そして、地獄
わたしへのいじめは、相変わらず、続いていた。三橋友里恵は、何としても、わたしの精神を、へし折りたいようだった。
クラス全員から無視、という普通だったら精神が病んでしまいそうないじめも、わたしは、涼しい顔で、やり過ごした。
わたしには、チャトランがいるんだもの。平気よね。
三橋友里恵は、異常に自尊心が高い女だったから、このゲームを降りることは、ないでしょう。そうして、とうとう、我慢比べの限界がやってくる日がきた。
その日、わたしにとっての、地獄が始まった。
「鶴我さん、あなたには、ほとほと、参ったわ。ねえ、わたしたち、友達にならない?」
三橋友里恵の、飛び切りの笑顔は、わたしを、ぞっとさせた。悪意を、笑顔で隠そうとしたって、必ず顔には歪みが出る。その言葉の裏で、何を企んでいるのか、わたしは身構えずにはいられなかった。
「そうだ。今日の放課後、ゲームをやりましょうよ。時間、あるでしょ?」
笑顔が、ぐにゃり、とねじくれるようだった。本当に、醜い笑顔だ。早く家に帰って、チャトランとの時間を、大切にしたかったけれど、そうね、仕方がないわね。付き合ってあげましょう。お膳立ては、もう十分に、できているんだもの。
わたしは、しおらしく頷いて見せた。
三橋友里恵が、満足げな顔をして席に戻っていくと、わたしは、胸に手を当てて、チャトランの温もりを、感じた。このチャトランとは、もう、お別れかもしれないのだから、しばらく、そうやって手のひらに、温もりを、彼の鼓動を、感じていたかった。
ああ、可愛い、わたしのチャトラン。
窓の外は、一面の夕焼け。まるで、空全体が、薄い紅のヴェールで、包まれているかのよう。教室の中にまで、その柔らかい、赤く染まった光が差し込み、満たされるようで、わたしは、どこかうっとりとしていた。
「ねえ、ほら、鶴我さんの番よ。ぼうっとしていないで、早く、駒を進めてちょうだい」
あら、こんな美しい光景に似合わない、厭味ったらしい声が、わたしの美的感覚に割って入るように、侵入してきた。友里恵、あなたという女は、美的感覚の欠片さえ、持ち合わせていないのね。弱者だったり、自分の気に食わない人間だったり、そんな人間を、とことん懲らしめることだけが、あなたの生きがいで、生きる意味で、ゲームなのね。
同情するわ。でも、それは、あなたの責任かしら。そんな、残酷性は、あなたが、望んで手に入れたものなのかしら。人は、変わることができると、わたしは思っているの。たとえ、それが、先天的な性質だったとしても、ほら、たとえば、小さな虫一匹を、助けようという気持ちが、ふっと湧いてきたりするように。
救われる糸は、いつも、伸びている。
こんな、いんちきが仕込まれた双六ゲームで、わたしを陥れようとしている、あなたのような人にだって。
わたしは、最後の一手を、進めた。これで、わたしの最下位が決定した。
わたしは、うなだれた。小池俊太郎と、杉浦功太が、にやにやと笑っている。倉木美穂が、鶴我さんびりっけつねーー、と大袈裟に囃し立てた。友里恵が、くじ引き缶を、わたしの目の前に差し出してくる。
「さ、ビリの人は、罰ゲームと決まっていたでしょ。一枚、引いてちょうだい」
わたしは、顔を上げ、友里恵を睨んだ。
「ずるいわ。このゲームは、いんちきよ」
わたしは、反発してみせた。自分の思い通りにならないことだってあると、友里恵に分からせてやりたかった。
「何を言っているの? さ、そういう決まりだから、引きなさいよ」
倉木美穂が、ひーけひーけと、手を叩きながらさらに、囃し立てる。小池俊太郎が、改造学ランを脱ぎ捨て、蒸しあちーなーと言いながら、シャツのボタンを外し、胸をはだけた。筋肉質の胸板が、小動物のように、むくっと動いた。
わたしは、缶の中に、無雑作に右手を突っ込んだ。そして、折りたたんである紙を、一枚、引いた。
