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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

8番出口リスペクト小説「8に呪った行進曲」

作者: 初空 林檎
掲載日:2025/11/17

8番出口の映画が公開されたということで

気が気じゃなかった。

何かから逃げるように、俺は都会の街中を走っていた。

この辺りは都会の割には閑散としている。

まだ俺の地元の田舎の方が温かみがあるように感じた。

ドーナツ化現象、というやつだろうか。

まぁ、なんだかんだその方がありがたいが。


とりあえず、どこかへ入ろう。

そしてこの街から出ていこう。

そう思ったところに、ちょうど良いタイミングで駅が見えた。

地下鉄のようだ。

それは別にこの際何だっていい。

俺は吸い込まれるように、そこへと駆け込んだ。


      --------------------- 




0.

たまたま電車が来ていたので、何も考えずすっと乗り込んだ。


時間は零時の少し前。

右手首につけた腕時計がそう示していた。

懐かしい。

この腕時計は父親に貰ったものだった。

父さん、俺、父さんに良い顔できるように頑張ってるから。

絶対、見てろよ。


そんな事を想い耽っていたら、電車が出発した。

零時丁度発だったようだ。

都会の終電はやっぱり遅いな。

助かるぜ。


でも各駅停車らしい。

特急が良かったが、周りに乗客は一人もいないし、まぁいいか。

しょうがない。

暑くなってきたので、被っていたニット帽を脱ぎ、鞄に雑に入れる。


なんだろう、安心したのか、眠たくなってきた。

少し寝ようかな。

そう思い至ってから眠りにつくまでに、そう時間はかからなかった。




1.

あぁ……。

よく寝たなぁ。

でも何だか、まだ体が夢の中にいるようにフワフワしている感じがする。

不思議な感覚だ。


外には、色とりどりの花が咲き誇る広大な草原が広がっていた。

鮮やかで、棚引く薄い霧靄に吸い込まれそうになるくらい素敵な景色だった。

遠くで鹿が走っていくのも見えた。


そして、強い一筋の陽光が差してきた。

白鳥が十字架のように、奇麗に、翔んで往く。


ゆっくりと、ゆっくりと、走っていく電車。

今はまだ、夜だったはずだ。

腕時計を見る。

ほら見ろ、まだ深夜一時だ。

おかしな事も、あるもんだなぁ。


寝ぼけていた。

よっぽどさっきまでが、深い眠りだったのだ。

同じくらい深く考えることは、今はしたくなかったのかもしれない。

本当に、まだ夢を見ているかのようだった。




2.

時計は二時。

あれ、また寝ていたのか。

もう一時間も経っているなんて。

まぁ、当たり前か。

各駅停車だからだ、きっと。


景色は一転。

また夜に、現実に戻ってしまったかのように真っ暗になっていた。

星も見えない闇黒。

穴にでも落っこちたかのような光の無さ。

まるで石炭の入った袋みたいだった。


どこまで行くのだろう。

どこかしらで降りよう。


そう思って少ししたときだった。

電車の乗降ドアが開いたのだ。


ちょうどいい。

大丈夫だろう。

降りよう。

あの草原に棚引いていたのと同じような薄い霧靄が視界に纏わりつく。

それを振り払い、周りを見る。


が、何もない。

誰もいない。

そもそも、暗すぎてよく見えない。


電車は発車して行ってしまった。


なんとか見つけた駅名標の名前を確かめる。


「……は?」


変な声が出た。


如月きさらぎ駅』、そう書いてあったのだ。


見たことがある。

この駅は存在しない駅だ。

駄目だ。

あの電車には乗っちゃいけなかったんだ。

逃げないと。

俺はまた、逃げるように走り出した。


駅のホームから飛び降りる。

線路の上を方向も分からないまま、無我夢中で走り続ける。

目の前にトンネルが見えてきた。

トンネルには入りたくない。

線路を逸れて横の道を改めて走り続ける。

交差点だったのかは分からないが、視界の左横が強い光に激しく照らされた。


車だ。

ハイビームを焚いている。

そうだ、乗せてもらおう。

どこか近くの栄えてる街へ、連れて行ってもらおう。


「助けてくれ!!」

そう両手を掲げて叫んだ。

だが、車は止まらない。

これじゃ、まるで俺が車にぶつかりやすいよう元気に待ち構えているみたいじゃないか。


あぁ、駄目だ。

怪異の所為ででもなんでもなく、単純な交通事故で俺は死ぬんだな。

馬鹿馬鹿しいぜ。


運転手の顔は見えなかった。

というか、無かったようにも見えた。


俺は車に轢かれた。






………ん?

