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刻まれるは生きた証 ④英雄の決意

 ―――ガーデンツは没したか。


 ムオンは考える。オリヅア・D・ガーデンツがいなくなった今、これからどう進むべきか。己が望みを叶える為には如何にすべきか。


 ―――野に散らばった無名の者を探すか?


 それは下策だ。彼の望みはそれこそ人知を超える可能性がある者に委ねるべき事柄であって、ただ優秀なだけの者でも駄目だ。ましてや、決して凡俗には成し得ない。


 ―――されど他に手があるとも思えぬ。


 本当にそうか。集めた情報内にガーデンツに匹敵する魔術師はいないのか。


 否、存在する。


 世界にはガーデンツに比する魔術師に数えられる者がまだ残っている。ならばそれに頼ればよい。


 ―――しかし下手をすればさらに手間のかかることとなりかねん。


 それでも、無闇やたらにさすらうより良いだろう。所在も判明している上に、その実力も折り紙つきだ。あるいはガーデンツ以上と見ても良い。


 都合のいいことに戦が始まる。そこに乗じれば可能性は増すかもしれない。






 ◆






 ムオンは雑貨屋に来ていた。物資の補充のためである。しかし、今は国を挙げての戦時中だ。大方の物資は軍がかき集めているためか、一般の店に残るものは僅かばかりだった。加えて、店内にいる客はムオンだけである。


 店主は「客も物も足りやしねえ」と不服そうに頬杖をついていたが、それでも戦争に対する忌避感はない。魔物は人類に対する敵である、と誰しもが認識している。それを根元から叩くと言うのだから、民衆にとって圧迫された生活に不満こそあれ、反発は出ないのだろう。


 店主の憂鬱げな視線があちこちを這う中、いくつかの傷薬を手に取りながらムオンが品を見定めているときだった。不意に来客を知らせる鈴が鳴り、ドアが開け放たれる。


 入ってきたのは四人の人影。剣士レクス・アールヴィンとその一行だった。


「あれ?あなたは……」


 ムオンの姿を認めた少年は、年相応の屈託のない笑みを浮かべ、ムオンへと近づいていく。身に着けた決して軽くはないであろう金属製の鎧がガチャガチャと音を立てた。


「僕はレクス・アールヴィンと言います。昨日、城門でお会いした方ですよね?」


「……ああ。ムオンという。ガーデンツ殿の事は残念だった。あるいは助けられたかもしれぬだけに」


「いえ、僕達もあの時は何もできませんでしたから……」


「ちょっとー、いい加減暗くなるのは止めよーよ!師匠の遺志は私たち全員で、その技術は私とグランスで受け継ぐって決めたじゃん!」


 桃色のポニーテールを揺らしながら、アイヴェ・クレイムルは少年の背中を強く叩いた。握りこぶしで。しかし、少年は鎧を着ているのだ。荒事に向かない少女のか細い腕が悲鳴を上げる。


「いったぁー!」


「あらあら」


 それを見ていたもう一人の少女、ミーティ・アリアードは口元に手を当て、長く輝くブロンドを揺らして見てくれの通りに上品に微笑むが、三人の少年少女より一回り年上のグランス・F・マイスターは額に手を当て、胡乱な眼差しを送っていた。


「何をやっているんだお前は……」


「んもー!レクスのせいだかんね!」


「はは、ごめんごめん」


 アイヴェが尊大な態度で少年に八つ当たりを始めたところで、グランスは無視を決め込んだようだった。ムオンに向き直ると、被っているとんがり帽子のつばを少し持ち上げる。どういうわけか少々険しい目つきだった。


「さて、アホは放っておいて……ムオン君と言ったね。私はグランスという。いきなりだが、キミに一つ質問があるんだが良いか?」


「内容による」


「はは、正直だな。まあ実際、不躾な質問で悪いんだが……ラズエン将軍から士官の話を断ったと聞いた。悪くない話だと思ったが何故だろうか?キミほどの腕を野放しにしておくには惜しいと私も思ったのだよ」


「グランスさん、あまりそういった事は……」


 清廉なる少女の呼び声に相応しく、ミーティは気遣いの出来る少女のようだった。もっとも、初対面と言わずともほぼそれに近い状態で込み入ったことを突然聞いたグランスの無作法な態度を見れば、誰であってもそう思うだろう。


 事実、じゃれあっていたレクスとアイヴェも質問が耳に入るなり、動きを止めてぎょっとしていた。


「分かっているよ。勿論答えたくないならそう言ってもらえば良い。ただ、戦う相手が魔王だからな。多少の事には目をつぶってでも手を貸して欲しいんだよ。何より、彼の腕は確かだ。直接は見ていないが、多くの兵士が証言していただろう?あの強大な魔物相手に肉弾戦を挑んで全くの無傷だったらしいじゃないか」