その紙を、わたしの手からひったくるようにして、杉浦功太が取り上げた。そして、紙を広げる。
「罰ゲーム、読み上げまーす。ぜ、ん、ら」
全裸、と書かれた紙を、まるで勝訴した原告のように、ひらひらと振って見せる杉浦功太の顔を、わたしは、汚いものでも見るような目付きで、睨んだ。本当に、強者に媚びて、弱者をいたぶる、どうしようもない男。友里恵や、俊太郎に命令されたら、きっと何でも、やってしまうような男でしょ、あなたは。人を殺し、埋めろと言われれば、きっと、この男は、それをやってしまうでしょう。なぜなら、杉浦功太にとって、友里恵や俊太郎は、ヒトラーのようなものなのだから。
「いえーい。脱げ脱げー」
美穂、あなたもよ。頭のちょっと足りないところは、邪悪な子供が、そのまま大人になったようなものね。
わたしは立ち上がり、そのまま教室を出ていこうとした。その私の右腕を、後ろから、ぐいっと掴んで、友里恵がわたしを振り向かせた。
「逃がさないから、お前」
友里恵はそう言うと、わたしを、どんと、両手で強く押した。わたしは、バランスを崩し、そのまま後ろにひっくり返るように、尻もちをついてしまった。そのとき、机に体をぶつけ、反動で机もひっくり返った。ごつり、と音が鳴った。わたしの頭が、机の角に当たった音だ。
チャトランが、クルウルウウと、唸った。
その声を聞いて、友里恵の目が、すうっと細まった。
「あんた、ブレザーの内側に、何か隠してるでしょ。怪しいと思ってたんだよ。さ、罰ゲームなんだから、ブレザーを脱ぎなさい」
「嫌よ」
わたしは、きっと、友里恵を睨み上げた。もし、この四人が、チャトランを見たら、どんな反応をするだろう。わたしの可愛いチャトランは、どんなことになってしまうのだろう。
杉浦功太が、いつの間にわたしの背後に立っていた。
「へへへ」
と、薄ら笑いを浮かべながら、次の瞬間に、わたしのブレザーを引っ張り上げるようにして、めくった。チャトランが、ころんころんと、ボールが回転するように、床に転がり落ちた。
きゃっと、美穂が、小さな悲鳴をあげた。
「なによ、この生き物。ぬいぐるみ?」
美穂が、目を丸くしている中、チャトランが、その細い足で立ち上がり、わたしの方へ、とことことこ、と戻ってきた。そうして、わたしを見上げ、クルウクルウと、鳴き声を発する。
「嫌だ、これ生きてるじゃない」
わたしが、チャトランを抱き上げようようとすると、その機先を制するように、友里恵が片手で、がしっと、チャトランを掴み上げた。ちょっと大きな卵一つ分くらいの大きさしかないチャトランだったから、友里恵の右手の中にすっぽりと収まっている。チャトランは、ぶるぶると、小刻みに震えているようだった。友里恵は、邪悪な表情を浮かべ、チャトランの細いその右脚をつまむようにして持ち上げ、キーホルダーでも振るようにして、チャトランを、空中で逆さまにして、ぶらぶらさせた。
「やめて、チャトランに乱暴なことはしないで!」
わたしは、思わず、叫んでいた。
友里恵は、さらに、邪悪な光を瞳に讃えて、わたしをじっと、見下ろした。
「チャトラン? ねえ美穂、聞いた? この子、チャトランっていうんだって」
美穂が、興味深げに、チャトランを覗く。
「嫌だ、何? 新種の生き物? まさか、鼠の子供の奇形とか?」
「美穂、キャッチボールしない? この子で。丸くて、ちょうどいいじゃない」
チャトランの表情が、おかしい。目がすうっと細まり、赤みがかっている。悪い兆候だ。わたしは、立ち上がり、チャトランを取り戻そうとした。その私の髪を、功太が背後から掴み、ぐいっと引っ張った。
「お前は、こっち」
机の上に腰かけていた、俊太郎が、ぴょんと机から飛び降り、厚い胸板をひくひくさせながら、わたしの方へ寄ってくる。