あれ、最初の駅に戻ってる?

生きてる!?


あ、そうだ!

この電車から降りないと!


プシュー


この世界は残酷だ。

俺の思考を見透かしたかのように素晴らしいタイミングでドアが閉まって降りれなかった。

最悪だ。


深夜零時、電車はまた出発した。


この駅の駅名標を今、初めて確認した。

零音れいおん駅、と言うらしかった。




8番出口二次創作小説『8に呪った行進曲トレイン・マーチ





1.

内装は至って普通の電車だ。

でも、何だか変な気がするんだよな。

俺は、あらかじめ鞄に入れておいた2個入りのドーナツを取り出した。

腹減ったし、誰も居ないし、食っちまお。

一つ袋から出して頬張った。

美味い。


……ん。

見られている。

クソ。こっち見んなよ。

視線を感じた方に顔を向けると、知らないジジイがこちらにスマホを向けていた。

まずい。

撮られているであろうビデオをSNSに拡散でもされたら、色々迷惑だ。

意地でも辞めさせないと。


「あの、すんません。カメラ向けんの、辞めてもらえません?」


スマホは降ろされない。

喋りもしない。

なんだ、このジジイ。


「あの、聞いてますかねぇ。スマホ、向けないでもらって良いっすか?」


思わず席から立ち上がってしまった。

んだ、口付いてねぇのか、この野郎。

てか、一番最初乗り込んだときは居なかったよな、コイツ。

そっちへと向かい、ジジイの目の前に立つ。

俯いていて、顔は見えない。


「なぁ、聞いてる?聞こえてる?理解できてんのなら口きいてほしいんだけど。………おい、てめぇクソジジイ!!聞いてんのかぁ!!」


勢いに任せて胸ぐらを掴んだ。

スマホを持っていた手は力無くぶら下がり、下を向いていた顔がこちらを向いた。


が、そのジジイには顔が無かった。

というか、穴が空いていた。

まるで、さっき俺が食っていたドーナツみたいに。

気味が悪くなって、ジジイの襟から手を離す。

生きていないかのように、ふにゃふにゃとジジイは席に倒れる。


……おかしい。

やっぱりこの電車、何かがおかしい。気持ち悪い。


席の横の乗降ドアに目を向ける。

そこには、何号車なのか分かるシールが貼ってあった。


「8、号車……。」


田舎じゃそうそう見ない数字だ。

これが、都会の洗礼というやつだろうか。


この電車には、『異変』が起きている。




――ドは、ドーナツのド。


一時、壱堂いちどう駅までの区間での出来事。




2.

