少年と少女のおつかい・7
これから捜すは一人の女の子。
◆名前は千佳
◆歳は6歳
◆ピンクのトレーナーに白いスカート
◆うさぎを象った大きなリュック
◆黒髪のツインテール
■ ■ ■
「うーん、千佳ちゃん見つかりませんね」
捜索を開始してから1時間が経過したが、女性の娘・千佳は未だに見つかっていなかった。
場所は商店街の出口付近。
玖凪は折りたたみ式の携帯電話で暇な右手をあやしていた。開いては閉じ、閉じては開くを繰り返している。
玖凪は母親と連絡先を交換していた。また、商店街に知り合いが多いというのも本当のようで、千佳を見つけたら連絡をくれるように触れ回っていた。
それなのに、携帯電話は一度も呼び出し音を鳴らさない。
開いて、閉じて。閉じて、開いて。
パコパコ虚しい音を立てているだけだ。
「さて、っと」
パチンという音を立て、玖凪は山吹色の携帯電話を閉じた。もう開くことはせず、鞄の中にしまう。
「こうなってくると、少し考え方を変えた方がいいかも」
ぽつりと呟く玖凪に秋水は訊ねた。
「どういう意味だ?」
「寒凪さん、おかしいと思いませんか? 商店街という限られたエリアを複数人が捜しているのに、まったく見つかる気配がない。しかも相手は移動範囲が狭いであろう6歳の女の子ですよ」
「確かにその通りだが」
「ここで新しく考えられることは2つ」
玖凪はピンと右手の人差し指を立てて言い放った。
「その1。千佳ちゃんは迷子になったわけではなく、何者かに誘拐された」
「なっ……!」
思いがけない発言に、背筋が凍った。
「誘拐って……何故」
「あ、もちろんこれは可能性の話ですよ。そうだと決まったわけではないし、そうでないに越したことはありません。誤解しないでくださいね」
ただし、と前置きして玖凪は続ける。
「もしもこれ以上捜しても見つからないようだったら、この可能性を念頭に置いて警察に相談することになるでしょうが」
今彼女が話しているのは、あくまで可能性の話だ。最悪の場合を想定するのは間違いではない。
それはわかっているが。
『誘拐』という言葉が引き金となって、刹那視界が暗転した。
「寒凪さん? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大したことはない」
「すみません、ずっと歩き通しだったから……少し休みますか?」
「いや……」
落ち着け、これは可能性の話なのだ。
あの時と今回では、状況も対象も、世界ですら違うのだから。
自分が動揺する必要も意味も、理由すらない。
だから、問題はない。
「――寒凪さん、ホントのホントに大丈夫ですか?」
「俺のことはいい。それよりも、その2はなんなんだ」
速まった鼓動をなだめて玖凪に先を促す。
「それではその2」
玖凪は中指も立てて『2』を形作った。
「私としてはこっちの可能性のほうが高いと思っています。千佳ちゃんは迷子になったわけではなく、自ら商店街から遠ざかっている」
「……は?」
自分から?
もしそれが本当であれば、かなり人騒がせな話だが。
「可能性が高い、ということは理由の見当がついているのか?」
「まあ、なんとなくですが。詳しいことは千佳ちゃん本人に訊くまではわかりませんね」
そう言って玖凪は困ったように微笑った。
この様子からするに、こちらであれば『子どものイタズラ』程度で済まされるものらしい。残念なことに秋水にはその理由とやらが皆目見当もつかないが。
「それで、これからのことですが」
玖凪は切り出した。
「その2の可能性に賭けて、捜索範囲を広げてみるべきだと思います。相手は土地勘もない6歳の女の子ですから、意図的に離れていたとしてもまだ追いつけるはず」
「それでも見つからなかったらどうする」
「そのときはお母さんのところに戻って話し合いですね」
異論を挟む余地はない。
頷いて了承の意を示す秋水を見て、玖凪は次の捜索地の方向を指差した。
「それじゃあ、商店街の南西側を捜してみましょう」
玖凪は駆け足で商店街の外へ向かう。商店街のゲートを通り抜け、右折して真っ直ぐ駆ける。
たなびくカーディガン。規則正しく揺れる黒髪。
後を追ううちに、秋水は気がついた。
(ああ、そうか。こいつ……)
最初は形にならなかったものが次第に明確になっていく。
しっかりと振られている両腕。迷いなく歩を進める両脚。
(くそっ、ほとんど信じてないくせに誘拐とか言うなよ)
「可能性が高い」とかいう話ではない。「なんとなく」とは大した謙遜だ。
玖凪は自分の中で、「千佳が自分の意志で離れている」ということを確信している。
それがどういう理由からなのか、秋水には未だにわからない。わからない自分とわかっている玖凪の間にどのような差があるのかも。
言葉にしづらいもやもやとしたものが胸の内で燻って、しかし玖凪について行けばその理由がわかるのだという不思議な期待感があった。
その感情の名前を、秋水はまだ思い出せてはいない。