「なあ、友里恵。俺ら、こいつを好きにしていいんだよな」
「使い物にならないくらいに、しちゃいなよ」
功太が、ぎゃははと笑った。
クルルウウウウ、とチャトランが、唸った。
「美人をめちゃくちゃにするって、この世で一番、楽しいじゃん」
功太が、学生服のズボンから、カッターを取り出し、わたしの目の前で、指揮棒のように振った。
「暴れたら、痛い目にあっちゃうよ」
そうやって、あなたたち、何人の女性の人生を、壊してしまったのかしら。
小池俊太郎が、下衆な笑いを浮かべて、わたしの方へ近づいてくる。肌に、汗が光り、獣さながらの興奮が、伝わってくる。
わたしが、ここで、泣き叫んであげましょうか。
少しは、同情する? 人を憐れむ心が、ほんの少しでも芽生える? 迷いは、生じるかしら。
いいえ、そんなことは、ないでしょう。
きっと、あなたたちは、そのサディスティックな猟奇性をさらに増幅させ、わたしや、チャトランを屠るように、痛めつけるでしょう。
わたしは、背後を振り返った。
教室の後ろで、チャトランが、宙を舞っていた。
でも、最後のチャンスを、与えてあげましょう。
わたしは、顔をぐしゃぐしゃにして、涙を流し、やめてと声を大にして、泣き叫んだ。
「チャトランに、そんなこと、しないで。チャトランに、そんなことしたら――」
そんなことしたら――
「どうなったって、知らないから」
チャトランを、右手にがしっと握ったまま、友里恵が、つかつかと私の方へと歩み寄ってきた。
「どうなるっていうの? 俊太郎、この子、羽交い絞めにしてくれる」
俊太郎が、わたしの背後に、さっと回り込み、わたしの脇に両腕を差し込んだ。あっという間に、わたしは身動きできない状態に、固められてしまった。
「ねえ、功太、カッター貸してよ」
友里恵が、功太からカッターを、取り上げた。
「美穂、このボール、突起物が邪魔よね」
美穂は、何を言われたのか、分からないというように、きょとんとした表情で、友里恵を見返した。
「ほら、これ」
友里恵が、チャトランの、可愛らしい細い脚をつまんだ。
美穂は、ようやく、言われたことを理解したらしく、目を輝かせ、うんうんと頷いた。
「ちょっと、持っててくれる」
言われたままに、渡されたチャトランの体を、美穂は両手でがっちりと押さえつけた。
わたしの耳朶に、俊太郎の熱い息が、吹きかかってくる。興奮が、波のように、伝わってくる。
すぱっと、何のためらいもなく、友里恵が、チャトランの両脚を切り取った。
耳をつんざくような絶叫が、教室中に響き渡った。
ああ、チャトラン・・・・・・友里恵、あなた、なんてことを。
電子音のような、キーンと、耳を貫くチャトランの悲痛な叫びに、美穂は、びくっと体を震わせ、放り投げるようにして、チャトランを放した。
チャトランは、甲高い悲鳴を上げながら、床をころころと、転がった。
そして、しばらく転がった後、沈黙とともに、動かなくなった。
「あれ? 死んじゃったの?」
美穂が、素っ頓狂な声を上げた。
いつの間にか、わたしの羽交い絞めは、解けていた。その代わり、俊太郎の両手が、わたしの胸を揉みしだいていた。
「これで、お遊びは、終わりだろ、友里恵。そろそろ、本番と、行こうか」
わたしは、頭をうなだれ、なすがままになっていた。わたしの、あまりの反応のなさに、俊太郎は、なにか、違和感を感じたのか、手の動きを止めた。
わたしは、顔を上げた。もう、一滴の涙も、流れていない。四人を見回し、静かに告げるように、言った。
「そうね。本番を、始めましょうか?」
さきほど、机にぶつけた前頭部から額にかけて、血が、どくどくと流れ落ちていた。額を流れ落ちる血は、瞳に吸収されるように、わたしの目を、あの空の茜色のように、染め上げる。
どうかしら、こんな演出は?