時計の時刻は二時。

丑三つ時だ。


俺はまた、自分がもと居た席に戻っていた。

不気味だ。

もう、なんというか、気疲れが半端ない。

あと一つのドーナツは……、まぁまたそのうち食おう。


手の爪が気になる。

しっかり手は洗ったのに、錆みたいな汚れが爪に挟まって落ちきっていない。

でも、無理にかっぽじってもなぁ……。


………何だか馬鹿馬鹿しいな。


いきなりそう思って、顔を上げる。

そろそろ次の駅らしい。


弐楡ににれ、駅……。」


ふと横を向く。

隣の車両へ繋がる貫通扉がそこにはあった。


でも、その手前に、見過ごせない、驚くべき『異変』があった。


少女ガキが立っていた。


恐らくこっちを見ている。

そして、片頬を綻ばせ、すこしにやついているように見えた。

そして、その不気味な笑いを口の端に残したまま、少女は喋りだした。

多分、こちらに向かって。


「えぇ、貴方よ。お兄さん。」


「――んだよ、お前。」


きっ、つくづく気持ちが悪い。


「あたしは……そうね、名前は特にない。まあ、クライスレリアーナとでも呼んでちょうだい。」

「なげぇ名前。」

「そう?」


何となく、立ち上がってみる。


「もっと近くに来れば良いじゃない。」

「面倒くさい。」

「頭固いわね。」

「そう生まれてこれて幸せだよ。」



「………貴方、いい性格してるわね?」

「そりゃどうも。」

「あら、褒めてないわよ。」

「だろうな。」

「どうせ、どのみちそうなるでしょうから、仕方なかったのかもしれないけど、」


ガキは続ける。


「こんな姿、貴方のお父さんが見たらどう思うでしょうね?」


「てめっ……!!!」


なんで知ってんだ、このガキ。


でも今は、そんなことよりも、大好きだった父さんをそんな風に話題に出されたことに憤りを感じていた。


「どういう風にして今貴方がそうなっているかなんて毛頭 知らないけれど、そんなんじゃぁ、貴方が恨んでる誰かさんとやってる事は全く一緒よ。本当、甘いわ。清々しいほどよ。」


「うるせぇ……!、」


「貴方は、人として『欠陥品』。まるで、脱線事故を起こした点検不備の電車みたいにね。そうそう、『欠陥品』って、英語でレモン(Lemon)って言うじゃない。貴方のその爽やかなほどの考えの甘さも、何だかレモンみたいね。もうちょっと、酸っぱさとほろ苦さがあれば完璧だったかしら。」


「さっきからゴチャゴチャ抜かしやがって……、何がしてぇんだよ、てめぇは!!!」


「ん~、そうね。……じゃあ、あたしと一緒に”あそび”ましょ、お兄さん??」


ふっ、所詮思考はガキだな。

そう思った瞬間のことだった。


「”あそぶ”って、なにしt




一瞬だった。


左胸辺りが冷たい夜の空気に晒されて、体が軽くなったような気がした。


そのガキに、心臓を刺された。


ぶしゃっ、と噴き出る己の鮮血の色は、唐紅だった。


「……は、なんで………??」


「お兄さん、馬鹿ね。お兄さん位の人間なら、初動にもすっと察せると思ったんだけど。全〜然弱いんじゃん。」


「………く、……あ、とで、ぜっ……た……いっ、………」


自分の血の匂いを、感覚を、味を、ここまでの量で、近さで、浴びたことはないな。


血ってのは、面白い味をしてるな。


ほろ苦くて、それでいて口内がキュッとなるような、酸っぱさのようなものもあって。

新感覚だ。

こんな味のグミか何かあってもいい。

すげぇ、気持ちいい。

興奮してきたわ。

へへっ。


視界がチカチカしてきた。

その場に倒れ込む。

あぁ、このまま死ぬのかなぁ。俺。


「ふふっ、素敵でしょう?良い感じの出来……。」


俺に向かって言っているのか。

はたまた、他の誰かなのか。

でも、あのジジイ以外人の気配なんて無かったよな。


…………怖い。このまま死ねるな。


あっけなかったな。




―― レは、レモンのレ。



lemon(名)

1.《植物》レモン

2.〈俗〉すぐ故障する機器、欠陥品、不良品、役立たずのもの

3.〈俗〉非常に露骨な性描写を含む二次創作

4.〈俗〉偽の[純度の低い・混ぜ物の入った]麻薬



弐楡駅はもう疾っくの疾うに通過したみたいだった。




3.

話し声が聞こえた。


……………あれ、死んでない。


普通に目が覚めた。

傷も、血も、何もない。


「………ははっ。タチの悪い”あそび”だぜ、ったくよ。」


時刻は三時。

視線を腕から前に向ける。


「え?」


じ、乗客が、沢山……??


