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チャトランと一緒  作者: 夜羽


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二日目

 わたしが、教室に入ると、それまで、ざわざわとしていた教室が、しんとした。その空気の変わり具合に、わたしは内心、脅えもしたが、平然を装って、自分の席まで歩いて行った。

 わたしを追う視線の後から、ぼそぼそと、小声で何かを囁き合う声が、聞こえてくる。さっそく、わたしは、クラスで、浮いた存在になってしまったようだ。

 わたしの机は、昨日の場所からずらされて、三鈴羊子のそれと、横付けされていた。

 わたしは、自分の席に座ると、隣の彼女に、おはよう、と声を掛けた。すると、また彼女は、驚いたような顔をして、それから、無理に作ったような笑みを浮かべ、こくりと、小さく頭を下げた。落ち窪んだ目は、生気がなく、肌は荒れて、大小様々な吹き出物が、ほとんど、染みになりかけている。まるで生きることへの絶望をパッチワークしたみたいに。

 彼女に、見せてやろうかな、と思った。

 チャトランを。

 今日は、チャトランと一緒だ。わたしの、ブレザーの内ポケットで、いまは、すやすやと眠っている。

 ああ、可愛い、チャトラン。チャトランの、鼓動を、わたしの胸は、はっきりと感じることができる。わたしの鼓動は、チャトランのそれと、シンクロしているからだ。

 朝の、やる気のないホームルームが終わり、感情をなくした能面さながらの顔をした、担任の上野光子が教室をでていくと、教室は、一瞬にして騒々しくなった。

 「キャハハ、今日もあいつの目、死んでたねえ」、とはしゃぐように言う、倉木美穂の甲高い声が、聞こえてくる。この女は、炙り出された生徒の、一人だ。

 「なんか、あいつ、メンタルクリニック通ってるらしいよ」

 「マジかよ」

 「ぶはっ、こわれたか?」

 三橋友里恵、杉浦功太、小池俊太郎。

 こいつらも。やはり、くやしいけれど、常々、お父様が言われていることが、正しいのかもしれない。子供の方が、邪悪な種子が、宿りやすい。すでに、彼らの邪悪な種子は、チャトランの卵くらいに、育っている可能性もある。お父様は、喜ばれるかもしれないが、彼らと接する、わたしの身にもなってほしい。

 全く、穢らわしいったら、ありはしない。

 それに比べて、三鈴羊子の魂の、なんと痛々しいこと。さんざん痛めつけられて、弱り果てているけれど、その奥には、宝石のような綺麗な魂が眠ってる。

 わたしには、それが、分かるのだ。

 「ねえ、あなたのこと、羊子って呼んで、いい?」

 わたしは、彼女の耳元に顔を近づけ、囁くように、言ってみた。びくびくっと、彼女の体が痙攣するように、動いた。

 わたしは、頭を少しだけ、傾げ、とびきりの笑顔を、作ってみせた。

 こんな感じで、いいかな。なかなか、笑顔を作るのも、難しいものだ。

 「……えっと、は、はい。あの……」

 「そうそう、わたしのことは、ひめって呼んでくれる。わたしと、友達になってほしいな」

 わたしが言うと、羊子の顔が、ぱっと赤らんだ。そんなこと、言われたことがないのかもしれない。彼女は、俯いたまま、黙ってしまった。なんて、いじらしい娘。

 「でね、この子のことはね、チャトランって、呼んでね」

 わたしは、ブレザーの内ポケットから、こっそりと、チャトランの頭を覗かせた。 

 俯いていた、羊子の視線が、恐々と、チャトランに向けられた。

 彼女の顔が、少し、綻んだような気がした。

 「ね、チャトランは、とっても可愛いでしょ」

 羊子が、おそらくは、見たことのないような生き物は、ウインクするように、目をパチパチさせ、ポケットの中で体をゆさゆさと、揺すった。チャトランも、嬉しいのだ。

 そのときだった。背後から、下卑た笑いとともに、倉木美穂の声が響いた。

 「なーに、あななたち、仲良さそーじゃなーい」

 ラッパーみたいな、言い方で、不快極まりない。

 「ねえ、おばあちゃん、この異人さんと、お友達になれた?」

 隣にきた、三橋友里恵が、紙コップの中身を、羊子の髪にパラパラとかけた。大量の、チョークの粉だった。

 「ほら、髪を染めましょ」

 三橋友里恵が、羊子の、チョークのかかった髪を、くしゃくしゃと掻きまわした。

 「わたしもー」

 と、倉木美穂も加わって、二人で、羊子の髪をひっぱり、丸めたりして、ぐちゃぐちゃにした。羊子の髪は、粉塗れでぼさぼさになり、見る影もない。

 慌ててチャトランを隠したわたしは、そんな様子を、じっとこらえて、見守っていたが、我慢するにも、限度がある。

 「やめなさいよ」

 わたしは、ぼそり、と呟くように言った。

 「え、何か、言いましたかああ、お隣さん?」

 倉木美穂が、茶化すように言った。ぼてっとした、たらこのような唇から出る高音が、鬱陶しい。わたしは、右手で、机を軽く叩き、「やめなさいって、言っているの」、と声を張って、言った。

 三橋友里恵が、羊子の髪を掴んだまま、恐ろしく冷めた目線を、わたしに向けてきた。たらこ唇の、だらしない垂れ目に比べて、いかにも肝の据わった目だ。二重の切れ長で、レディースの番長といった雰囲気がある。

 「ねえ、美穂お、こいつ、むかつくよねえ。なに、正義ぶってんの」

 わたしの視線と、友里恵の視線が交錯した。その瞳の奥に、底知れぬ暗闇を見るようで、わたしは怖気を感じるほどだった。

 お父様、この女は、大物だわ。

 クルウルウ、クルウルウウウ。

 あ……。

 チャトランが、わたしの感情の揺れに反応したのか、鳴き声を発した。

 友里恵の目が、剃刀のように細まった。

 「何? 今の声?」

 そのときだった、教室の扉が、ガラガラと開いた。一時限目の数学の教師が、無愛想を顔に張り付けるようにして、入ってくる。

 友里恵が、羊子の髪から手を離した。それから、わたしを、ひと睨みすると、倉木美穂を背後に引きつれ、席に戻っていった。

 ああ、チャトラン、興奮してしまったのね。

 わたしは、チャトランを、制服の上から抱きしめてあげる。チャトランの興奮が冷めるまで、しばらく。

 可愛い、わたしの、チャトランを。

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