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第参話 懐かしい日々と新しい日々と 後編

「……健?」

 7月16日月曜日、午前7時25分36秒。

 不死川慧は、困惑していた。

 教室の入り口にて固まったまま、窓側最後列に座る男――もう二度と会う事はないだろうと思っていた筈の友人、小杉田健を凝視する。

 ――一人の人間が、神隠しに。

 今朝、父からその報告を聞いた時、慧はその人間が健であると確信してしまっていた。

 しかし。

 健は、学校へ来ている。さも何事もなかったかのように。

 ……どういう、ことだ?

 わけが分からず、慧の頭が真っ白になりかけたその時である。

「あれ、慧じゃん」

 ふと、慧の背後から聞きなれた声がかかった。

 慧が振り向くと、そこには案の定、人懐っこい笑みを顔一面に浮かべる背の低い男子が立っていた。

「……なんだ、チビタか」

 チビタ。慧と健、そしてもう一人を入れた四人の中でいつも使われている彼の呼び名である。決して背が低いから、とかそういう意味はこれっぽっちしか入っていない。

 チビタ。本名は千田文太ちだぶんたである。

「こんなとこでなにやってんの?」

 文太はそう言うと、慧の後ろから教室の中を覗いた。と、そこで彼はボーっと教室内を見ている友人の姿を見つける。

「いや、なんでもない」

 慧は文太にそう言い、自分の席へ行こうとした。

「慧、健に神社の事聞こうぜ」

 が、それより早く教室の中に踏み入った文太が迷わず健の元に向かうのを見て、また動きを止めてしまった。

 ――どうするべきか。

 小杉田健。神隠しに遭ったはずなのに学校へきている友人。

 ――一体、なにが……

 慧が自分の席に向かいながら思考の淵に沈みそうになった時だった。

 慧の耳に、文太と健の会話が飛び込んできた。

「はあ? それじゃあ、結局神社行かなかったのかよ」

 文太のあきれたような声が響く。

「まあね。流石に僕も、ゲリピーな状態で登山しようとする程アホでもないさ」

 苦笑いしながらそう返す健。

「ま、そりゃそうか」

 そして、そのまま他愛無い別の話題にシフトチェンジする文太。

 一方、近くの自分の席にて固まったままの慧はというと、納得と共に心の中で己を叱咤していた。

「……そうか。健、山には行ってなかったのか……」

 考えてみれば分かりそうなことである。

 健が神隠しになっていないのなら、健はその時その場にいなかっただけに過ぎない。

 ――何を疑っていたんだ、俺は。

 慧はそうして頭を振ると、普段の笑みを浮かべ、健の元へと歩いて行った。

 ――友人が無事だった。それだけでいいじゃないか。

 それでも一人町民が神隠しになっている事には変わらず、この町を守る寺の者としては喜んでいいような状況ではないのだが、この時の慧は、ただ純粋に友の無事を喜んだ。

 ……ちなみに、その友の浮かべる笑みが、どことなく不自然であることに気付く者は、その時の教室には誰一人としていなかった。


     ◇ ◆ ◇


 ――危なかった。

 1時限目、歴史の授業。僕は教師の説明を聞き流しながら、密かにそう胸を撫で下ろした。

 今朝、教室の入り口にてこちらをじっと凝視する慧に気づき、彼が寺の息子で僧の修行などもしていたことを思い出した時は流石の僕も内心冷や汗をかいた。

 せっかく、なんとか現代ここまで生き延びて、さあ、これからオカルトなしの平凡な学生生活を送れるぞ、と、そう思っていた矢先なのである。

 たしかこの町に寺は慧の実家しかない。と、いうことはこの町の霊的事件は彼の実家が管理している可能性が最も高く、ここで慧からその寺へ情報が回った日には、あれである。

 ――僕は、また、オカルトな日々へと逆戻り。

 せっかく、ここまで上手くやってきたのだ。

 最後の最後、ここでしくじるわけにはいかない。

 そうして僕は、2600年の間に培った経験を総動員して作り出した秘技「え、なんですか? ボク、なにもわるいことしてませんよ? な感じの自然な笑み」を発動させ、その後なんとか慧とチビタを欺くことに成功した。

「…………」

 …………くっ。

 友を欺いたことに対する罪悪感がひしひしと僕にのしかかる。

 だが。

 だが、すまぬ。友よ。

 ……これは、僕にとってとても大事なことなんだ。

 ……分かってくれ……!

