少年と少女のおつかい・2
店の裏手にある駐車場に辿り着くと、当たり前のように少年――寒凪秋水はそこにいた。
少し年季の入ったバイクから降りて、ヘルメットを外している。ヘルメットの下から出てきたのは――。
やはり目がくらむほどの鮮やかな赤髪だった。
どうして他の人にはあの『赤』が見えないのだろう? 玖凪にはそれが勿体無いことに思えて仕方が無い。
今はこちらに背を向けているため見えないが、その瞳も宝石のような『赤』のはずだった。そう考えたら唐突に、こちらへ振り向かせてみたいという強い衝動に駆られた。
「あ、あの! すみません!」
自分でも驚くくらい大きな声で呼びかけた。秋水はパッとこちらを向く。
――ああ、やっぱり『赤』だ。
勝手に嬉しくなってしまった。
一方、背後から急に現れた玖凪を認識した秋水は、学校で出遭ったときと違って明らかに動揺していた。ギクリ、と動いてそのまま微動だにしない。
固まっている秋水を前にして、今更ながら玖凪は『赤』以外の要素を再確認することとなった。
男に対する評価が辛口なくりす(荒木田を除く)に「けっこういけてる」と言わしめるほどに端整な顔立ちをしている。やはりヤンキーではない、と思う。むしろ、いろいろ真面目に考えすぎるタイプではないだろうか。
「……」
「あの……」
「…………」
「あのー……」
返事がない。屍というわけではないだろうに。
たっぷり30秒くらいかけた後。秋水はようやく玖凪を凝視しながら絞り出したように声を出す。
「なんで、ここにいる……」
幽霊でも見ているかのような反応だった。
「あの学校で遭うのはまだわかる。だが、なんでここにも出てくるんだ」
「え、あの、どうもすみません」
「これはあれか。お前、ストーカーとかいう奴か」
「ちょ、ストーカーじゃありませんよ! 女の子に使いますかその言葉を!」
探していたのは確かだが、それをストーカーと呼ばれるのは違うと思う。うん、違うよね。
「私は白南風玖凪です。こちらの下宿でお世話になっている松波高校の二年生です」
「下宿……」
今その存在に思い至ったのか、秋水は一瞬だけほうけた表情を浮かべて、すぐに忌々しげな声で独り言を呟いた。
「未知の奴……知ってて言わなかったな」
――どういう意味だろう?
それはさておき、こうして再会することができた。玖凪がしたいと思っていたことは一つだ。
「あの! 昨日はどうもありがとうございました!」
深々とお辞儀をする。
自分を救ってくれた少年に、これだけはしておきたかった。
別に、秋水のために何かしてあげられるわけではない。大したお礼もできない。それは分かっている。
だが、「運がよかった」の一言で片付けてしまうには赦せないくらい、玖凪は救われた。感謝の言葉を直に伝えなければ気が済まないほどに。だからこれは玖凪なりのけじめであり、自己満足だった。
昨日から引きずっていたことがようやく実現し、ほっとした玖凪は――そのとき気がついた。
お辞儀をしている相手、秋水の気配がとてつもなく希薄なことに。
ぱっと頭を上げる。
秋水はそこにいた。消えたり移動したりすることなく、先程とまったく変わらない位置にいた。
むしろ微動だにせず。
つまらないもの、くだらないものを見るような醒めた目をしていた。
彼の周りから人間らしいものの一切が霧散し、そこから感じられるのはぽっかりとした空虚だけだった。
翳った赤い瞳と視線がぶつかる。
「……なんの話だ」
秋水の口からこぼれ出たその一言は、どう好意的に解釈しても照れ隠しではなかった。
昨日の一件などなかったことにしたいという明らかな拒絶だった。