は、何で、さっきまでジジイくらいしか居なかったのに。

満員ってほどではないが、平日の昼に都会に出る電車くらいには人が多い。

俺がさっき座っていたであろう席には、俺の鞄がまだ置いてあった。


電車に合わせて陽炎のように揺らめく乗客たちは、決して顔をこっちにも、違う方にも向けず、ずっと一点を見ていた。

話し声がする割には口も………。


「…………!?!?」


大勢の乗客の一番の奥。

向こう側の貫通扉の前に、親子の姿があった。


「………父さん、??」


俺にはその親子が、父さんと昔の俺に見えて仕方がなかった。

幸せそうで、楽しそうで……。


「こっちにおいで」


父さんの声が聞こえた気がした。


体は自然とそっちに走り出していた。


邪魔な乗客を掻き分け、掻き分け、そっちに辿り着く。

勢いそのままに、その親子に抱きつこうとした。



扉に吸い込まれた。


真っ暗闇に落ちていく。


あの親子は居なくなったらしい。

広げた腕は掴むものも無く、自分に戻ってくる。

もしかして、幻想ホログラムだったのだろうか。

親子も、乗客も。


背後から、紅い花弁が、一枚、また一枚と俺を襲うように舞ってきた。


さっきの血みたいだった。


(また、また居なくなるのかよ……父さん……。)


俺を、置いていかないでくれよ。




―― ミは、みんなのミ。


今は亡き父親と、昔の俺、今の俺。


参美さんみ駅は一体、どこで通過したんだろうか。




4.

気がつくと、また列車の中だった。

俺は、貫通扉の前に立っていた。

車両は8号車。

乗客は消えたが、俺の鞄だけは残っている。


そして、反対の貫通扉の前に、父さんが立っていた。


「父さん、なのか?」


「あぁ、そうだぞ。久しぶりだなぁ、タナ。」


「ははっ、タナなんて呼ばれたの、いつぶりだろうな。」


嘘だ。

あの父さんは、偽物だ。


だってさっきも、居なくなったじゃないか。


「……なぁ、父さん。父さんは、本物か?」


「なぁに変なこと言ってるんだ。当たり前だろう。父さんは、父さんだよ。」


「なんで!なんで、居なくなったんだよ。」


「ごめんな、お前を残して死んじまって。大変だったろう。」


「誰に殺されたんだ!!」


「分からない。」


クソ……クソ…………。


「寂しかった!」


「申し訳ない。」


「悲しかった!」


「そりゃぁな。」


「くぅっ……………!」


涙が溢れてくる。

駄目だ……、あれは偽物だ……!!

信じちゃ駄目なんだ……!!、


「ほら、タナ、」



「”こっちにおいで”」



「父さん………。」


やめろ、動くな、俺の足。

駄目だ、止まらない。

あぁ、畜生……畜生………!!!!


俺はまた、父さんに抱きつこうとした。

その瞬間だった。


父さんは、気味の悪い、白いマネキンになった。


「あぁ……。」


やっぱり、やっぱりだ。

信じちゃ駄目だったんだ。

俺の、馬鹿……!


でも……、信じちゃうよなぁ、こんなの。


足が冷たい。

どこからともなく、赤い水が流れ込んできた。


その水は溜まり始め、どんどん、どんどん、水位を増していく。

また、花弁が舞ってきた。


力を抜くと、すぐ溺れそうなくらいだった。

もう、いっそ溺れてしまおうか。


まさに、水の色は血の色だった。

かつて、父親が死んでいた場面を思い出す。


血で染まった真っ赤な浴槽に、ドロドロな頭が浸かって死んでいる、父親。

思い出したくもない、トラウマ。

あの日からだった。父親の仇を取ると決めたのは。


そうだ、ここで死んじゃいられないんだ。

父さんのために、自分のために。


俺は生きなきゃならないんだ。




―― ファは、ファイトのファ。


俺は、なんとか泳ぎきった。

扉をこじ開け、隣の車両を目指した。


時刻は四時。

肆玲しれい駅はこの赤い水の所為で見えなかった。




5.

