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一話:復活劇


 私の名前はインフェクション。

 上級貴族でありながら根暗の引きこもりだ。

 私は人と関わるのが苦手だ。

 一対一でもそうだし、少数のグループでも大勢の輪の中にいるのも苦痛だ。

 一人でいるのは安らぎだった。 誰とも言葉を交わさず、内側を語らず、最終的には物理的に接触しないように家の中に閉じこもった。


 そうなったきっかけは、所属していた派閥のリーダーからのお茶会の参加を断ったからだ。

 私は仲間外れにされ、嘲笑の対象となった。もともと自分に厳しく自己研鑽をするタイプでは無かったから、外からの圧力に耐えきれず、社会との関わりを絶った。


 しかし、窓の外で楽しそうにパーティをしている同世代を見て、憧れた。

 自分もああいう風に、好きな人や友達と楽しく過ごしたい。

 家に引きこもり、自分だけの世界で温い生活は大好きだけど、強欲に。

 他の人との繋がりを願った。

 顔も知らない誰かと繋がりたかった。人と一緒に遊びたかった。ちょうどそのときにやっていた演劇の台詞が自分を動かす原動力となった。


『たった一つの要素で人間はガラリと変わらない。ぱっとしない人間に限って、これさえあれば、これさえなければ、と理由を一極集中した単純な方程式に依存する。時代も人種も問わない社会的弱者のテンプレだよ』


 ああ、そうだろう。


『だから極論、あればあるほど良いことになる。考え方もそうだけど、何か一つに絞るのは危険なことなんだ。頭が良くて、顔も端正で、肉体は鍛え上げられている。適度に苛つくライバルがいて、背中を託せる友人もいる。そりゃあ成功するんだよ。だって勝利すべき要因を持っているんだから。総合力勝負が多い中で、高水準で汎用性の高い能力があれば有利なのは当たり前の話だろう?』


 割れる。心が割れる。


『生きるのは基本的に苦しいのさ』


…………。


『例え望まない修練でもあっても、血の滲むような努力と苦しさを経て手に入れた力があれば、綺羅びやかな栄光に見切りをつけて、一目散に下山することができる。つまり、能力などがあればあるほど、自分の人生の選択肢を自分で選べるのさ』


心臓が強く唸る。


『それで、君は一体どうなんだい?』


ただの演劇の台詞。しかし、自然と心は固まっていく。


『そう。君は何も持っていない。本当に何一つ、自分自身で築き上げた確たる強みが無い』


 苦しい。苦しい。苦しい。

 その言葉はどこまでも自分を切り裂き、バラバラにしていく。


『特化型と聞けば聞けば良いけど、それ以外は弱いことを意味する。必要な時は重宝されるだろうけど、要らなくなったら切り捨てる選択肢に入ってくる』


 光を見た。

 それは私の眼球を焼き尽くして、脳髄を溶解させていく。


『戦いしかできない人間が、平和な世界に必要ないように』


 憧れた。

 友達と一緒に遊ぶことに憧れた。

 恋人とスキンシップすることに憧れた。

 私は憧れたんだ。楽しそうだって。自分もやりたいって。みんなの仲間に入りたいって思ったんだ。

 理由はそれで十分だった。


『今ない夢を抱いて進めれば良い。それだけはどんな者にもできるのだから。あとは努力の強度だけの話で、折れず、曲がらず、挫けず、願った光に向けて進めば良い』


 光を目指して飛翔する。

 例え比翼連理になれなくても、凡人は凡人の手段で夢に手を伸ばすのだ。


 まずは勉強から始めた。

 世間一般な常識を頭に入れて、見た目を揃える。流行は追わず、無難となされる見た目にした。

 自分は今、マイナスだ。そこから無理してお洒落して百点を目指すより、ゼロへ至ることが大事だと考えたからだ。


 外見を揃えたならば、今度はコミュニケーションだった。

 不幸中の幸いといえばよいのか、上級貴族である立場だから私が社会復帰を目指すと宣言すれば、国の支援を受けることができた。


 未成年であることもあり、手厚い援助だった。それには頑張って働いた人たちの血税が使われているので、無駄にしないために、私はちゃんと更生を目指した。


 コミュニケーションの技術の会得は、座学、体験、反省会、座学、体験、反省会を繰り返すものだった。

 これ以外にも、自由時間などは年齢性別こそ違うものの様々な理由で社会復帰を目指す人達とごちゃ混ぜにされて、擬似的な社会を形成された空間に放り込まれた。


 ストレスはあったが、実際の社会でも同じことが起こる以上、そのストレスとの付き合い方を学ぶのも勉強の一環だった。


 結論として、相手の話を最後まで聞く、頷く、質問、リアクションがコミュニケーションスキルの大部分だった。


 細やかなテクニックこそあるものの、世の中でみんながやっていることを、スキルとして意識的にやるという時点で、世間一般の人間とは一線を画す……らしい。


 こうして、王国の支援下でみっちりと社会生活を行う訓練を受けて、高校入学を果たすのだった。


「おはようございます!」


 手を振って、笑顔で挨拶する。それに返してくれる人もいるし、逆に戸惑う人もいる。少ないけれど無視する人もいる。だけどそれは別にどうでもよかった。


 何故ならば、人には人の都合があるからだ。無視した相手は、過去の自分のように戸惑ってしまった結果かもしれないし、笑顔で返してくれた人も内心では苛立っているのかもしれない。


