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第捌話 異界に血だまりに祓い屋少女 前編

 “赤沼探偵団”。

 ――否。

 これは、僕自身も高校生になってから初めて知ったことなのだが――どうもその名は、実際のところ少々違うらしい。

 初代団長、もとい、現団長である葵いわく――正式名称は「赤沼“怪奇”探偵団」。

 なぜ「怪奇」という二文字だけ略してあるんだ、とか色々と思うところはあるだろうが――そこは、それ。あの葵だから、と思う事にして――とりあえず、この場では置いておこう。

 赤沼探偵団。改め――赤沼怪奇探偵団。

 それは、その名から察せられる通り、ここ赤沼町を中心とした周辺近所に存在する“不思議”や“謎”を片っ端から調査する――という、なんとも酔狂な集まりである。

 勿論のことだが、創立者は神谷葵。

 忘れもしない三年前――中学二年生の夏。僕の友人であり、当時の“白沢中三大美人”の一角であり――また、当時“白沢中の残念美人”というその異名を付近に轟かせていた葵が、僕と彼女と、そしてとある後輩の三人で作った――いわば“部活動”や“同好会”、“サークル”などと呼ばれるものである。ただ、今も昔も学校側には何の届出も出してはおらず、学校に認められている正式な集団というわけではない。

 はっきり言うと、一種の遊びグループである。

 活動時間は主に放課後や休日。メンバーは創立当時も現在も、学校生活で大半の行動を共にする「つるんでいる奴ら」。――まあ、ようするに「いつものメンツでなんかしようぜ」というノリの集団なのだ。……その「なんか」の内容が、毎回少々非凡ではあるのだが。

 まあ、いくら非凡とは言っても、所詮は高校生によるただのお遊びに過ぎないから、現在僕の掲げるスローガン「平穏平凡な学生生活。NOオカルト、ダメ絶対」に反することはないと思われる。

 現に2600年前に神隠しに遭うまで、僕は一度たりとも霊的な事象に遭遇していないのだ。それまでの三年間、散々「赤沼探偵団」の活動でいわく付きの建物やらに赴いたり、流行りの都市伝説などを検証したりしていたのにも関わらず、である。

 これはつまり、赤沼探偵団の活動によって僕がオカルト的事件に巻き込まれる可能性が非常に低いことを示していた。

「……ま、は絶対にないとも言えないか」

 当番日誌を片手に僕はそう呟くと、廊下から職員室へ入った。

 担任教師の姿を探しながら頭の隅に思い起こされるのは、つい先日の戦い。祓い屋の少女と、そして口裂け女――“新大和会”との邂逅。

 ――「新大和会」。

 刹那、脳裡のうりを一人の男の姿がぎる。

 そして。――ぎしり、と。

 僕は思わず歯を噛み締めた。

 と、そのとき。

「お、日直か」

 突然背後から声をかけられた。

 慌てて振り返れば、担任教師がそこに立っている。

「ご苦労さん」

 平静を装いながら無事に日誌を彼に手渡すと、そのまま僕はそそくさと職員室を後にした。


     ◇ ◆ ◇


「おそいっ!!」

 教室に戻ると、葵がさも待ちくたびれたかのような顔で文句を言ってきた。

 壁にかかる時計を見る。

 日誌を持った僕がここをたってから、まだ十分も過ぎていない。

「いやいや。まだ全然――」

「ま、いいわ。さ、みんな行きましょ!」

 文句を言おうとした僕の前をすり抜けて、葵はそう言うとそのまま教室から出て行った。

 思わず唖然とするが、すぐに「ああ、これが葵だったな」と思い出す。

 席に戻ってずしり・・・と重たい学生鞄を手に取ると、苦笑を浮かべて廊下へと出ていく慧とチビタに慌てて続いた。

 ――そうして、大体三十分後。

 僕らは、とあるマンションの前に立っていた。

「お、ここって俺の通ってた小学校の近くじゃん」

 チビタが周りをきょろきょろ見ながらそう言うと、慧がそれに反応した。

「へえ、チビタは第一小の出身か」

 二人の会話を横で聞きながら、僕は再度目の前にそびえるマンションを見上げる。新しいわけでも、特に古いわけでもない、ごく普通の一般的なマンションであった。妖気のようなものも感じないし、どこもおかしいところは見当たらない。