なんとかあの水の中から抜け出し、隣の車両へとやって来た。


と、思ったが。


「………まぁた、8号車だよ。」


俺の鞄と乗降ドアのシールがそれを示している。

知らぬ間に消えていたジジイもまた、ちゃんとした姿勢で戻っていた。

さっきは、何号車だったっけ。

まあ、7だったんだろう。確か。


窓の外に目をやる。


「地上だ……!」


今までずっと地下だったのに、地上に出た。

真っ青なクルミ林の上空に、紺碧の夜空が、どこまでも広がっている。

朝五時と雖も、未だ空は暗かった。

でもそれは、とても美しかった。


そういえばこの電車が発車する前、夢の中だったか、物凄く奇麗な景色を見たよな。

全然、色も、雰囲気も、何もかも違うけど。


もう一度あそこへ辿り着きたい。

あんなユートピア、そうそう無いだろう。

でも、きっとまた出逢える。


そのために俺は、この電車を耐え抜いて、ここから脱出しなければならないんだ。


そう思ったときだった。


電車が止まった。

そして、ドアが開いた。


駅だった。


濃い霧靄が靉靆と立ち込めていて、外はほぼ見えない。

幽かに見えた駅名標には、こう書いてあった。


伍外ごそと駅』


降りようと思った。

ここで降りれば、この電車からは脱出できる。逃げられる。


でも、降りたくなかった。

いや、降りれなかった。


だって、似てたから。

俺は確かに一度死んでいる。


少し前、『如月駅』で。


あのユートピアと同じで、それも夢の中だったのかもしれない。

でも、今のこの状況は、きっと夢ではない。


だからこそだ。


嫌だ。

怖い。

死にたくない。


ここで降りてしまったら、本当にもう二度と『普段』には戻れない。

そんな気がしてしまったのだ。


そうやって悩むうちに、ドアは閉まってしまった。

また、電車は動き出した。


俺はずっと、ドアの前で立ちすくんでいた。


「これで良かったんだ……これで……。」


今更死にたくないなんて、酷いよな。本当に。俺ってやつは。


空には、いつだか翔んでいた白鳥のように星が輝いていて、射し込む月明かりもいつかのヤコブの梯子のようだった。


紺碧は、少し明るくなって、くすんだ瑠璃のような藍色になっていた。



―― ソは、青い空。


蠍を燃やした篝火もまた、血のように赤く輝いていた。




6.

やっぱり、この電車はおかしい。

いや、見える凡て、何かがおかしい。


今だって、少し前まで夜空の藍色が見えていたのに、いつの間にか、デカい巨人のような誰かの碧眼に変わっている。


そもそも、今は時計によると朝の6時だ。


何でそんな時間なのにも関わらず、見えていた空が全然明るくならなかったのかも分からない。

おかしい。


もしかして、午後なのか。

いや、確かにここに来たのは深夜だった。

いくらなんでも12時間も経っている訳が無い。


じゃあ、この腕時計が壊れてしまったのか。

さっき水に浸かった所為か。

いや、この腕時計は防水だ。

壊れる訳がない。

父さんがずっと前から使ってきて、俺がまたそれなりに使ってきていても、時間が狂ったことはなかったのだ。


ずっと置いてあった自分の鞄の横に、また改めて座りながら、そんな事を考えていた。


思えば、どれだけ車両を移った気がしても、毎回毎回必ず8号車のままだった。

移動できていなかったんだろうか。

いや、さっき水中から出てきたときは、絶対にこの手で扉を開けて、隣の車両に逃げてきたはずだ。


そんな事より、腹が減った。

そういえばドーナツがあともう一つ残っていたよな。

鞄を開き、袋を取り出し、ドーナツを頬張る。

まあまあ時間が経ったせいか、パサパサしている。

あれ、一度水に浸からなかったっけ。

……気の所為か。


巨人の目が気になりすぎて、あまり食べるのに集中できない。

じっくりベロベロ舐め回すように覗き込んでくるもんだから、不快感も一入だ。


ただ、それとは別に、前にも感じた事があったような横からの視線を感じた。


再び、ジジイがこっちにカメラを向けている。

なんだ、コイツマジで。

ドーナツオタクなのか。

キモっ。


もう面倒くさいので、手っ取り早く済ませようと、ジジイの前に立った。

そして、


「おい、ジジイ。2回目だぞ。カメラ向けんじゃねぇって何回言ったら分かんだよ、お前はよぉ!?」


そう言って、胸ぐらを前よりも強く掴んだ。


向けられたジジイの顔には、またも穴が空いていた。


そっとジジイをもとに戻す。


気持ち悪い。


おかしい。


………ん?もしかして、ループしてる?