 他人の心はわからない。疑い、裏を読むことを必要な人もいるが、しかしそれは、私が考える範囲の出来事ではない。


「うわ、すご」


 私は思わず、見惚れた。

 金髪碧眼の美少女。その人が、偶然、私のことを見た。

 一瞬だけ不安に思い、目を逸らしたくなるが、逆に覚悟を決めて光へ前進する。


「おはようございます! 貴方もこのクラスなんですか? 私はこのクラスなんです! もしよければ仲良くしてください」


 それが王族の『リコンフィグ』との出会いだった。


 私は凡人だ。だからこそあらゆる手を尽くして、一生懸命努力して自分を磨いている。

 友人との会話だって、相手の会話を受け取り、その意図を処理して、最適な言葉を見つけて発信する繰り返しだ。

 その上で、リアクションや声質、目線などのコントロールをマニュアルでやる。


 一言、疲れる。

 疲れるから、その休息として屋上で休むことを日課にしていた。

 一人でいる時間は好きだ。同時にみんなでワイワイする時間も好きだ。それはきっと切っても切れない関係であり、自分のメンタルやフィジカルに合わせて、バランス調整するものなのだろう。


「みんな、凄いな」


 これだけ大変なことを当たり前にできてしまう。 疲れていたためか、少しだけ劣等感が刺激されてしまったようだ。


 『なんとなく』『ノリで』『雰囲気で』


 これらを理解できない私は、全て理詰めのマニュアルで人生をコントロールするしかない。

 当たり前に疲れる。しかし、逆に言えばそれができるのならば私は、他の人間とは違う優越性を保てるのだ。


 それこそ、王国家資格を持つプロフェッショナルから指導を受けて同じ境遇の人と研鑽したコミュニケーション能力。そしてそれは、人の性質から、社会が現存する限り決して腐らない能力だ。


「明るく、楽しそうに、ポジティブに。そして嫌だと感じたら言い方に気をつけて一言添えたあと席を立つ。大事なのは事実ではなく感情。テンプレを基本として自分や周りの人間に通用に随時カスタマイズしながら言葉を選び、発信する……必要能力値高いなぁ、ほんと」


無理ゲーだ、と呟きながら空を見る。


「インフェクション……」

「え?」


 いつの間にか屋上の出入り口いたリコンフィグ。その彼女は私を見るなり金髪の髪を広げながら、短距離走のスペシャリストのような綺麗なフォームで走ってくる。


 綺麗な顔は必死の形相になっても美しい。そしてそのままダイブ。抱きついたまま校舎の外へ身を投げる羽目になる。


「馬鹿!? なに!? なんなの!?」

「命を投げ捨ててはいけない!」

「アンタのせいで死にそうなんですけど!?」

「大丈夫、私は運が良いんだ!!」

「一番役に立たないステータス!」


 リコンフィグが主張する『運が良い』という言い分は正しく木に引っかかって助かった。


「ね? 大丈夫だっただろう?」

「声震えてますけど。というかなんで私にタックルを?」

「いや、様子のおかしいインフェクションが屋上から飛び降りしそうにしてたから」

「普通に休んでただけです。そこにリコンフィグがタックルしてきてバランスを崩してこうなってるんですけど」


 リコンフィグは端正な顔を崩して、露骨に落ち込む。


「つまり私の早とちりか」

「そうなりますかねぇ」


 でも、と私は続ける。


「私は嬉しかったですよ。真剣に私を心配してくれて。私はキャパが少ないので、人と喋るとパンクしちゃいますし」


 それにリコンフィグは意外そうに驚く。


「いつも元気で楽しそうな君が? 視野が広くて、みんなのフォローしてくれて、色々な派閥と関わりを持ちつつ、意外な人脈もある、君がキャパが少ない? 本当に?」

「私はノリや流れを理解するのが不得意だからさ。言葉を受信し、意味を処理し、人が受け取りやすいように送信する。それをマニュアル操作でやっているから疲れるし、神経使うんだ。だから、息継ぎのために屋上へ来てたんだ」

「そうか……てっきり君は私たちとの会話を楽しんでくれていると思っていたが、そんなに気を遣わせていたのだな。そこまで追い詰めていたとは」

「違う」


 そういう話では無いのだ。

 話すのは疲れるし、神経使うし、頭をフル回転させている。だけどそれが嫌な苦労だとは誰も言っていない。それだけは伝えないと、関係に亀裂が走ってしまう。


 コミュニケーション不足で仲が悪くなるなんて二度としてやらない。

 今の私は、王国からのコミュニケーションの訓練を受けて、人との誤解を乗り越えることができる人間なんだ!


「私は、みんなと話すことが大好き。疲れるし、神経使うけど、それでも話したいと思う。だけど休憩が必要なんだ。でないと、コミュニケーションを誤って傷つけてしまうから」


 雑なコミュニケーションや、勇気なきコミュニケーションがどんな結果になるか知っている。だからこそ、自分の弱さを見せて、真摯に助けを求めなければいけない。


「私はキャパシティがない。だから、常にみんなと一緒いると人を傷つけてしまう言葉を使ってしまう。だから、休みが必要なの。みんなといたいからこそ、みんなから離れて充電する必要があるの。私の言っている言葉の意味、伝わる?」


 リコンフィグは、その言葉を聞いて、私の肩に手を置いた。


「君は、本当に真面目な人間なのだな」


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