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赤の理由 青の盾  作者: 賢木 緋子
第1章・白南風玖凪の日常はかくのごとし
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白南風玖凪の日常はかくのごとし・3

 「おはようございます、玖凪(くなぎ)さん」

 制服に着替えて学校に行く支度をし、和風朝食を掻き込み、さあいくぞーと気合を入れて下宿の玄関を抜けた途端、礼儀正しい朝の挨拶をされた。

 声の主を確認すると、玖凪もにこやかに挨拶を返す。

 「おはよう、みこちゃん。今日もお店のお手伝い?」

 みこちゃんこと琴弾美琴(ことひきみこと)は、弁当屋夫婦の一人娘であると同時にコトリ弁当の看板娘である。

 小学六年生とは思えないほどの落ちついた雰囲気。美琴の表情にあるのは少女特有の可憐さよりも、全てを見通す聡明さだ。腰まで伸ばした黒髪を一つに結わえていて、ふんわりとした薄紫のワンピースがよく似合っている。おまけに箒を握って掃き掃除をしているものだから、『みこちゃん』というあだ名と相まって、本当に神社の巫女さんかと錯覚してしまう。

 弁当屋の中から変な会話が聞こえてこなかったらの話だが。

 「おまえぇ! 新しいお弁当を開発したよー!」

 「本当? あなたぁー!」

 「本当だとも! その名も『ラブラブネバネバ弁当』! おまえと美琴に対する私の深い愛が込められた弁当さ! 愛の深さを表現するために、納豆、オクラ、とろろなどなど、ネバネバしたものをこれでもかってくらい詰めたんだ! どうだい、この飽くなき執念と根性!」

 「すてきぃ! これは今年の夏の新商品にしましょう! 夏の暑さなんて、情熱の前じゃ形無しよ。愛さえあれば乗り越えられないものなんてないって証拠になるわね! 愛があればラブ・イズ・オーケー!」

 「オーケー!」

 雰囲気ぶち壊し。

 両親の暑苦しい叫びを聞いた美琴は肩をすくめる。

 「腐りやすい『愛』を詰めてどうするのでしょうね。夏場は特に食中毒が発生しやすいのに」

 どうしてあんな親からこんな賢い娘が出てきたのか。今日も世界は謎で満ちている。

 「ところでみこちゃん。学校には行かなくていいの? もう時間じゃない?」

 いくら親孝行な娘だと言っても、学校を休むのはよろしくない。玖凪が訊ねると、美琴は口元に大人びた微笑を浮かべる。

 「いえ、今日は小学校の創立記念日でお休みです。それなのに普段より早く起きてしまって。他にすることもなかったのでこうやって掃き掃除をしているわけです。お休みが楽しみで早く起きちゃうなんて、我ながら子供だなと思いますよ」

 いや、どのへんが子供? コトリ弁当が廃業していないのは絶対にこの娘のおかげだ。たぶん、今日は食中毒を未然に防ぐべく『ラブラブネバネバ弁当』に改良を施すのだろう。

 苦笑いしている玖凪を見て、今度は美琴が訊いてくる。

 「玖凪さん、なんだかいつもより顔色が優れませんよ? よく眠れていますか?」

 「え、そう?」

 自分では気が付いていなかったが、美琴にはそう見えるらしい。たしかに、昨日のことが気になって熟睡できなかったというのはあるかもしれない。ただ、我慢していた『あれ』が発散できたから、メンタル面では非常に好調なのだが。

 「顔色が悪いというより、相が悪いのですね......もしかして……ストーカーですか?」

 「……はいっ?」

 言葉を探していた玖凪は、美琴が発した不穏な単語でようやく我に返った。しかし時すでに遅し。穏やかだった美琴の目に、怪しい光が灯る。

 「そうなんですね? 玖凪さんにストーカーが!」

 「はいいいいいいいいいいいいいぃ?」

 どうしてそういうことになるんだ。

 こちらの気持ちなどおかまいなしに、美琴は暴走を始める。強く握り締められた箒がわなわなと震えている。

 「高校生活も二年目に入った今日この頃。青春真っ直中、部活動に勤しむ玖凪さんの背後には怪しい人影が! 声をかけたいけどかけられない、かけられないけどかけたい。朝昼晩、呪詛のような言葉を呟きながらストーカーをする男! その存在に気づいた玖凪さんは困っていらっしゃるのですね! そうなのですね!」

 「いや、違うから! みこちゃん、落ち着いて!」

 完璧小学生美琴の唯一の欠点。それは、ごくまれに凄まじい勘違いを連発することだ。こういうところを見てしまうと、確かに親子だなと思わなくもない。

 「落ち着くには深呼吸だよ! はい、スーハー」

 「それで、敵は何処に! 私が取っ捕まえて差し上げます!」

 「だから、敵なんていないって。むしろ、みこちゃんは自分の心配をしたほうがいいよ?」

 ご近所でも評判の美少女なんだから。気づいていないのは、本人だけだ。

 美琴はまだ釈然としないようで、玖凪の顔を覗き込んでくる。その仕草は、動物で例えるならリスだった。

 「本当にストーカーではないのですか?」

 「うん。捜し回ったっていないよ」

 「本当に?」

 「ホントのホントにストーカーなんておりません」

 透き通った瞳に睨まれて、美琴の敬語が移ってしまった。最後に念を押す美琴の顔からは、心から玖凪を案じていることが伝わってくる。かろうじて玖凪だけが聞き取れる声で呟いた。

 「無理、しないで下さいね?」

 「無理なんてしてないよ?」

 大丈夫。

 ホントのホントに無理なんてしてない。

 昨日までは、ちょっとしてたけど。

 美琴はようやく眉尻を下げた。そして大人びた雰囲気を再び纏い、にこやかに言う。

 「では、唯一の殿方をお選びになった折はおまかせください。私が見定めて差し上げます」

 「…………」

 それは遠慮したい。なんだか大変なことになりそうだもの。


 美琴と別れ、学校に向かって歩き出した玖凪は、しばらくしてからあることに気がついた。

「あ......未知(みち)さんとみこちゃんに訊くの忘れてた」

 赤髪の少年の件である。

 片っ端から情報収集すると言いながら、早速訊き逃してしまうとは。うっかりにもほどがある。

 「これじゃあ、見つかるものも見つからないよね」

 とは言うものの、未知と美琴の場合、下宿に戻ればいつでも訊けるからそれほど焦る必要はない。

 気を取り直し、訊く相手を複数思い浮かべながら玖凪は通学路を進む。昨日の出来事があった通学路を、進んでいく。

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