号車といい、今の一連の流れといい、同じ事が繰り返されているかのようだ。


つまり、この電車は”終わらない”、ということなんだろうか。


…………は、ははっ、そんな、”終わらない”なんて事……、あるわけないよな。


嘘、だよな。


幻想だ。全部、凡て幻想だ。


むしろ、そうであってくれ。


その瞬間、どこからか、ラッパの音が聴こえだした。

隣の車両だろうか。


まさか………!


俺は、隣の車両へと歩き出した。




―― ラは、ラッパのラ。


どうやら、陸來ろくらい駅には止まらなかったらしい。




7.

音色が聴こえる方 - 隣の車両に入った。

9号車だった。


そこには、見覚えのある人間が座っていた。


「………お前は、」


「こんばんは。数時間ぶりですね。」


ラッパを持ったメガネの男。


直近の記憶がバーッと蘇ってくる。


「失礼な。これはラッパじゃありませんよ?トランペットです。」


「なんでお前がここに居んだよ。」


「私が居なきゃ貴方はここには居ませんよ。まあ、私自身はそもそも既に居ませんけどね。だって……、」




「―― 貴方に殺されましたから。」




そうだ、俺はコイツを殺した。

名前も職も何も知らないまま。


俺はソイツのもとへ歩き出す。

背後からは、足音が聞こえている、気がした。


「お前が居なきゃ俺はここに居ない、って……どういうことだよ。」


「そのまんまです。貴方は私を殺した。そして、奇しくも私がホラーゲームを好きで、人を呪う術をほんの少しだけ知っていた。それだけです。」


「な……、じゃあこれは、お前の呪いだってのか……!?」


「えぇ。ろくに調べもせずに実行するからこうなるんですよ。いくら貴方のお父様が誰かに殺されたからって、人の命を軽く見ちゃいけません。……あの少女が言っていたように、今のこのザマを、お父様が見たら、どう思うでしょうねぇ?そうでしょう、クライスレリアーナ!」