わたしの、鬼気迫る表情に、美穂がひっと、小さな悲鳴を上げた。
友里恵は、さすがに度胸が据わっていて、鉄仮面のような無表情で、わたしを睨んでいた。
「あなた、自分の立場をわかっているの?」
友里恵が、ドスの効いた声で、言った。その表情とは裏腹に、友里恵の感情のタガは、すでに外れているようだった。
事故に見せかけて、妹を殺してしまったように、このわたしも殺すつもりかしら。この女なら、やりかねないのが、恐ろしかった。ああ、とんでもない、逸材を見つけてしまったわ、お父様。
「本番を始めるって、どういう意味よ? ねえ、俊太郎、この娘、本番を始めたいようだから、全裸にしちゃいましょうか。罰ゲームの続きよ」
それまで、背後でじっと固まっていた俊太郎が、友里恵のその言葉で、息を吹き返したように動き出した。わたしの、シャツの胸倉を引き千切るように、両端に引っ張った。その勢いで、いくつかのボタンが、弾け飛んだ。わたしは、ブラは付けていなかったから、小ぶりで形の良い胸が、少しだけ露わになった。
「いやっ! やめてっ!」
わたしは、髪を振り乱して、叫んだ。
功太が、手を叩きながら、口笛を吹いた。
その汚らわしい口笛に重なるように、重低音で響き渡る地割れのような音が、教室中に響き渡った。体の芯を叩くように響く音は、教室中を揺らすようだった。
美穂が、警戒した表情で、きょろきょろと、辺りを見渡した。
そして、彼女の視線が、それに釘付けになった。
美穂の顔面が、蒼白になり、片言のように言葉を発して、その場に尻もちをつくようにして、へなへなとしゃがみ込んだ。
ああ、とうとう、始まってしまったのね、とわたしは、残念に思いながら、その光景を眺めていた。
変わりゆく、チャトランを。
重低音を発しながら、チャトランの体は、巨大風船さながらに、急速に膨れ上がっていた。膨れるたびに、ブウウウウンと、地を鳴らすような音が、発せられる。切られた足の根元から、野太い切り株のような新たな足が、にょきっと伸び出た。さらに、背中からは、天使の羽のように、可愛らしい羽根が急速に生えた。
目は、赤く濁り、怪しげな光を讃えている。そのすぐ真下の、滑らかな皮膚に切れ目が入り、ぐわんと、とんがり帽のように、巨大な口が広がった。顔半分を覆うほどの大きな口の中は、どこまでも続く暗黒空間のごとく闇を湛え、しばらくすると、黒に赤が染みるように、赤みを帯びてくる。そこへ、ずずずず、と、音を立てて無数の歯牙が盛り上がってくる。
グギイイイイ、とチャトランが、吠えた。
いまや、チャトランの背丈は、教室の天井にも、届かんばかりだった。その体は、滑らかな黒に染まり、もはや、あの可愛らしいチャトランの面影は、一切、残していなかった。
あわわわと、滑稽な声を発しながら、功太が逃げようとしていたが、足がもつれてうまく動けないのか、その場でつまづいて倒れ、床にしたたかに、顔面をぶつけた。
ドッドッド、とチャトランが、その功太のところまで突進してきて、彼を、これまた切株のように生えてきた太い腕で、抱え上げた。
バクリ、とチャトランが、杉浦功太を、喰った。
むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。
美穂が、この世の終わりのような悲鳴を、一度、二度、三度、と発する。
ぺっと、唾を吐くように、チャトランが、功太を吐き出した。どさり、と功太が、床に放り出された。一度、びくんと、身体が大きく反り返った後、彼は、ぴくりとも、動かなくなった。
杉浦功太は、すでに、絶命していた。
わたしは、友里恵を、見た。さすがの彼女も、この異常な状況に、理解が追い付いていないらしく、小刻みに身体を震わせていた。
俊太郎は、信じられないという顔をして、床にうつ伏せになって動かなくなった功太を、しばらく見ていた。彼も、一体、何が起きたのかを理解できていないようだった。それほど、チャトランの、一連の動きは、素早かったのだ。
今度は、美穂が、芋虫のように這いずって逃げようとしていた。
チャトランが、グギイイイイ、グギギ、と二度、吠えたかと思うと、その巨大饅頭のような巨体を、びよーんと、伸ばすようにして、跳ねた。
ドンッ、とチャトランは、一瞬にして、美保の匍匐前進のその先に着地した。
そのチャトランを見て、美穂は悲鳴を上げることすらできず、絶句し、引きつった表情で、口をパクパクさせた。にょきにょきっと、チャトランの腕が、さらに一段階伸びた。そうして、その腕で、床に這いつくばった美穂を、花を摘むように、優しく抱え上げた。
「ああっ、あっ、いや、いやっ」
美穂は、いまや恐怖で、涙をぼたぼたと流し、大量の失禁をしていた。チョロチョロと、股の間から尿が零れ落ちる。
バクリ。美穂の上半身が、チャトランの巨大な口に、吸いこまれるように咥えられる。ぐぐっと、チャトランは、残りの美穂の下半身を口の中へと押し込んだ。
むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。
ぼとり。
美穂の、粘液だらけになった体が、床に落下した。
しばらく、激しく痙攣したあと、美穂も絶命していた。
わたしは、この地獄絵図を、悲しい思いで、見つめていた。もう、わたしにも、チャトランを、止めることはできなかった。
さあ、本命の二人は、どうするかしら。いずれにしても、もう、逃げられる可能性は、皆無なのだけれど。
友里恵は、じりじりと、音を立てずに、教室の出口まで近づいていた。俊太郎は、姿勢を落とし、すり足で、逃げようとしている。二人とも、大きな動きが、チャトランの注意を引いてしまうことを察知し、気付かれないように教室を出ていこうとしているのだ。
馬鹿な二人だわ。これは、いままで、あなたたちが、弱者にしてきた行いの報い、つまりは因果応報というわけ。
それにしても、俊太郎の、あの表情ときたら。顔から、大量の汗を流し、蒼白な顔をして、ひくひくと頬を痙攣させて、えずきながら、助かろうと必死だ。ここから、逃げられると思っているわけ? でも、あなた、助けを求める他人の懇願を、いつも、せせら笑っていたわよね。自分が、その立場にたって、どんな気持ち?
