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第初話 或る物語の始まりと終わりと

 赤沼町のはずれに連なっている山の一つに、高山、と呼ばれる小高い山がある。

 そこの中腹にある森の中に、僕は隠れていた。

「……やっとだ……やっと……」

 知らず知らずのうちに荒くなる息を整えながら、僕は木陰でそう呟いた。

 ――遂に、この時が来たのだ。

 心の臓が先程から早鐘のごとく脈打っている。胸の奥底から湧き上がるあまりの嬉しさに、ついつい口元がこれでもかと笑みに歪む。

 時は西暦2012年7月15日、午後1時45分55秒。

 ――“あれ”まで、あと、30分。


     ◇ ◆ ◇


 赤沼町のはずれに連なっている山の一つに、高山、と呼ばれる小高い山がある。

 小杉田健こすぎた けんは、そこの頂上にいた。

「だ、大体、この、辺り……だよ、な……?」

 乱れた息を吐き、額の汗を拭いながら、健は周囲を見渡した。

 前方に広がるのは、ここ大浜市赤沼町の全景。

 そして、左右並びに後方に広がっているのは、青々と茂る自然の景色であった。

「……神社なんて、どこにあるんだよ……」

 神社のじの字も見えねえぞ。健はそう呟くと、先日の友人らとの会話を思い出す。

 高校の昼休みでの出来事であった。

『知ってるか? 高山の頂上ら辺に、廃墟になった神社があるらしいぜ』

『え。マジで?』

『マジ、マジ。大マジな話よ』

 生来の懐古趣味が高じて、最近では骨董品等を愛でるだけでは飽き足らず、廃墟探検とか行きたいなとか思い始めていた健にとって、その情報は正に棚からぼた餅のような話であった。

『そうか。そんな近くにあんなら、今度の休みにでも行ってみるかなあ』

 だが、その時傍にいた別の友人が、そんな健に対して不思議な忠告をした。

『なあ、ちょっといいか。別に見に行くぶんはいいんだがよ。健、一つ聞いてくれ。絶対に、そこの敷地内で不敬に見られるような行動はしないでくれ』

『は? 不敬って? 誰に?』

『不敬は不敬さ。そこの神社に祀られていた神サマは、気に入らない人間をことごとく祟ったり神隠しにした、とか言われている立派な祟り神なんだよ』

『そういえば、おまえって寺の息子だったな。全然そうには見えないけど』

 ちなみにこの友人は坊主頭ではなく、スポーツ刈りである。

『そんなことはいいから、これだけは聞いておいてくれ。いいか。絶対に、神サマ怒らせるようなことするなよ。……つうか、ホントは行かないのが一番なんだが……』

『まあまあ。わかったよ、変なコトしなけりゃいいんだろ? ま、当然行くことは決定事項だが』

『健って、冴えない脇キャラみたいな顔してるくせに、変なところでだけ異様に行動力があるよな……』

『ひどい言いぐさだな、おい』

 この後いくつか他愛無い話をし、その日の昼休みは終わり……そしてその週末。つまり現在へと至る。

「あいつらがあそこまで言ってたんだし、実際にあることは間違いないんだけど……」

 周囲を見渡す。何もない。

「……嗚呼、日差しがきついぜ、馬鹿野郎バーロー

 健は頭上の太陽を細めた目で睨みつけると、傍の木陰へとふらふら歩いて行った。

 木漏れ日の落ちるくさむらへと腰を下ろし、しばらく休憩することにする。

 ふと時計を見ると、午後1時50分であった。もう少しで、午後2時になる……ということは、高山を登り始めたのが丁度正午頃であったため、大体登山を始めて2時間が経ったらしい。

 現在いまは、平成24年7月の第3日曜日。

 ぼちぼち、というか完全に季節は夏だ。

「あちい……」

 健は水筒を傾け、そう呟くと、おもむろにその場へ寝転がった。

「はあ、空が青いなあ……」

 しばしボーっとする。

「……大体、あれだ。“日曜日”というのがけしからんな。どうせ来るなら、もっと、こう、涼しそうな水曜日にでもしときゃ良かった……」

 人間が勝手に決めている曜日の名前が大自然の決めるその日の気温に関係するわけないだろ、とか、そもそもその前に水曜日は学校があるだろうが、とか、ツッコミたくなる要素溢れる独り言である。

「……はあ……石畳がひんやりして気持ちいい……」

 健は何とはなしに目をつむる。こうしてみれば頬に当たる風も気持ちいいものだなあ、などと、とめどもないことをうつらうつらと考える。

「………………ん?…………あれ?」

 そして、己の先程言った台詞に違和感を持つ。

 健は飛び起きると寝転がっていた地面を凝視した。

 そこには、草に隠れて、古い石畳が顔を出していた。その先の叢にもよく見れば同じように石畳が垣間見える。

「こ……これは……!!」

 ――もしや、例の神社への参詣道では!?