「クライス………!?」


振り向こうとした瞬間、首元を刃が掠めた。

うっすら血が滲む。


「ちっ、外したわ……。」


「惜しかったですねぇ、まぁ、次仕留められればいいのです。では、貴方にも死んでいただきましょうかね、殺人鬼さん?」


「ひっ……、」


「やってしまいなさい!」


「イエス、サー!!」


「うぉっ!」


顔めがけて足が飛んでくる。

なんとかスレスレで避けることができた。


「くっ……」


次は、脇腹を刺されそうになる。

今度もギリギリ躱した。


「ちっ、この短時間で、なかなか俊敏になってきたじゃない!」


「おかげさまでな!」


でも、このままじゃヤバい。


そうだ、逃げよう。


俺は、技と技の隙を見て逃げ出した。


「ははっ、逃がしませんよ!!」


列車の窓ガラスが一斉に割れた。

俺はなんとか隣の車両に逃げ込んだ。




「まただ……!」


例の、沢山の乗客が現れていた。

人々を掻き分け、次の車両に逃げ込もうとする。

途中、乗客に触れた気がしたが、指が通り抜けた。

やっぱり幻想ホログラムだったか……。


もう一つ隣の車両へ行くために貫通扉を開けようとする。

だが、開かない。

よく見ると、首の無いOLが暗闇から浮き上がってきた。

微妙に呼吸音もする。

この荒い息は、扉の向こうからなのか、それとも俺のものなのか分からないほど、俺は焦っていた。


ガキが来ていないか確認するために後ろを振り向くと、乗客は全員白いマネキンになっていた。

本当に、不気味だ。


なんとかこじ開け、隣の車両へ。


紅白に点滅する車内、大げさに揺れるつり革。


後ろからは、顔に穴の開いたドーナツジジイがよろよろと追いかけてきていた。

目に悪い。

あの楽園とは正反対だ。


点滅が急に直る。


と思ったら、今度は車両が傾き始めた。


「な、な、なんだよこれぇぇ!?!?」


連結部分どうなってんだよ。

抵抗虚しく、体は斜面をずり落ちていく。

ずり落ちる途中で、床に真っ赤な血の手形がベタベタ付けられた。

あの時、風呂場にも、こんな手形があったな。

とっさに、貫通扉を掴む。


傾ききったのか、今度は逆方向に傾き出すところで、停電した。


扉を離さぬよう、死ぬ気で手に力を入れる。

そして、無理やり扉を開けて、なんとか隣に逃げ込んだ。


ふらふら立ち上がる。

もうだいぶ体力がない。

キツい。

後ろからはまだ顔無しジジイ、ついてくるし。


車窓には巨人の碧眼が見えていた。


広告が気持ち悪い。

目がイッちゃってる。


「……うわぁっ!?!?」


ギリギリで通り抜けられた。


「なんだ、今のは……。」


どうやら、巨人の手らしい。

うひょー、あんなんに潰されたら一発でご臨終だな。


でも、俺にはもうアレを何回も避けられるほどの余裕はない。


そうして俺は、巨人の手に潰された。


「ぐわぁぁぁぁぁぁ…………。」


メリメリとドアにめり込む巨人の手は、引くのは早かった。

解放された瞬間、床に倒れ込む。


そうだ……逃げないと………。


殺される…………!


なんとか扉に辿り着く。

最期の力で、扉を開けようと頑張っても、開かない。

なんなら、扉が自分でガタガタしている。

頼むから、そのまま開いてくれよ……。


すると、いきなり床に暗号が出現した。


6→

←6

6→


要するにアレだな。

こっちの扉を6回、次に向こうの扉を6回、またこっちの扉を6回叩くかなんかしたらこの扉が開くよ、ってやつだな。


「……………無理だな。」


できるわけがない。

今だってこうして、立ち上がることもできてやしないのに。


瞬きをする。


花弁が舞い落ちてくる。


瞬きをする。


赤い水が溜まり始める。


あぁ、ここで死ぬんだな。

にしても、父さんと同じ、赤い水の中で死ねるなんて、ロマンチックじゃないか。


この世界は残酷だ。

もう一度瞬きをしたら、例のガキと、ドーナツジジイと、首無しOLと、白いマネキンが目の前に現れた。


父さん、俺もそっちに行くからね。

ごめんね。

人殺しが言えることじゃないけどさ、生きたかったな。


時刻は朝七時。

でも外は真っ暗だ、多分。

赤いから、分かんねぇや。

おかしな事も、あるもんだなぁ、本当。


ゲームオーバーか。


眠たくなってきた。

そう思い至ってから眠りにつくまでに、やっぱりそこまで時間はかからなかった。




―― シは、幸せよ。


名無ななし駅に倣うように、俺の名前は現世から無くなった。





8.


………………、あれ。


…………あれ!?!?

まただ、また死んでない。生きてる。

もしかして、この世界じゃ死ねないのか?


腕時計を見る。

朝の八時だった。


「終点、奥田部おくたぶ駅です。」


終点……?


プシュー


普通にドアが開いた。

そうだ、終点なんだから、降りないと。


駅だ……。

普通の駅だ……!!


なんだ、戻れるんじゃん!

よっしゃー!

もう、死に損だったわ。

やめてくれよな、ったくよ。


ふーん、デカめの駅にしては珍しいけど、無人駅なんだな。

ホームを出て、改札を抜ける。

駅の時計の針はてっぺんを指していた。


このままこの通路を辿れば、きっとすぐ外に出れるんだろう。


道なりに角を曲がる。


長い通路だな。


「……ん? 0番……、?」


0なんて数字、出口じゃ見たことない。

都会はこんなのも有り得るのか。

結構気持ち悪い。


角を曲がり、歩いていく。

そして右に曲がると、黄色に光るグチャグチャに並んだ蛍光灯、5つのポスター、光る防犯カメラ、3つのドアがある、駅の通路が広がっていた。

換気扇は、黒いヘドロのようなものが滲んでいて、汚かった。

向こうから、さっき電車で見たようなジジイが早歩きで歩いてきて、そのまますれ違っていった。

顔は普通だった。


―― 何かおかしい気もしなくはない。


しなくはないが、とりあえず進んでみることにした。


「また0番だ。」


番号が変わらないのは変じゃないか?

