夫婦の日常 #9 〜 ナナフシ 〜
「ねぇ、陽ちゃん。
あれ……何?」
自宅の機械駐車場から車を出した夫に、急いで声をかけた。
「え、何が?」
「それ、木の枝がコンクリートの壁に引っかかってる?」
「えぇ?木の枝引っかかるタイプの壁じゃないよ。」
夫が近づいて行こうと、少し歩き出した時、
「おぉっ、びっくりしたぁ。」
「わぁーっ。」
枝の先が、動いた!
「これ、虫なんだ。」
「何虫?」
——その日、自宅に帰った後、やっぱり気になって調べてみた。
” 木の枝 虫 ”と、検索してみたら……出てきた。
『 ナナフシ 』という名前の虫だったらしい。
昼間は、木の枝に擬態して隠れるんだ。
なかなか見つからない……。
” 幸運の象徴 ”
すごい!
やったぁ〜!
「陽介、私たち幸運かもしれない。」
「何が?」
「今日見つけた虫ね、幸運の象徴だったんだって。
なんかもう……幸運じゃない?」
「それ、急すぎない?
幸運の象徴を見た段階だよね。
じゃあ、恵の幸運て何?」
「んん……陽介は今週、美容室予約してたよね?」
「してるね。」
「その帰りに、私に秘密でこっそりケーキ買ってきてくれるとか?」
「……あとは?」
「例えばさぁ、よくこの辺てウグイスの声が聞こえるけど、見たことないよね。
土曜日の朝に、ウグイスの声がやけに近いなぁって、カーテン開けて外を見たら、
実はベランダの手すりにウグイスがとまってた。
とか、もう……幸運の前触れみたいじゃない?」
「……いや、まぁケーキが食べたいのはわかった。
2つ目は、また前触れね。」
そんな会話をした1ヶ月後のこと。
——
「陽介、今日ちょっと買い物行ってくる。」
「今日は、午前中少し仕事するから待ってるよ。」
「わかった。じゃあ行ってくるね。」
「はいよ。」
私は、一人で買い物を満喫しようと自宅を出た。
機械駐車場から車を出して、駐車場の装置を戻したあと、
運転席に向かおうと体の向きを変えた時だった。
ああーっ!!
そこには、ナナフシがいる!
えっ?
擬態できてないし。
だって……うちの車白いじゃん。
驚いたので、夫に電話してみたけれど……出ない。
少しの間見つめてみたけれど、動く気配は……ない。
んん……仕方ない。
一緒に行きますか。
私は運転席に乗り込んで、公園の横の道をゆっくり通って、
買い物に向かった。
そして、自宅に戻ったあと、さっそく夫に報告した。
「ねぇ、聞いて。
私ね、また見たよ。」
「何を?」
「ナナフシ。」
「へぇ。結構いるんだね。」
「違うよ。
もうこれはさ、1回見たことで幸運になって、もう一回来ちゃったんだよ。」
「……最初見た時と変わってないなぁ。
幸運の気配しか漂ってない。」
「だからぁ、もう幸運の象徴を見るのが幸運で……」
「待った。
恵幸福論に入る前に、どこで見たの?」
「それがね、今日車出した後に、運転席に行こうとしたら、
助手席のドアに張り付いてた。
ホントにドアノブのすぐ上の辺り。
なんかぁ、乗り込もうとしてるみたいに。」
「……ちょっとそれ、コワくない?」
「え?なんかさ、
” 僕も一緒に行くよ ”
って言ってるみたいで、ロマンチックじゃない?
幸運の象徴がついて行こうとしてるんだよ?」
「それで、恵はどうしたの?」
「どうって……どうもしないよ。
車に乗って、出発したよ。」
「え?
それは、ナナフシ貼り付けたまま?」
「うん。
だって、どうしようもないよ。
陽介は電話に出なかったし、
虫だから触れないし。」
「……それナナフシ振り落とされてるよね。
ナナフシから見たら、恵コワいよ。」
「それはないと思う……。
振り落とされてはないよ。
羽もないから飛ばされそうな要素ないんだよ。
信号待ちで降りてった感じ。
そもそも、幸運の象徴なんだし。」
「幸運の象徴、万能だな。
そんなタクシー代わりみたいな使い方しないでしょ。」
「そっか、タクシー代わりね。」
そういうことだったんだ。
「あ……高速は使った?」
「うん。」
「……。」
私が返事をすると、夫が黙ってパソコンに向かった。
「ナナフシ調べてるの?」
「……。
ナナフシは羽があるのもいるみたいだよ。
種類も結構いる。
見つかるのはほとんどメスみたいだから、
” 僕も一緒に行くよ ”とは言わないかもね。」
「……種類がいるのは、私も見たけど。
木の枝にしか見えないナナフシだったよ。
なんか、結構長い木の枝だったけど。」
「触覚はどうだった?」
「触覚……。」
「そうだ、写真は?撮らなかったの?」
「んん……陽介が電話に出なかった時、ちょっとは考えたけど、
びっくりさせちゃうかと思って。」
「……びっくりはしたと思うよ。」
そんな会話が深夜まで続いた。
これも、ナナフシが運んできてくれた……時間?
次に運んできてくれる幸運は、どんな幸運だろう。
——
「陽介、もう眠いよ。」
「恵、おいで。
今から、駐車場に行こう。」
「え……。
もう夜中だよ。」
「大丈夫だよ。
ナナフシは夜行性みたいだから。」
「……。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