 正直なところ、キタキタキター!! と今すぐ叫びだしたいのを無事こらえると、健は放り出していたバッグを拾い、テンションだだ上がりな状態で石畳跡をたどり出した。

 そしてほどなく、薄暗い林の中を進んだ後に、ぽっかりと開けた場所へと行き着いた。そこには、長年風にさらされボロボロになり、所々に草やこけが確認できる、神社――だったものが存在していた。

「キタキタキター!! やっと見つけたぜ、廃神社!!」

 既にテンションMAXとなっていた健は、そう叫ぶや否や、一気に建物へと駆け寄ると、改めて神社を眺めた。

「いいね、いいねー!! このオンボロ具合!! 特にあれ、特にそこ!!」

 いろいろぶっ飛んだ発言をしている気がする。

 時計をふと見ると、既に午後2時15分を切ろうとしていた。

「そういえば、ここの神サマは祟り神だって話だっけ……」

 健は霊感がないのか、心霊現象に遭ったことがない。よって彼は、あまりオカルトを信じていなかった。

「でもまあ、アイツにあそこまで言われちゃあなあ……」

 思い出すのは友人の忠告。

 健は苦笑いをすると、靴を脱いで境内へと上がっていった。

「いやあ、それにしても廃寺とかは昔話でもよく聞くけど、廃神社てのは初めて聞く気がするな……」

 万一もしそれを理由に祟られては困るので、手を触れたりしないよう控えめに、視線だけで物色していた健は、そういえば、と思い出す。

「ううん、なんでだろう」

 健がそう呟いた時だった。いないはずの第三者が・・・・・・・・・・その質問に答えたのは。

「それは、あれじゃ。気に入らない神主を次々に祟っていったらこうなった」

「…………え?」

 突然の声に、健は後ろを振り向く。

「やあ」

 そこには、こちらに片手を挙げて挨拶する、異常ににやけた顔をした一人の女性が立っていた。長い黒髪を後ろに流し、なにか見た目明らかに上等な着物を身に纏っている。

 見た目はただの人である。健とほとんど変わらない。

 しかし。

 健は突然全身を駆け抜けた謎の恐怖心に困惑する。

 ――逃げろ。

 健のすべての直感が叫ぶ。

 ――こいつは、人じゃない。

 意識していないのに、立ち退こうと後ろへ勝手に下がる、細かく震える自分の足。

 ――こいつは、やばい。

 だけれど。

 なにを馬鹿な。

 健はそれら本能とでも言うべきものを理性で無理やり抑え込むと、彼女へ向き直り、尋ねた。

「……えと、あ、あなたは……?」

 だがそこで、健は自分の声が震えていることに気付いた。

 一体、どうしたというんだ!?

 困惑する健をおかしそうに見ると、女性はその口を、更に深くにやけさせた。

「ここは、妾の所有地じゃ」

 所有地……? この山の所有者ということか……?

 健は「所有地」という言葉からそう考えるが、何故か彼はそれが間違いであると感じていた。

 思い出すのは、友人の言葉。

 ――そこの神社に祀られていた神サマは、気に入らない人間をことごとく祟ったり神隠しにした、とか言われている立派な祟り神なんだよ。

 祟り、神……。

 健の脳内でそのフレーズだけが反芻される。

「……そんな」

 神サマだなんて。そんな、馬鹿なこと……。

「――お主は妾の所有地に、勝手に入り込んだ下郎である」

 健の思考を遮るように、女性は言う。口元をこの上ない程に歪ませながら。

「よって――」

 突然健の心臓が、どくん、と一際大きく跳ね上がった。

 ――こいつは

「――祟る」

 それは最終通告だった。

 ――こいつは、捕食者だ。

 本能の告げるまま、健は逃げようとするが、急に胸が苦しみだしたことでその場へ崩れ落ちる。

「精々、生き残れ。矮小な人の子よ」

 健の耳にあざ笑うかのような女性の声が聞こえる。

 ――ああ。僕は、ここで死ぬのか。

「……な、ぜ……?」

 苦しみながら、ふと健の口から漏れた言葉。

 ……ただ、見に来ただけなのに……?

 それに気づいた女性は、言った。

「だって男って毛深いから」

 妾、男、嫌い。そう言って、祟り神は嗤った。

 ……そんなことで……?

