追放シーンだけ
「ザック、お前は追放だ」
リーダーの言った言葉が一瞬分からなかった。あんまりにも唐突だった。夕暮れの酒場の喧騒が耳から遠のいていく。
「それで新しく入れるメンバーについてなんだが……」
「ちょ、ちょちょっと待ってよ! 追放って何!?」
話を続けようとするリーダーへ叫ぶと、嫌そうに睨まれてしまう。仲間としては一度も向けられたことのない瞳だった。死にかけのゴブリンへ向けられていたような瞳が、今、まっすぐ僕を突き刺している。その瞳を直視できなくて、僕はパーティメンバーに助けを求める。
「あ、アイン! ヒーラ! な、なんとか言ってやってよ! い、いきなり変だよこんなの!」
自分の声がいやに響く。騒がしいはずの酒場で自分の声だけが聞こえて、僕の胸を締め付ける。リーダーの鋭い瞳から目を逸らしても、アインもヒーラもひどく冷たい顔をしているような気がした。早く何か言ってほしくって心臓が跳ねる。
数秒もして、ようやく口を開いたアインは、望んだようなことは言ってくれなかった。
「いやアタシ、ぶっちゃけあんたのことウザいと思ってたんだよねー」
「……直接言うつもりはなかったので3人で決めたのですが、その……私も同じ気持ちです」
「マジ顔見てたらムカつくから早くいなくなって欲しかった的な」
「アイン、そんな言い方は……」
アインにもヒーラにも何も言葉が出なくて、唇を震わせることしかできないでいると、「なぁ」と、低い声に呼ばれて顔をあげさせられる。リーダーと目が合った。
「そういうことだ」
「そん……そ、そんなの……」
「パーティ都合の離脱になる以上、冒険者規約に乗っ取って手切れ金は出す。30ゴード、なぁ、再出発には十分な金額だろ?」
抵抗しなきゃと思って、無理に口を開く。
「そ、そうだ規約! パーティを抜けるには合意が必要だって、サインを……」
「バカ、だから追放なんだよ。対象メンバー以外全員の合意がある場合、強制除隊可能、それも"規約"だ」
「でも、でも……」
「なぁ、分かれよ。今のお前は俺たちが30ゴート手放してでもいなくなって欲しいって思う足手まといになってんだ。汲んでくれよ」
「……ぅ……ぅく……」
ついに何も言い出せなくて、僕はただ立ち尽くしてしまった。零れて欲しくもないものばかり零れて、余計に自分を情けなくさせる。
「泣いてんの? ダッサ」
「はぁ……。いい年して泣くなよ、俺たちが悪いみたいだろ」
億劫そうにため息を吐くリーダーを横目に、ヒーラが僕の方に寄ってきてくれた。うれしい、ありがたい……だけれど、ヒーラも僕を追放したひとりだ。その事実が胸を締め付けた。ヒーラに背中を撫でられるのはどうしても屈辱で耐えられないと思って、急いで深呼吸をした。
熱ぼったい脳に空気が入って一気に思考が澄んでいく。
パーティに入れさせてもらってから2か月、たどたどしくもどうにかうまくやっていけていたと思っていたのは……自分だけだったのだと、澄んだ頭で理解していく。
「だ、大丈夫……落ち着いたよ」
「はぁ……」
ため息を吐いたリーダーは顎で指してヒーラを呼び戻す。ヒーラは少し迷ったような様子を見せたけれど、静かにリーダーの元へと戻った。リーダーは再び僕を見て、少し迷ったように目を泳がせると、また口を開いた。リーダーの口から鋭い犬歯がちらちら覗く。
「"調香師"って聞いて喜び勇んで細かい確認もしないでパーティに入れた俺がまあそもそもの発端だ。だが"調香師"っていやあ"錬金術師"の近縁職として絶大な火力とあらゆる戦闘への対応力を期待する、なぁ、その期待を裏切ったお前が悪いとは思わないか。お前のいうバフとやらが十分な効果を発揮していたとは、俺はどうにも思えねえんだよ」
「……ごめん」
「謝れって言ってるわけじゃねえんだよ」
リーダーは立ち上がって懐から麻袋を取り出し、僕に持たせる。ずっしりと重たかった。
「あばよ、って言ってんだ」
「……」
「細かい書類申請は後日落ち着いてからでいい。お互い、この2か月のことは忘れようや。今までありがとよ」
リーダーの心にもない「ありがとう」は僕の耳をすり抜けて、胸の中に少しも残らないまま消えてしまった。僕は「うん」とだけ答えて、リーダーに背を向けた。これ以上この場所に行けちゃいけないと思った。
体が重いのに、足だけが妙に軽かった。空転しそうな足をよく分からないリズムで前に前にと出していると、後ろから声がかかった。
「バイバーイ」
「……さようなら」
胸が灼けてしまいそうだった。
ひどく、ひどく自分がみじめで仕方がなかった。
僕は振り返って一度だけ頭を下げると、そのまま誰の顔も見ないで酒場を後にした。
一番好きなキャラはアイン