくのごとし・5

 昼食休憩の時間も残りわずかとなり、玖凪(くなぎ)とくりすは屋上をあとにした。階段を降りて二年生の教室がある三階に向かう。

 松波高等学校では、一年生が四階、二年生が三階、四年生が二階というように、学年が上がるに従って教室のある階が下がる。つまり、朝学校に遅刻しそう場合、学年が上であればあるほどギリギリ間に合う勝率があがる――と主張するのは遅刻魔のくりすである。玖凪からすれば大した違いはないように感じるが、三年生になって二階の教室に移ることを心待ちにしているくりすを否定するほど無粋でもないので、特に口を挟むこともない。

 「5時からセッションって言ってたけど、軽音楽部は忙しいの?」

 「まあまあ。来月大会があるからね。先輩達は去年の雪辱晴らす気まんまんなんだ」

 「たしか、結構いいところまでいったんだよね」

 「予選は楽勝だったんだけどさ。本選の演奏中にリードギターの弦が切れて」

 『誰の』とは明言せず、遠い目をしたくりすであった。

 「玖凪のほうはどう? 忙しい?」

 「うーん、そろそろ定期演奏会の練習が始まるから忙しくなるかも」

 玖凪は合唱部に所属している。今思えば、性格がだいぶ異なるくりすと仲良くなったきっかけは、部活こそ違えど歌を歌っているという共通点があったことだった。

 「定演か。今年はミュージカルの部で主役やるんでしょうね?」

 「え? 私? ないない」

 「なんでよ」

 「だってあれ、主役級やるのは三年生だもの」

 「年功序列? はっきり言って、合唱部で一番上手いの玖凪でしょ。お客呼ぶ気あるわけ?」

 「いやあ、それはどうだろ……」

 「ないの!? お客呼ぶ気ないの!?」

 「いや、そこに対して言ったわけじゃなくてね」

 部活の話を続けているうちに三階に到着する。

 各階の階段正面には広めのホールがある。自動販売機やベンチが設置されており、休憩時間には多くの生徒が利用するスペースだ。しかし、この時間にもなるとほとんどは教室に引き上げており、人影はまばらだった。

 ジュースの自動販売機の横に大きな机があり、その上には見覚えのある黄色のケースが鎮座していた。

 「お、玖凪のとこの弁当屋さん、今日も大盛況だったみたいだね」

 ケースの中は空であり、脇には余った割り箸や輪ゴムが整理されて置いてある。ケースの側面には大きなゴシック体の字で『コトリ弁当』と書かれていた。これは、コトリ弁当が校内で特製弁当を販売するときに使用しているものである。

 昼食休憩開始直後、このエリアは空腹に耐えかねた生徒達によって戦場と化す。下宿生の特権で同じ弁当を持参している玖凪はその争いに参戦する意味も気力も皆無のため、その時間帯は極力近寄らないようにしていた。

 「まだケースがあるってことは、琴弾(ことひき)のおじさんいるのかな」

 だいぶ前に、弁当を販売しに来た美琴(みこと)の父親を見かけたことがある。飢えたハイエナのように弁当に群がる生徒達を必死に捌いている姿が痛ましく、心の中でエールを贈ったものだ。

 今日もくたくたになっているかもしれないと思いながら、軽く辺りを見回していると。

 昨日とはうって変わって。

 前触れとか、予感とか、そんな衝撃的なものは一切なく。


 件の彼がいた。


 階段を降りてきた彼の両手は、黄色の弁当ケースで塞がれている。その側面にも、やはりゴシック体で『コトリ弁当』の文字。

 何食わぬ顔で、誰に咎められることもなく、玖凪とくりすが眺めていたケースに近づくと、手早く周りの備品をその中に入れて上の階から運んできたケースの上に重ねた。

 その髪と瞳は、やはり昨日見た通りの赤だった。

 予想外の展開に固まっている玖凪の存在に気づいたのか、少年はこちらを向いた。

 少しだけ――本当に注視しないとわからないくらい少しだけ、少年は驚いて目を見開いた。が、すぐに何事もなかったかのように正面を向き直し、さらに階段を降りていく。少年の中履きが床をこする音だけが残り、それも次第に遠のいて消えた。

 「玖凪、玖凪ってば!」

 「あ……」

 「いきなりどうしちゃったの? 急にぼーっとして」

 自分の肩を揺らしているくりすに気づき、ようやく現実に引き戻される。それと同時に、胸の奥からじわじわと温かいものが湧き上がってきた。

 「くるちゃん! あの人! 今の人!」

 「え? はい? なに?」

 「だから! 今の人だよ! 私が探してた人! さっきお弁当食べてたときに話したでしょ」

 くりすはきょとんとして、首をかしげる。

 「あれ、あの人が例の王子様なわけ?」

 「王子じゃないけど、概ね合ってる!」

 「ふーん、まあ、けっこういけてるんじゃない」

 「でもどうして『コトリ弁当』のケース持ってったんだろ。なんで? なんで? おじさんどうしたのかな?」

 興奮と混乱に襲われている玖凪の横で、くりすはやはり不思議そうな顔をしていた。そして、それを口に出すのがくりすであった。

 「でもさ、玖凪」

 彼女が感じている違和感の正体。

 「あの人、髪も目も黒だったけど?」

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