少年と少女のおつかい・10
玖凪の寄り道は続いた。
「千佳ちゃんはミミウサ好き? かわいいよね!」
キャラクターグッズが充実している文具屋に寄ったかと思えば、
「いいなー、かわいいなー。千佳ちゃんは犬派? 猫派?」
ペットショップで動物を愛で、
「ね、これ取ろうこれ!」
ゲームセンターでクレーンゲームに興じる。
ここまでくれば、さすがに秋水も玖凪の思惑を察することができた。
「よかったー、あんなにつぎ込んで駄目だったらどうしようかと思った」
「玖凪お姉ちゃん、クレーンゲームすっごく下手だったね……」
隣を歩く千佳はその片手では持てないほど大きなうさぎのぬいぐるみを抱きしめていた。先ほどクレーンゲームで手に入れたもので、ミミウサという名前のキャラクターらしい。千佳が背負ったリュックも同じキャラクターのものだったため、前から見ても後ろから見てもミミウサ、という少しシュールなサンドイッチ状態になっていた。
「と、取れたから結果オーライだよ。というか寒凪さん、得意なんだったらもっと早く言ってくださいよ!」
「得意というわけでもないが……お前と比べたらほとんどの人間は得意になるんじゃないか?」
「む、むう」
玖凪の操るクレーンは、見当外れの場所を行ったり来たりして惜しいという気配すら感じさせない有様だった。それなのに
「絶対に取る!」
とムキになって四枚目の五百円玉を投入する彼女を見かねて、秋水が手を貸したのだった。
「わ、私だって、あそこをこうして、こう引っ掛ければ取れましたよ。ホントのホントですよ」
「嘘つけ」
玖凪は絶対にギャンブルに手を出してはいけないタイプの人間だった。
「玖凪お姉ちゃん、本当にこれ、もらってもいいの……?」
おずおずと千佳がぬいぐるみを差し出しながら訊ねる。
「あんなに頑張って取ったんだから、お姉ちゃんが持っていたほうが……」
「ん、いいよ。ミミウサは千佳ちゃんが持ってたほうがかわいいからね」
「あ、ありがとう! 玖凪お姉ちゃん。秋水お兄ちゃんも」
別に自分は大したことはしていないが。そう思う秋水の横で、玖凪は千佳の頭をふんわりと撫でた。
「千佳ね、ミミウサ好きなんだ。グッズもいっぱい持ってる」
「へえ、リュックの他にも? どんなの?」
「えっとねー、ノートでしょ、ペンケースに、髪留め。あと、旅行にも持っていけるくらい大きなカバン!」
「そのリュックより大きいカバンもあるんだ、すごいね」
「この街に来るときにね、使ったんだ」
会話が進む方向に嫌な予感を感じ取って、秋水は無表情の裏で慌てた。さすがと言うべきか、千佳がニコニコ笑っているうちに玖凪がやんわりと話題を変える。
「旅行にも持っていけるの。あ、そうだ、この前くるちゃん――っていう私の友達なんだけど、その子が旅行に行って面白い話をしてくれてね」
「面白い話?」
「うん。くるちゃんは家族で、立派な神社を観光したんだって。で、そこには大きなしめ縄があってね」
しめ縄とはどういうものだったか。秋水は知識の引き出しを探してみたが、自分から取り出せるものは何もなかった。とすれば、なくてもそれほど困らない類のものか。
「しめ縄ってなーに?」
代わりに訊いてくれた千佳に玖凪は答える。
「神社にある神聖なお飾りだよ。藁で出来てるの。でね、普通のものはそれほど大きくないんだけど、その神社のはこーんなに、もっと、大きいんだって。それが高いところに飾られてるの」
両手を使って大げさにジェスチャーする玖凪に千佳が興味津々な眼差しを向けた。
「すっごく大きいってどれくらい?」
「うーん、寒凪さん二人分くらい?」
「人を勝手に大きさの目安に使うな」
憎めない笑顔で玖凪は話を続ける。
「そこのしめ縄には御利益があって、藁の隙間に5円玉を差し込むといいことがあるんだって。でも、高いところにあるからジャンプしないと届かない。だからみんなジャンプして5円玉を入れようとするんだ」
「みんなジャンプするの」
「うん。大人も子どももみんな」
そして玖凪は、少し苦笑して言った。
「そうしてみんながジャンプするから振動がすごいの。別の人が差し込んでいた5円玉が落ちちゃうこともある。それを見ていたくるちゃんは、『人生の縮図がここにある』って思ったんだって」
穿った見方をする人間もいたものだ。会ってみたいような、みたくないような。玖凪と同じ学校の生徒であるなら、意外とそのときは近いかもしれないが。
秋水の視線を感じ取った玖凪は一言添えた。
「言っておきますけど、くるちゃんはいい子ですよ。ちょっと変わった発想してるだけで。この話を聞いたときもなるほどなーって」
「『人生の縮図』?」
千佳には難しい言葉だったのか、首を捻っていた。
「――でも、それが現実なんだとしても、私はみんなが幸せになれたほうが、その努力をしていたほうがずっといいと思うんです。ね。」
玖凪に優しい眼差しを向けられて、意味も分かっていなかっただろうに、千佳は安心しきった笑顔を作った。
「うん! 千佳もそう思う!」
他愛ない話をしながら歩いているうちに、太陽はゆっくりと西の空に傾いていた。気がつくと初めの商店街に戻ってきていた。
「あ、おもしろそうなもの発見!」
商店街の南側出口、千佳を捜していたときには何もなかった場所に人が集まっていた。
輪の中心にいるのはピエロの格好をした男で、色とりどりの細長い風船を膨らませている。ピンク、青、緑。鮮やかな手並みでそれらを捻じると、あっという間にプードルができた。
「わー! すごいすごい!」
「今日は日曜日だからね。商店街でこういうイベントもやってるんだよ」
「いいなー、千佳も作ってもらいたいな」
次々と可愛らしく形を変えていく風船に目を輝かせている千佳。そんな彼女の横に
「はい、どうぞ」
不意に、風船で作られた赤い花が差し出された。
驚いた千佳が花の持ち主を見上げると、そこに立っていたのは
「おかえり、千佳」
数時間前に別れた母親だった。
「あ……」
自分が勝手に以前住んでいた街に行こうとしていたことを思い出したのか、千佳は目を逸らした。怒られることを覚悟している顔だった。
一方の母親は、紅梅堂で会ったときとは正反対の、穏やかな表情をしていた。すべてを分かっていると感じさせるそれは、母親特有の慈愛だった。母親は自分の娘を優しく、それでいてしっかりと抱きしめて、その耳元に呟いた。
「千佳、楽しかった……?」
「……うん」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんが一緒で、よかったね」
「うん」
「心配、したんだからね」
「ごめん、ごめんなさい……」
一仕事終えたツアーコンダクターは、秋水の横で満足げな表情をしてその光景を見ていた。




