白南風玖凪の日常はかくのごとし・4
「はあ? 赤髪で赤い目の男の子を知らないかって......何それ?」
昼食休憩の時間になり、一緒に食事をする約束をしていた親友に開口一番尋ねてみたところ、朝から何度か遭遇してきたのと似たような反応が返ってきた。
場所は校舎の屋上。春ののどかな日差しが降り注ぎ、ランチをするのにお誂え向きすぎるシチュエーションである。花粉症を患っている人であれば地獄かもしれないが、幸いなことに玖凪も彼女もその心配はないため、こうして最高のランチタイムを享受することができている。周りにも同じような生徒のグループが複数出来ていた。
「いきなり赤髪で赤い目って言われてもねー。そんなの見たら流石に忘れないけど、記憶にないな」
「そっかあ、くるちゃんも知らないかー」
自宅から持参してきた弁当の海老シュウマイをつまみ上げている彼女の名は、来栖くりすという。玖凪とは一年生のときのクラスメイトであり、クラスが別になった今でもこうして一緒に昼食を取る仲である。制服を正しく着こなしている玖凪に対し、くりすはかなり改造を加えた格好をしており、傍目から見れば違和感のあるコンビだということは否定できない。しかし、この性格の違いゆえに逆に馬が合い、こうして二人でいることが多い。
くりすはふわりとカールした派手な茶髪が風になびくのを押さえながら話を続ける。
「それにしてもねえ、玖凪のタイプがそういうのだったとはまったく知らなかった」
「え、そういうのって?」
「赤髪で赤い目って……どう考えてもヤンキーでしょ。それに一目ぼれとか」
「ち、違うよ!」
思わず、箸でつまんでいた玉子焼きを取り落した。――セーフ。落ちたのが弁当の中でよかった。忙しい中わざわざ用意してくれているオーナー夫妻に申し訳なさすぎる。
「くるちゃんは壮大な勘違いをしています!」
「なに」
「一目ぼれとか、そんなんじゃなくてね」
「じゃあなんなのよ」
「昨日、ええと、そう、ちょっと助けてもらったの! それに、あれはヤンキーじゃないっていうか……」
玖凪は上手い言葉が出てこなくてじれったく思う。端的に説明しようとすると、『赤髪・赤い目』以外の何物でもないのだが、この言葉が他の人に与えるイメージと自分が伝えたいイメージの間には大きな隔たりがあるように感じてならない。ヤンキーではなくて、むしろその反対側に位置しているかのような――。
「お前らああ! 今日もくだらなく生きてるかあ!?」
耳をつんざく突然の大声に、心臓が止まるかと思った。
間髪入れず荒々しいギターの演奏が始まり、屋上にいた全員が怪訝な顔をしながらその発生源を探す。
「あ! 荒木田先輩!」
玖凪の横にいたくりすが、屋上の柵につかまりながらうれしそうな声を上げた。その視線の先、校庭のど真ん中では一人の男子生徒がノリノリでギターをかき鳴らしていた。わざわざスピーカーやアンプまでセッティングしているのがすごい。いつの間に用意したのだろう。
だが、彼の演奏会はそう長く続かなかった。当然のごとく職員室から教員一同が飛び出してきて、この迷惑な行為を止めるべく確保に動いたためである。
愛用のギターを握りしめながら楽しそうに逃げる荒木田と、それを追いかけ回す教員たちの追いかけっこは、屋上にいる者にとって非常に見ごたえのあるものだった。
「せんぱーい! 荒木田せんぱーい!」
こちらへ近づいてきた荒木田に、くりすは精一杯の声で呼びかける。その声は彼に届き、荒木田は屋上を見上げてにっと笑った。
「よお、くりすけ! それとパイナポー!」
「ぱ、パイナポーじゃないです!」
荒木田は軽音楽部に所属している三年生であり、同じく軽音楽部のくりすは彼のバンドでボーカルを担当している。その縁で、玖凪も何度か荒木田と話す機会があったのだが、彼の中で玖凪は『パイナポー』ということになっている。クリップで留めた玖凪の髪のツンツン具合がパイナップルに見えるから、というのが理由のようだが、玖凪にとっては不本意極まりない。もっとも、会うたびに訂正を入れているのだがいっこうに改善される気配がないため、最近では少し諦めかけている。
「せんぱーい、今日の放課後は、5時からセッションですからねー!」
「おう! わかった!」
右手を軽くあげた荒木田は、後ろに大勢の教員を引き連れながら颯爽と去って行った。
荒木田という先輩は、けっこうな頻度でああいうとんでもないことをしでかす御仁なのである。それでも、どの大学でも選び放題な成績のため、許されている部分が多々ある。
その後ろ姿をうっとりと眺めているくりすの背中に向かって、玖凪はぽつりと呟く。
「ヤンキーはどっちなのやら」
「荒木田先輩はヤンキーじゃないの。ロックなの」
「違いがよくわかりません」
まあ、あれがヤンキーでないのであれば、昨日の少年も間違いなくヤンキーではない。
頬を膨らませながら抗議するくりすをあしらいながら、玖凪は再び弁当に向き合う。
そのとき、無意識に左指が。
パッチン。
小さな音を鳴らしていた。
気がついたときにはすでに遅く、
「うおっ!?」
屋上の端で昼食を取っていた男子グループの、その中の一人が持っていた野菜ジュースの紙パックから、噴水のごとくジュースが湧き出していた。
唖然としながら噴き出すジュースを眺めている彼らから目を逸らして、玖凪は弁当に没頭しているふりをする。
昨日のあれでだいぶ楽になったとはいえ、自分の悪い癖が消え去ったわけではないのだ。
しばらくしてジュースの噴水は収まったため、玖凪は落ち着いてくりすと弁当を食べることができたが、そのことが胸にちくりと釘を刺した。