 ――うん。今回もまた、何も起こらないという結果に収まりそうだ。

 僕がそう満足げにうなずいていると、突然誰かに左手を握られた。

 ぎょっとして見てみれば、少し顔を火照らせた葵がそこにはいた。

「なにしてんのよ。早く行くわよ!」

 葵はそう言うと、そのまま強引に僕の腕を引っ張ってマンションの中へとずかずか入っていく。慌てて周りを見るが、慧もチビタもすでにいない。どうやら僕は気づかぬうちに、ひとり取り残されていたようだ。

 マンションの中へ入ると、玄関ホールのすぐ奥にあるエレベーターの扉の前で、慧とチビタが待っていた。

 扉の横の上階に行くボタンは既に押されて点灯しており、扉の上の階数ランプは十階で止まっている。

「健、一体なにしてたのさ」

 チビタが口をとがらせながら言ってくる。

「いや、ちょっと考え事してて。ごめん」

 チビタに軽く下げた頭を上げると、今度はなにやら含みのある笑みを浮かべた慧と目が合った。

「どうかしたか?」

 僕は気になったので聞いてみるが、慧は「いや……」とつぶやくと、なぜか葵に視線を移した。

「大分成長したなあ、と思ってね……?」

 成長……?

 僕が首をかしげると同時、葵は慌てて僕とつないでいた手をほどくと慧に向かって膝蹴りを繰り出した。

「ちょっ!?」

 慧はなんとかそれをかわすが、葵は無言で追撃を繰り出していく。

「お、おい! やめろって! ちょっと本当のこと言っただけだろ!?」

「…………」

「いや、その、神谷? 神谷さん? 無言で弁慶の泣き所ばかり集中攻撃するのやめてくださいません!?」

「…………」

「ちょ、ちょっと、健、助けて!」

 悲痛な叫びをあげる慧に、なぜか無言の上に顔が赤い葵。

 僕はそんな二人の謎の行動を不思議に思って眺めながら、そばのチビタに問いた。

「えと、なにしてんの? あれ」

 するとチビタはどういうわけか僕の顔を心なし面白そうに眺めてから、

「さあ? 俺は知らん」

 と、そう答えた。

 少し不服な気分になったが、

 ――ま、いっか。

 と、すぐに心の中で結論を下す。

 思えば2600年前の頃にも、こんなことが何回かあった気がする。喧嘩するほど仲がいいって言うし、ま、じゃれあっているだけだろう。

 エレベーターの階数ランプを見上げれば、現在点灯している階数は未だ十階で――いや、丁度今動きだした。九階、八階と順調に下がってきている。この勢いなら、あともうそろそろで一階へと到達しそうだ。

「二人とも、そろそろエレベーター来るけど?」

 無言で攻防している慧と葵に声をかけるが、地味に白熱しているのか二人はそれをやめようとしない。……うん。それにしても、二人とも運動神経すごいなあ。そういえば神隠し以前は、度々この二人に見せつけられる自分との身体能力の差に嘆いていたような……。

「おいおい、もうそれくらいにしときなって」

 僕が少々遠い目をしていると、見かねたチビタが二人の間に割って入った。

 この介入により、二人の攻防は中断される。そうすると、チビタは二人の肩に両腕をまわし、二人に顔を近づけてなにやらひそひそと話をし出した。

「……おーい」

 軽く声をかけてみるが、反応らしいものは返ってこない。

「……突然どうしたんだ?」

 三人からは少し離れているため、会話の内容はあまり聞こえない。ただ、時折ちょろっと漏れ聞こえてくる単語の中に自分の名前が出ている気がするが……おそらく気のせいだろう。それよりも、先程からちらちらと赤い顔の葵がこちらへ視線を送っては戻している。なんかしきりにチビタと慧の説得? みたいな話にこくこくと頷いているし――全く持って不可解だ。一体なんの話をしているんだろうか。……なぜか、近づこうとすると慧が目で制してくるし。