それとも、いちいち表示を出してくれているだけなんだろうか。


左に曲がり、右へ曲がる。


「………ん?」


向こうの方に、壁に同化した全身タイツの男がいるように見える。


なんだ、アレ。


興味が沸いて、そっちにズイズイ近づいていってみる。

するとその瞬間、こっちに走り出してきた。


「うわぁぁぁぁ!!」


襲われた。

首を絞められて、苦しくなって、そのまま視界が暗転した。



……………あ?


目を覚ますと、目の前にはまた例の表示があった。


「0、番………??」


おかしい。

やっぱりおかしい。

どれだけ進んでも、数字が変わらない。


つまり、俺はここから出られない。


「………なんで、なんでだよぉぉぉ!!!!、畜生ぉぉぉ!!!!」


完全に死ぬことも出来ないまま、俺はこのループの中でずっと藻掻き続けなきゃいけない、ってわけか。


―― なら、電車の方が、まだマシだったかな、なんて。


「もう、殺してくれよ……。」


涙が溢れ出す。


自分が死ぬのは辛いが、人が死ぬのはもっと辛い。


でも、ほぼ死んでるのに死ねないのは、自分がだろうが、他人がだろうが、さらにさらに辛いことを知った。




―― 死は、幸せよ。


いっそのこと、すっと一瞬で死ねるのが、一番楽で、幸せなのかもしれない。








      --------------------- 








「―― 続いてのニュースです。

 昨日午後11時頃、市内のマンションに住む作曲家兼トランペッターの、能鹵曖音のろあいどさんが、自身の部屋で、刃物で刺されて亡くなっているのが見つかりました。

 犯人は、この数ヶ月多発している連続殺人事件への疑いがある、捌多店人はったたなと容疑者と見られており、現場からは、犯行に使われたと思われる左利き用のボウイナイフも見つかっています。

 昨夜0時頃、灰色のパーカー、黒いズボン、黒いニット帽で、右腕に腕時計を身につけた犯人と思われる人物が、郊外にある墓地・霊怨れいおんへと入っていったのが防犯カメラに映っていましたが、その後、行方が分からなくなっています。

 次のニュースです………。」








旧・音階おとしな線 - 現在は廃線


〔駅一覧〕

霊怨れいおん

佚慟いちどう

刵煎ににれ

三位さんみ

死霊しれい

誤外ごそと

戮儡ろくらい

名無ななし

憶汰侮おくたぶ


元は、囚人を『憶汰侮監獄おくたぶかんごく』へと輸送するために作られた鉄道。

その後、監獄が閉鎖され、囚人護送用としての用途が無くなったために、観光用として再利用されるようになるも、利用客・観光客は集まらず、暫くして廃線となった。


誤外駅のみ、現在も駅舎が残されているが、駅周辺に広がるクルミ林の影響で、アクセスがしづらくなっている。


明け方頃、誤外駅周辺を歩いていた者の中には、「駅から発車していく電車の幻を見た」という声や、「巨人の足音/足跡を発見した」、という声も相次いでいるが、真相は未だ不明である。


(出典:『廃線・音階線の歴史 - 周辺地理から紐解く悲しき誕生秘話』)





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「…………ふふふ。やはり、8という数字は美しいですね。さて、と、次はどんな『異変』を、彼に仕掛けましょうかねぇ――。」


死神・タナトスによる命懸けの頑張りは、冥王・アイドーネウス(ハーデース)に捧げられる。


それは、神話でも、実際にも、同じらしい。


殺した相手が、悪かった。


同じ頃、朝を迎えた現世では、小さな竹藪で、青葉が、赤い花が、創造され変わりゆく世界の微風に歌うように、血も穢れも知らない日々を、生きていた。




終、


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