卵が、孵る
結局、午後は、平凡に終わった初日だった。しかし、たくさんの、種子、が撒かれた。少なくとも、わたしを敵対視する生徒が何人か、炙り出された。
わたしは、残念でならなかった。わたしは、正義の行いをしたに、過ぎない。隣の子、彼女は三鈴羊子という名前の子だと分かったが、彼女へのいじめ的行為を見過ごすことが、できなかったのだ。
これは、人の心を踏み外しかけている、生徒たちへの、わたしからの警告だ。
まだ、間に合う。彼や、彼女らが、心を入れ替えれば。
でも、お父様は、そんなわたしの考えを、せせら笑うでしょう。
わたしは、憂鬱な、こころもちで、卵を温めた。
卵が、微かに、振動しているような、気がした。
もうすぐ、生まれる!
紫色の模様に沿って、まずは小さなひびが入り、それから、ビリビリビリと大きな音を立て、殻が、割れた。
はっ!
わたしは、胎児のような格好で、卵を抱いていたが、わたしの胸を圧するように、卵は、ぐらぐらと揺れ動いた。
それから、ポン、とそれがでてきた。
チャトランの、頭だ。
なんて、可愛らしい・・・・・・。
クリっとした、まん丸い目が、わたしを見上げている。黒目が、せわしげに動き、必死になって、外界の認知を開始していた。目のすぐ下には、ちょこんと、クリーム色の嘴が、飛び出ている。
クルル、とその嘴から、音が出た。
クルルウ、クルルウ、と続けざまに、甘えた声を出す。どうやら、わたしを、親として認識したらしい。
殻の、残りの部分が、内側からの圧力で、爆ぜるように、割れた。プルン、とチャトランの、巨大なゆで卵のような、まんまるい身体が現れた。皮膚は、つるつるで、一切体毛は、生えていない。背中には、羽らしきものが、少しだけ生えていて、その小さな羽をパタパタやる様が、自動人形の玩具のようで、見ていて楽しくなってしまう。
今度の、チャトランは、まるで雪景色に見る、雪だるまのようだった。手のひらサイズの、雪だるまだ。しばらくすると、そのまんまるい身体から、にょきにょきと細い手足が伸びてきた。そうして、殻の散らばった、ベッドの上で、よろよろと立ち上がったチャトランは、ぶるぶるっと、一度体を震わせた。
ああ、チャトラン!
わたしは、両手を広げ、チャトランを迎え入れるポーズをした。その体に比して、まだまだ細い足は、体を支えるには心細いようで、チャトランは、ころんと、ひっくり返ってしまった。
うふふ、とわたしは、笑ってしまう。チャトランの、すべてが、愛おしく思える。
これからは、ずっと、チャトランと一緒だ。
わたしは、ベッドに転がって、まだ生え切らない両脚を、バタバタさせているチャトランを、そっと起こしてやった。少し濡れて、輝きを放ったクリっとまんまるい瞳が、わたしを見上げて、何かをおねだりしているようだ。
そうそう、ミルクをあげなきゃね。
わたしは、チャトランのために買っておいたミルクを、冷蔵庫から取り出すと、小皿に注ぎ、チャトランの目の前に、差し出した。チャトランは、最初は、恐々と、その初めて見る白い液体を、毒味をするように舐めていたが、そのうち、クリーム色の嘴を、ぐわん、と広げて、一気にミルクを飲みほしてしまった。
ああ、すごい。なんて、食欲旺盛な子。
体を、ゆさゆさ揺すって、チャトランは、まだ足りないと、わたしにおねだりする。結局、買ってきたミルクすべてを、生まれたてのチャトランが、飲み干してしまった。
そのあとは、ひよこのように、部屋を駆け回り、さんざん、わたしと遊んでから、突然に、ごろんと寝入ってしまった。
そのチャトランを、両手でくるむようにして、持ち上げ、全身をマッサージするように、撫でてやった。まだ、うっすらと開いている目が、気持ちよさげに、潤む。クルル、と小さな声が漏れる。それにしても、なんて、すべすべして、肌触りの良い、皮膚なんだろう。
そのうち、わたしも、睡魔に襲われて、チャトランを胸に乗せ、午睡の時間を楽しんだ。わたしは、夢の入り口、その瀬戸際で、願った。
いつまでも、この姿のまま、変わらないチャトランで、ありますように。