「それは、そうですけれど」


「……確かな腕、か」


 独白のように呟いたムオンは右腕を掲げて、グランスへと差し向けた。その手は持ち上がってはいるものの、妙に虚脱している。


「それが理由だ。私は腕が効かなくてな。限定的な戦闘ならまだしも様々な面で足手まといになりかねん」


「え?でもさっきは傷薬を持って……」


「こんなものは飾りだ」


 男はそう言って、右手で左腕を掴み勢いよく引っ張る。すると、その左腕はろくな抵抗も見せず、肩口から外れてしまった。だらんと垂れ下がった作り物の腕が小刻みに揺れる。


「この通り、義手だ。多少ならば動かせもするが細かいところでは役に立たん。傷薬程度を掴んで持ち上げるのが精一杯だ」


 突然の異様な光景に、さしもの英雄たちも息を呑んだ。目前に自らの片腕を引きちぎって隻腕となった男が現れたようにも思えたのだ。義手の作り込みもその思い込みに影響している。


 されど、やはり英雄と呼ばれるほどの者たちである。その胆力も強かった。少年はすぐさま気を取り直し、義手をまじまじとみつめて感嘆していた。


「凄いですねこれ。とても義手とは思えないほど精巧だ……」


「特殊な魔術を施してある。おかげで日常生活に不便は感じない」


「魔導科学による産物か……少しそれを検分させて貰っても良いだろうか?」


 グランスの申し出に少し逡巡する。素っ気無い物言いをしたが、この腕はムオンにとってある意味では命よりも大切にすべきものだ。他人に触らせる事に忌避感が無いわけでもない。


 しかし、彼ら四人の勇名を鑑みれば迷いが生じてくる。あまり世間の情勢に頓着しないムオンであってもその名を知っている程度には確かな実力を持っている。ならば、あるいは彼らがムオンの望みを───


 ───少し、試してみるか。


 ムオンは取り外した腕を無表情のまま差し出した。それを受け取ったグランスは視線を鋭くし、ためつすがめつ眺め始める。魔術研究者の特異な視線。その真剣な様子に興味を引かれたのか、一級の魔術師であるアイヴェもまたその義手に横から触れる。


「確かにすごい珍しい魔術っぽいねー。義手のためだけに相当数の術式が埋め込まれてるみたい……ってあれ?違うなー。これ複数の術式を一つの術式として作り上げてるのかな?というか腕を動かすだけにしてはちょっと複雑すぎない?」


「ふむ、確かに簡略化はできそうだが……単純に腕を動かす以上の機能があるのかもしれん。定着のさせ方も非常に安定している。これの製作者は余程腕の良い魔術師のようだな。一度会ってみたいものだが……」


「それは不可能だ。この世にはもういないのだ。他の機能とやらも私は知らぬ」


「……残念だな。しかし意義はあったよ、ありがとう」


 ひとしきり検分して満足した様子のグランスから差し返された義手を受け取り、ムオンは再び肩口へと装着した。接続感を確かめるように、握りこぶしを作って、開いてを何度か繰り返すと、今度は軽く腕を上下に振る。


 ───可能性はある。が、確実性はないか。


 多少の落胆を感じながら、陳列棚の傷薬を三つほど手に取り、ムオンは踵を返す。その背中は、話は終わったと無言で物語っていた。


「店主よ、この傷薬が欲しい。いくらになる?」


 店主は毎度、とやる気なさげに値段を告げ、ピッタリの金額を受け取ると再び頬杖をついた。客商売としてはてんで駄目な態度ではあったが、ムオンはさして意にも介さず、出入り口へと向かった。


 レクスたちに対する別れの言葉はない。ただ、これ以上関わるつもりはないと拒絶の意志だけがにじみ出ている。


 しかし、それでもその背に向かって再び少年の問いが投げかけられる。


「あの、本当に戦いには参加しないんですか?」


「───別に目的がある。もともと、それをガーデンツ殿に頼むつもりだったが……代替手段を考えねばならなくなった」


「そう、ですか……」


 会話はそれきり。ムオンは振り返らない。レクスもそれ以上の言葉はなく、ただ扉の向こうへと消えていく背中を眺めていた。


「レクスさん」


 ミーティの暖かな手が硬く握りこんだ拳を覆っていた。眉根を寄せた表情がレクスの心を僅かに波打たせる。


「うん、心配かけたね、ミーティ。僕は大丈夫だ。例え一人であっても必ずルヴォルクを───殺す」


 少年の決意は強く、悲壮であり、荒ぶる怒りに満ちている。魔によって家族を奪われた彼を止めることなどできはしない。少年の過去を知り、今に至るまでを知っている少女は、それが理解できる少女の心は、ただ悲しみに落ちていく。


 魔は人を壊すのだ。

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