 健は目を見開き、そして誓った。

 ――もし。もし、生き残れたなら。

「――いつか! いつか! おまえを殺してやる!!」

 その言葉を最後に、小杉田健はこの時代から・・・・・・存在を消滅させた。


     ◇ ◆ ◇


 時計の針が、午後2時15分を切った。

「……そろそろか」

 ――長かった。

 僕は目を閉じた。

 ――本当に、長かった。

「二千年、か……」

 正しくは、2600年位か。四捨五入すれば3000年になるな。

「……本当に、長かった……」

 と、突然高山の頂上付近から強力な呪波が流れてくる。

 そして僕は、同時に1人の人間の存在が掻き消えるのを確認する。

「……今、始まりが終わる」

 そう呟くや否や、僕は茂みから飛び出し、人間離れした速度で山を駆け上がっていく。

 ――二千年前は一時間以上かかった山道も、今の僕ならば・・・・・・ほんの数分もかからない。

 すぐに林が途切れ、廃神社の場所へと飛び出た。

 未だに濃い呪波が漂う中、奴はいた。

「なっ……!?」

 長い黒髪を持ち、上等な着物を纏った美女であり、この神社の祟り神。

 奴は、突然現れたこちらをいぶかしげに見遣った後、僕の顔を確認すると驚愕した。

「おまえっ……!! たしかに今……!! どうやって……!?」

 狼狽する祟り神。

 その前に仁王立ちすると、僕は声高らかに叫んだ。

「宣言通り、殺しに来たぜ、祟り神!!」

 だが、あちらさんも腐っても神である。すぐに気を取り直し、戦闘態勢に入る。

「何をどうやったのかは知らんが、所詮人間ごときに妾が殺せるわけはない!!」

 祟り神は、にやりと口元をゆがめる。

 それを聞き、僕は胸の奥底から沸き起こる優越感や嘲笑を顔に出さないように我慢しようとするが、それでも我慢できずに崩れてしまう口元を手で隠すと、静かな声で言った。

「――いいことを教えてやろう」

 だが、祟り神はその言葉が終わるのを待たず、両手を巨大な獣の物に変えるとこちらに跳躍した。その速度は、普通の人間の目には移らないであろう程に高速で、次の瞬間、祟り神は僕の目の前に肉薄していた。

「死ね!!」

 だが、祟り神の振り下ろした獣爪が、僕の肉を裂くことはなかった。

「……なっ!?」

 祟り神の顔が驚愕に染まる。僕は、両手でそれぞれ祟り神の腕をつかんでいた。

「――いいことを教えてやろう」

 僕は、目の前の祟り神の顔へ自分の顔を近づける。

「――今の僕は、あんたより強い」

 けなされたとでも思ったのか。その瞬間、祟り神の顔が憤怒に彩られるが、僕は片足で彼女を蹴飛ばし、彼女は尋常ならざる速度で神社へと飛ばされた。

 多くの土煙を上げながら、神社が倒壊する。

「貴様ああああああああああっ!!」

 突如神社の瓦礫が吹っ飛び、獣の如き姿となった祟り神がこちらに駆ける。常人なら恐怖のあまり腰を抜かす景色だ。

「死ねええええええ!!」

 脳天に向かって振り下ろされる巨大な爪。

 僕はそれらを冷静に眺めながら、懐に入れていた札を出す。

「死ぬのはおまえだ」

 祟り神は僕の取り出した札を見て、驚愕した。

「それは、まさか……!?」

 にやり、と。僕は優越感と嘲笑の入り混じった笑みを隠そうともせずに、深く、深く浮かべた。

「やっと、この時がきた。――安倍流陰陽術・秘儀!! 《神祓い》!!」

 瞬間、辺りにまばゆい光が満ちる。

「ば、ばかなあああああああああ!?」

 光の中、祟り神の絶叫が響く。そして光が収まった時には、そこに祟り神の姿はなかった。

「……ふう」

 僕はぼろぼろになった札を放り捨てると、その場へへたり込んだ。

「成功した……」

 つい、自信のなさそうなことをもらしてしまう。もちろん、この儀式のために随分時間をかけてこの山に細工を施したのだから、成功してもらわなければ困るのだが。

「……さて……」

 僕は立ち上がると、叢に散在する石畳跡をたどって歩いて行った。

 やがて、開けた場所に出る。前方に、赤沼町の全景が見えた。

「……帰ってきた」

 そこは、僕の故郷。

 そこは、僕の時代。

「帰ってきたぞーーー!!」

 僕は、声高らかにそう叫んだ。

 「どこにでも居そうな顔をした、冴えない普通の男子高校生」であった少年・小杉田健が、「肉体は半不老不死、身体能力はほぼ人外、膨大強力な神通力はそこらの神にも引けを取らない」という、とんでもない存在に育ち上がり、2600年ぶりに故郷へと戻ってきた瞬間であった。


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