「……ふぅ」

 馬鹿な一人漫才を心中にて無事終えると、僕は視線を窓の外へと移した。

 蒼く澄み渡った空に、遠くで弧を描きながら飛ぶ何かの鳥。

 こういう光景は、昔から何も変わらない。

 ……うん。

「平和だなあ……」

 と、僕が思わず呟いた時だった。

「そうだな。平和だな」

 突然、頭上から声が降ってきた。

 僕がおそるおそる顔を向けると、そこには案の定、先程まで教卓傍にいた歴史教師が立っていた。

「俺がこんなに近づいても気が付かないんだ。相当に平和だよな」

 先生、その笑みが怖いです。

「……ったく。小杉田、教科書の58ページを読め。4行目からな」

 教師はそう言い残し、教室の前へと戻っていく。僕は周囲の上げる押し殺した笑いに気恥ずかしくなりながらも、教科書のページを開いてその場に立つ。

 と、その時だった。

「……っ!?」

 振り向き、窓の外を見遣るが、特に何かがいるわけではなかった。

「……気のせいか……?」

 僕は窓から見える景色を心なし睨み付ける。

 何かに見られているような気がした、のだけれど……。

「おい、小杉田ー。早く読めー」

 教師のせかす声に、再び教室に笑いが起きる。

 ……まあ、いいか。

 気にする程ではないだろう。

「あ、はい、すいませーん」

 僕は教科書を持ち直すと、音読を始めた。

 ――窓の外。そこの空に先程からいた鳥が今、一瞬で跡形もなく消えたことに、一切気づかぬまま。


     ◇ ◆ ◇


 大浜市立第三高校のすぐ傍にある裏山。

 そこの木陰にて、二つの影が高校を見つめていた。

 そして、それらはそろって異様な姿をしていた。

 ――妖怪である。

「おい、どうした」

 その内の片方が、もう片方に尋ねた。

「なぜ、式神を消した」

 尋ねられた方は、なにか低い音を喉から漏らし、答える。

「……目標に……感づかれた……だから……」

「そうか」

 影はそう返し、しばし黙った。

「して、間違いはないんだな」

 もう片方の影は、なにやら喉より音を漏らすと、首肯した。

「わかった」

 その影は立ち上がると、言った。

「早速、お館様へご報告だ」

 もう片方も、再び首肯し、のそりと立ち上がる。

 そして、その二つの影が、どこかへ行こうとしたその時であった。

「待ちなさい!」

 彼らの背後の叢から、一人の少女が飛び出した。

 「大浜第三」と書かれたロゴの入ったセーラー服を身に纏った、齢16位の少女であった。

「今朝から怪しげな匂いをぷんぷんさせてたのは、あなたたちね!」

 まだ幼さの残るその綺麗な顔立ちを気丈に引き締め、少女は二人の妖怪に向かって片手で指差す。

「私に見つかったのが、運の尽き! さあ、大人しくお縄を頂戴なさい!」

 一方、先程の妖怪たちは慌てるでもなく平然としていた。

「……巫女、か」

 片方がつぶやき、片方が反応する。

「……どう……する……?」

 相棒が戦おうかと考えていることを感じ取り、もう片方が小声で諭した。

「やめておけ。あれはああ見えて意外と霊力が強い。ここはとりあえず、お館様へのご報告を最優先にするんだ」

 もう片方も、喉から音を漏らして首肯する。

「……わか……った……」

 しかし、そこで先程から軽く無視されている少女はとうとう業を煮やしたのか、学生鞄から幾枚かの札を取り出し、それを突然妖怪に向かって投げつけた。

「妖怪のくせに無視すんな! 《爆》!!」

 その言葉を皮切りにし、少女によって放られた札は一瞬白く輝いたかと思うと、次の瞬間には妖怪二人に向かって高速で飛来していた。

 それを見て、ほお、と感嘆のため息を吐く妖怪。

 少女は、勝利を確信していた。

 ――だが。

「たしかにこれなら、そこらにいる大抵の奴は一瞬で消し炭だな」

 そう、妖怪の片方が呟いた時、彼らの前にはボロボロに崩れた幾枚もの紙切れがひらひらと舞い散っていた。

「――え?」

 少女は、一瞬わけが分からなかった。

「運が良かったな、巫女よ」

 妖怪の片方がそう、少女へ言う。

「我らには急ぎの用事がある。よって、ここで失礼させて貰う」

 そう言い、二人連れ立って林の影でできた闇へ溶け込みながら歩き出す妖怪たち。

「……まっ、待ちなさい!」

 少女は追いかけようとするが、次の瞬間、背中に強烈な痛みを感じて、自分が吹き飛ばされたことを自覚した。

「――貴様は、命が助かった事にだけ、喜んでいればいいのだよ」

 そう言い捨て、妖怪の姿は二人とも完全に闇に紛れ、次の瞬間、辺りから妖怪の気配はなくなっていた。

「……く、そ……」

 少女は、倒れこんだ地面の土を拳で思い切り叩いた。

「……いつか……絶対……」

 私が、祓ってやる。

 そう呟き、少女は意識を手放した。


     ◇ ◆ ◇


 ――からから、と。

 ――くるくる、と。

 ――今も順調に歯車が廻り続けている事を、僕はまだ知らない。


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