卵を、孵す
お父様にもらった、少しだけ赤みがかった卵を、わたしは、朝からずっと、温めていた。
今日は、することもなかったし、外は、雨がざあざあ降っていたから、一日中、わたしは卵を胸の谷間に埋めるようにして、温めていたのだ。
卵の大きさは、鶏卵をひとまわり、大きくしたほどの手ごろな大きさだった。
ベッドの上で、ゴロゴロしながら、わたしは卵を抱きながら、歌を口ずさんでいた。いい気分だった。
愛を籠めて、卵を抱いてやるのが、重要だから。
そうすれば、きっと、健やかで、いい子が生まれてくるはずだ。
これは、チャトランの卵。
新しい学校のことを思うと、わたしは、少しだけ憂鬱になる。来週から、わたしは、学校へ行かなければならない。
また、悪夢を見てしまうのだろうか?
そんなことに、ならなければいいけど。けれど、そうなったら、そうなったで仕方がない。お父様のために、仕事をするだけだ。
お父様は、人間のことを、邪悪の種子って呼んでるけど、わたしは、そんなことはないと思っている。前の学校でも、一人だけだったけれど、友達ができたのだ。その子は、とても心の優しい子で、繊細に描かれた森の絵のような女の子だった。
でも、残念なことに、その子は自殺してしまった。
あの学校の名前は、何と言ったかしら?
彼女が死んでしまってから、ほどなくしてその中学校は、廃校になってしまい、世間から忘れられた存在となった。ただし、都市伝説として、残ることになったのだけれど。
黒い翼を生やした、魔物がやってくる――黒い黒い、まあんまるい、おっきな黒い魔物が。ぶくぶくぶくと、肥え太って、魂をむしゃむしゃ。
むしゃむしゃ、むしゃむ――
はっとして、わたしは、胸に埋めた卵に視線を向けた。メリッと、微かに、小さな音がしたのだ。
そろそろ、孵化するころだと、思っていたけれど。
卵の赤味は、すこしだけ紫色に変わり始め、ペルシャ絨毯のような斑点が、殻の表面に浮いてきていた。お父様は、斑点の模様が美しいほど、立派なチャトランが生まれてくるのだと、常々言っている。斑点は、まだ薄ぼんやりとしていたけれど、きっと、いまに素晴らしい模様を描くに違いない。
今度のチャトランとは、仲良くなれるかしら。個体によっては、とても敏感で、なかなか慣れない子もいるのだ。
よい子が、生まれますように。
チャトランと一緒なら、わたしには、なにも怖いものなんてないのだ。