「……はあ」

 ため息をつき、ふとエレベーターへ視線を戻すと、丁度二階のランプが消え、一階のランプが点くときだった。

 チーン、という音と共にエレベーターの扉が開く。そして、中から小学生くらいの少年が三人、現れた。

 スポーツ少年団かなにかで野球でもやっているのだろうか。三人とも同じ柄の野球帽を目深にかぶっており、身長差も相まって僕から彼らの顔は見えなかった。

「ああ、ごめんな」

 丁度扉の前で立ちふさがる形になっていることに気付き、慌てて横へよける。少年三人は、軽く頭を下げるとそのまま僕の前を通り過ぎ、玄関ホールから出て行った。

「おい、エレベーター来たぞ」

 エレベーターの中に入り、開扉かいひボタンを押しながら声をかける。

「おう、今行く」

 慧がそう答える横で、チビタが葵になにやら言い含めている。はっきり言ってカオスだ。

「一体なんの悪巧みをしてたんだ?」

 そばへ寄ってきた慧にそう尋ねるが、慧は軽く笑って

「なに。迷える子羊へちょっとしたアドバイスをしていただけさ」

 とだけ言うと、エレベーターの奥にある鏡へ寄り掛かった。

「……迷える子羊、ねえ」

 ――慧よ。おまえ、いつから僧じゃなくて牧師になったんだ。

 僕が心中でツッコミをしていると、続き、慧に少し遅れた形でチビタと葵もエレベーター内に入ってくる。

 葵は相変わらず顔が赤い。風邪ではなさそうだけれど……と一瞬思うが、そこで、そういえばこんなことも昔結構あったような……と思い当り、今までの自分の人生約2616年位をざっと振り返ってみる。

 ――一番最近じゃあ、そういえば白夜……も結構赤面していたような……。あれ、でもあいつは年がら年中酒飲んでいるような奴だし……と、すると江戸で世話になったお百合さんか……あれ? そういえば時代は飛ぶけど、晴明も偶に赤面していた気が……

 と、考え込みそうになったとき、突然左足のつま先に鋭い痛みが走った。

 見ると、不機嫌そうな顔をした葵が僕の足を思いっきり踏んでいる。――お、よく見てみれば、葵の顔の火照りはもう収まったみたいだ。いつもと同じ、白い肌の顔である。よかった。

「……俺は常々、健を大物だと思うよ」

 そばで相変わらず面白そうなものを見るような目をして、チビタがそう呟く。

 葵はそのまま僕のいる壁とは反対側の壁――僕の向かいの壁に行き、寄り掛かった。

「……ええと、それじゃあ、たしか最初は4階でよかったよな?」

 僕は開扉ボタンから指を離すと、周りにそう問いた。

 今回、僕らが検証するという噂――「エレベーターで異世界に行く方法」についての詳細は、高校からこのマンションへと至る道中にて三人から既に聞いている。

 いわく、この噂は主に小学生を中心にして広まっている。

 いわく、この噂はほんの3週間くらい前――今月の始め頃から突然広まり始めた。

 いわく、使用するエレベーターはぴったり10階までのものでないといけない。

 いわく、「儀式」の最中に、エレベーター内で会話をしてはいけない。

 そして、いわく、肝心の儀式とは――

「――まず、4階、2階、6階、2階、10階、5階と降りずに移動する。そして5階についた後に4秒間だけ目を閉じる。そして、そのまま10階に行けば異世界に到着、と……これで合ってる?」

 なんとはなしに団長であり一番詳しい葵に目を向けるが、未だ彼女はぶすっとしており、ツンと顔をそらしてしまった。そのため、代わりに慧が答える。

「大方は合ってる。けど、微妙に最後が違う」

 その言葉を、チビタが引き継いだ。

「最後、5階で目をつむった後は10階じゃなくて1階を押すんだ。まあ、噂通りならそれはそのまま10階に行くらしいんだけど」

 それを聞き、僕はうなずいた。

「ああ、そういえばそんな話だったね」

 ――4、2、6、2、10、5、1、か。

 僕はもう一度頭の中で反芻させると、そばに手を伸ばし4階のボタンに指をかけた。

「……よし。ええと、それじゃ、そろそろいい?」

 他の三人の顔を見る。

 葵は、未だにどこかぶすっとした顔をしてはいるものの、抑えられない好奇心と期待が溢れるのか、瞳が生き生きと輝いている。

 慧は、相変わらず穏やかな微笑を浮かべながら、鏡を背に佇んでいる。

 チビタは、いつも通りの笑みを浮かべてはいるが、珍しく、なにかその瞳に期待のようなものが垣間見えた気がした。

 三人と顔を見合わし、無言でうなずき合う。

 ここから先は「儀式」の範疇はんちゅうだ。よって、会話は許されない。

 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が響き、そして――僕は、静かに4階のボタンを押した。



2013/5/26 誤字修正。

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