五話
5話 変更
放課後、私たちはいつもの校舎裏のベンチに並んで座っていた。冬の陽射しが斜めに差し込み、リコンフィグの金色の長い髪を優しく照らしている。
彼女は私の手を両手で包み込み、時折指を絡めて離さない。少し離れた場所では、部活動の生徒たちの声が遠く聞こえてくるだけ。
静かな、二人だけの時間だ。私は、灰紫色の瞳で彼女の横顔を静かに見つめ、それから穏やかな声で尋ねた。
「リコンフィグ。今、幸せ?」
リコンフィグは少し驚いたように私を見上げ、それからゆっくりと微笑んだ。ブルーの瞳が柔らかく細まる。
「ああ……すごく幸せだとも。インフェクションとこうやって一緒にいられるだけで、心が満たされる」
彼女は私の手に自分の頬を寄せ、温もりを確かめるようにすり寄せた。私は続けた。
「どんな風に思う? その幸せって」
リコンフィグは少し考えて、言葉を選ぶように静かに答えた。
「まるで……長い間張りつめていた糸が、ふっと緩んだみたいな感じだ。ずっと頑張ってきて、誰にも見せられない自分を隠してきて……でも、インフェクションの前ではそれが要らないって思える。それが、すごく温かくて、優しくて……幸せだ」
彼女の声は、普段の完璧な優等生のトーンとは少し違って、どこか素直で、子どもっぽい響きがあった。私は、さらに尋ねた。
「じゃあ、今、世界の景色はどういう色に見える?」
リコンフィグは空を見上げて、ゆっくりと息を吐いた。
「金色……かな。夕陽みたいな、柔らかくて明るい金色。全部が優しく包まれているみたいで……眩しいけど、痛くない光」
彼女は私の肩に頭を預け、くすりと笑った。
「良い表現じゃん。そういう感性があるリコンフィグ好きだよ」
私は首を振って、静かに続けた。
「最後に一つ。こうやって私と一緒にいて、どんな感情になる? 落ち着く? 安心する? それとも……少し不安になったりする?」
リコンフィグは少し黙って、私の手を強く握った。
「……全部、だろうか」
彼女は恥ずかしそうに目を伏せ、それから小声で続けた。
「落ち着くし、安心する。インフェクションがそばにいてくれるだけで、心が静かになる。でも、同時に……少し不安にもなる。こんなに幸せでいいのかなって。いつかこれがなくなったらどうしようって、怖くなることもある」
ブルーの瞳が、わずかに揺れた。
「だって、私は完璧でなければ愛されないって、ずっと信じてきたから……。でも、インフェクションは私の弱いところも見てくれて、それでもそばにいてくれる。それが嬉しくて、信じられなくて……」
彼女は私の手を自分の胸に当てて、静かに言った。
「ドキドキしてるだろう? 幸せと、不安が一緒に共存している」
私は、彼女の手の温もりを感じながら、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。教えてくれて」
リコンフィグは少し照れて、私の肩にもたれかかった。風が優しく吹き、二人の髪を軽く揺らした。
私は、心の中で静かに観察する。彼女の幸せは、本物だ。でも、その中に不安が混じっているのも、本物だ。
完璧を保つための緊張が、長すぎた反動。だからこそ、今、こんなにも素直に感情を言葉にできる。
私は、それを否定しない。ただ、受け止める。私は、彼女の頭をそっと撫でた。
私は、校舎裏のベンチで、リコンフィグの横顔を静かに見つめていた。夕陽が彼女の金色の長い髪を輝かせ、陶器のような白い肌を優しく染めている。
ブルーの瞳は穏やかに細められ、私の手を握る指は温かく、確かだ。彼女は今、幸せそうに微笑んでいる。
社会的地位はあるだろう。
王族のお嬢様として、生まれながらに高い位置を与えられている。
容姿に恵まれているだろう。誰もが振り返る完璧な美貌。モデルのような顔立ちとスタイル。学校中が「王女」と憧れる華。金銭にも苦労はしていないだろう。
欲しいものは何でも手に入り、贅沢な環境で育ってきた。
それなのに。
私は、静かに怜憫の念を抱く。
人には、恵まれなかった。
愛に飢えた、伽藍堂の人形。
それが、私がリコンフィグに抱く印象だ。
彼女の周りには、いつも人がいる。崇拝する者、憧れる者、期待する者、利用しようとする者。でも、本当に彼女を愛してくれる人は、いなかった。
親は、完璧な跡取りとして期待を押しつけた。少なくともリコンフィグはそう受け取っている。ならばそれは事実なのだ。
周囲は、遠い王女として眺めるだけ。
誰も、彼女の弱さに触れようとしなかった。
誰も、仮面の下の本音を、受け止めようとしなかった。だから、彼女は称賛だけを糧に生きてきた。愛されている実感を、拍手と視線でしか得られなかった。
触れられない。
近づけない。
本当の自分を見せられない。美しい人形は、伽藍堂の中央に飾られ、誰もが拝むけれど、誰も抱きしめない。彼女は、孤独の中で、完璧を磨き続けた。
その反動が、今、私に向けられている。抱きつき、頬を寄せ、手を離さない。嬉しそうに、子どものように喜ぶ。それは、長年抑え込まれていた、ただ「愛されたい」という、純粋で幼い欲求だ。
私は、それを怜憫する。恵まれているはずなのに、こんなにも飢えている。美しいはずなのに、こんなにも脆い。
私は、彼女の手をそっと握り返した。
「リコンフィグ」
彼女は顔を上げ、幸せそうに私を見た。
「なに?」
私は、穏やかに微笑んだ。
「なんでもない」
今は、これでいい。
私は、彼女の孤独を、否定しない。ただ、受け止める。愛に飢えた人形が、少しずつ、温もりを感じられるように。
私は、静かに、彼女の肩に自分の頭を軽く預けた。金色の髪と桃色の髪が、夕陽の中で重なる。
風が優しく吹き抜けていく。私は、心の中で呟く。
――怜憫はする。でも、見下すわけではない。彼女の苦しみは、確かに深い。
私は、それをデータとして昇華し、最適な空間を提供する。
それが、私のやり方だ。灰紫色の瞳で、遠くの空を見つめた。




