1 開会の言葉
キリ子は、テレビに映し出されるオレンジ色を基調にした可愛らしい画面と軽やかな音楽にたじろいだ。ゲーム機のリモコンを持った青白く骨ばった手とは対照的な温かい画面に、キリ子は目を閉じた。そんな戸惑いや恐れをよそに、画面の中の星や花は楽しそうに踊りだんだん中央に寄っていくと、文字に変わっていった。
『と き め き ☆ パ ラ ダ イ ス』
音楽が徐々に小さくなり、大きな丸文字で書かれたタイトルの下に、新しい文字が浮かび上がってきた。
新しいゲームをはじめる?
続きをやる?
キリ子が目を閉じ固まっていた間に、ゲームは始まろうとしていた。
年頃の少女にありがちな鮮やかな色やキラキラした物はキリ子の部屋にはなかった。白や黒のテキストや参考書の山と、赤い丸やバツがつけられた紙が散らばっているだけの部屋だった。フワフワしている物も可愛い物もない、地味で尖った部屋。それはキリ子の円みのない頬とシュッと尖った鼻筋とあごのようで、全体的に暗い印象を与えるものだった。黒い瞳と長く黒い髪の毛もその印象をさらに強くしていた。
勉強することが当たり前だったキリ子は、大量の時間を浪費するゲームをやったことがなかった。「ゲームをすること」は優しく立派な両親への裏切りであり、自分を諦めることだった。沢山の物を諦めた瞳は薄暗く、キリ子はいつも伏し目がちだった。
そんなキリ子の瞳に画面の中の黄色い星や花が映っていた。それはまるで丸くて黒いキリ子の薄暗い瞳に、炎を灯しているようだった。
キリ子は自分を励ましむりやり笑顔を作った。笑い慣れていないキリ子の笑顔はひきつっていたが、笑顔は勇気をくれた。「笑顔は、心身を健康にする。」この間講師が言っていた言葉を思い出して、キリ子は手の中にあるリモコンを動かしてみた。
カーソルを上下に動かそうとしても、「新しいゲームをはじめる?」しか選べないようになっていた。
「今日はじめてだから、新しいゲームをはじめる?以外は、選べないんだな。よし、やろう。」
キリ子は今度は迷うことなくボタンを押した。
最初の画面には、「アシュリー・グレイシャー」と書かれたキャラクターが立っていた。
スッと背が高く、白と薄い青を基調にした美青年だった。雪のように白い肌と、薄い青色の瞳は氷のように冷たく、同じく薄い青色の髪は腰まで伸びていた。眉やまつ毛は灰色で薄く陰があり、冷たさの中に廃退的な雰囲気をまとったキャラクターだった。
「おおーー、イケメン。でも、うーん、ちょっとイケメン過ぎるかな…。」
キリ子が左右に画面を動かすと、次に出てきたキャラクターは「コリー・ホズワルド」だった。
キリ子は言葉を失くし、「アシュリー」の画面にカーソルを合わせそのイケメンの画像を目に焼き付けてから、もう一度「コリー」の画面を見つめた。
「え?普通すぎない?いいの?これで?誰がやるの?コリー。」
キリ子はこみあげてくる笑いをこらえきれず、つい、声をあげて笑ってしまった。体の底から自然と湧いてきた笑顔は、キリ子の表情を明るくし性格を前向きにしてくれた。
そこに、突然新しいキャラクターが画面の真ん中に飛び込んできた。
「はじめまして、フローレンスお嬢様。僕は、エフだよ。」
エフはお辞儀をしてからウィンクをし、握手をするためにキリ子に向かって手を伸ばした。その手が勢いよく伸び画面のこちら側に届いたような不思議な感覚にキリ子は目を丸めた。
「君の名前は『フローレンス・ジェスス』。ジェスス公爵家のご令嬢で、16才だよ。僕は君の従者なんだ。なんでも頼んでね。」
エフは小さな子供のような大きな兎のようなキャラクターで口が大きいのが印象的だった。エフの円い瞳には主に対する敬慕が見て取れ、ニッコリと笑った笑顔には主への信頼と愛情が示されていた。
「フローレンスお嬢様は、これから王立高等学校で3年間を過ごすことになるよ。そこでは沢山の魅力的な男性と会えるから、楽しみにしててね☆」
エフは「フレーフレー、フローレンスお嬢様」と右手を掲げてから、両手でハートを作るとまたこちらにウィンクをしてきた。
「相手の好感度、「ラブ値」を100まであげるとゲームクリアになるよ。ラブ値を上げるには、相手に会って交流したり、手紙やプレゼントを送るのが一番だよ。たまに、何もしてないのに数値が変わるキャラクターもいるから気をつけてね。」