ほら、チャトランは、もう、あなたのすぐ背後に迫っているわよ。
背後の気配に、恐る恐る振り返った俊太郎は、自分の方へ伸びてくるスイカほどもある巨大な手を、茫然とした表情で眺めていた。彼には、すでに、戦おうという意思は失せているらしく、目の前でさらに膨張を始めたチャトランを、痴呆じみた顔で眺めていた。その、誇らしい胸は、心の脅えを表出するかのように、ピクピクと小刻みに揺れている。
俊太郎が、蒼白な表情で、わたしの方を見た。何かを、訴えようとしているようだ。歯ががちがちと鳴り、言葉を発することができないようだ。
「た、た、すすけけて、けけえええーーーー」
わたしには、その悲鳴は、コケコッコーという、雄鶏の鳴き声にしか聞こえなかった。チャトランの双腕重機のごとく腕に、その自慢の胸板を挟まれ、俊太郎は、すでに虫の息だった。
がぶ、がぶ、むしゃむしゃ、がむ、がぶ、むしゃむしゃ。
ぐげっっと、大きなゲッブをして、チャトランは、食べ終わった俊太郎を吐き出した。
その光景を、恐怖に大きく目を見開いて見ていた友里恵のもとへ、わたしは、近寄った。もう逃げられないと悟ったのか、それとも、まだ逃げる算段を頭で計算しているのか、目が一瞬だけ、きょろきょろと泳いだ。
さあ、今度は、あなたの番ね、三橋友里恵さん。
友里恵の視線が、わたしの顔を、レーザービームのようにとらえた。恐怖、怒り、疑念、困惑、いまの友里恵の感情を表すように、その瞳に移ろいゆく表情を見て、わたしは、ああ、彼女も人間だったのね、と少しだけ安堵した。
あなたなら、幽霊と出会ったって、平然としていると思ったわ。
「あ、あなた、何よ、何者なの、いったい、これは、なんなのよ!」
啖呵を切るように、そう言い放ってすぐ、友里恵は、はっと表情をこわばらせた。チャトランが、その巨体をぐるっと、回転させた。
のそり、とその巨体が、友里恵の方へと寄った。チャトランが、のそりと、体を移動させる度に、目の前の机と椅子が、弾け飛ぶように、脇へ飛んだ。
「ちょ、ちょと、ねえ、あ、あやまるわ。ね、あなた、止められるでしょ。あの生き物を、早く止めてちょうだい」
いまや、友里恵はパニック状態だった。わたしは、友里恵に歩み寄った。最後の、最後に、惨めなものね、あなた。もう無理なの、ああなってしまっては、もう無理なのよ友里恵。それに、あなたは、お父様にとっては、最高のご馳走だもの。
いまや、ガタガタと震え、頽れた友里恵の頬を、わたしは、そっと右手で撫でてやった。
「冥途の土産に、教えておいてあげるわ、あなたにだけ、特別にね」
わたしの声が聞こえているのか、聞こえていないのか、友里恵は、わたしが救いの手を差し伸べたと思ったらしく、こくこくと頷いた。彼女の耳元に、顔を近づけ、ささやくように、わたしは言った。
わたしはね、
悪魔の子なのよ。
わたしの背後から、チャトランの太い腕が、ずいっと伸びてきて、友里恵を、ひしと、掻き抱いた。