エフは今度は右手で一を作り説明をはじめた。
「もう一つのクリア方法は、フローレンスお嬢様の魅力値を相手よりも上げることだよ。魅力には、美貌、体力、知力、社交力の4種類があって、それぞれの最高値は10で、全部最高だと40になるよ。お嬢様の美貌は1、体力1、知力1、社交力も1だから、計4だね。ええっと、ディミトリ王太子の美貌は10、体力は8、知力7、社交力8かー。計33⁉うーん、お嬢様が王太子殿下を魅了するのは、ちょっとムリそうだね。まあ、そういうこともあるよ。あはは。でも、もしかしたら、訓練をたくさんすれば、大丈夫かもね☆」
エフはまた右手を掲げて「フレーフレー、フローレンスお嬢様」と応援をはじめた。
「恋愛の相手は一人だよ。だからまずは、誰を攻略するか決めてね。僕のおすすめは、コリーだよ。じゃあねー。」
エフがジャンプしながら画面から消えると、自動的にコリーの画面になっていた。
キャラクター画面では、キャラクターは左から右に回転していて左右前後からその姿を見れるようになっていた。その左右への動きが止まり、コリーが正面を向いた。そして、画面の向こう側にいるキリ子に話しかけてきた。
「こんにちは。俺はコリー。」
コリーの大きくて筋肉質な体はかなりの圧迫感があったが、白と黒の線だけで描かれたキャラクターは影が薄かった。さらに、声も、低くくもなく高くもない当たり障りのない声だった。
「俺を一度攻略しておくと、次のキャラクターを攻略する時に、俺は「君の友達」として登場する。「友達」は情報をくれたり、イベントを起こしてくれるから、絶対にいたほうがいい。」
コリーは顔を赤らめ少し照れながら熱弁していた。
「みんな、途中でお小遣いが足りなくなって困るんだ。そんな時、俺がいると、かなりの助けになる。」
キリ子は真剣な表情でコリーのことを見つめ、近くにあったメモ帳に「金欠→コリーに頼る」とメモを取った。
「このゲームがはじめての人には、最初に、俺を攻略することをおすすめする。」
そう言ってからコリーは一度お辞儀をすると、また左右に回転しはじめた。
生真面目なキリ子はコリーの説明を聞いて、真剣に悩んでいた。
「なるほど。コリー編がチュートリアルみたいな感じなのね。」
そして、もう一度コリーを正面から見据えてコリーの詳細をまじまじと観察した。
「見た目がな…。」
キリ子はイケメンが好きだった。この背が高いがっちりとした青年はとにかく地味で、アシュリーの繊細な色の使い方と比べると、ひどいとすら思えた。ただの黒と白のワンコのような青年。せっかく生まれて初めてゲームをするのだから、すぐにゲームオーバーになったとしてもイケメンキャラを攻略しよう、キリ子はそう考え一人で頷いた。
キリ子が「アシュリー」にカーソルを合わせると、画面の右上に【詳細】と書いてあるボタンがあることに気がづいた。
「あ、この【詳細】のボタン、押せるんだ。」
キリ子がぽちっとボタンを押すと、前の画面とは比べ物にならない量の字が現れた。そこには、キャラクターの名前や地位、年齢や身長などが書かれていた。
キリ子は上から順にその内容を目で追っていき、ある内容でとまった。そこには、
愛する人 フローレンス
ラブ値 100
と、書かれていた。
「え?さっき、確か、ラブ値100でクリアって言ってたよね?」
キリ子はエフの説明を思い返しながら、アシュリーのラブ値を何度か確認した。
「アシュリーは最初から、クリアした状態で始まるってこと?どういうこと?簡単なの?」
面白い内容の【詳細】に、キリ子はコリーの【詳細】も確認しようとコリーの情報をひらいた。
コリーの【詳細】画面には婚約者についての説明が書いてあった。
婚約者の有無 ラブラブな婚約者あり
またしても衝撃的な内容に、キリ子は画面を覗き込んだ。
「え?コリーには、ラブラブな婚約者がいるの?そんなコリーを私が攻略するの?」
今まで、白黒で色あせていてワンコのように思えたコリーが、急に、生身の人間のように思えてきてキリ子は決めた。
「略奪愛なんて、考えたこともない。やって、みたい。」




