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講師と私

作者: quo

ホコリ臭い部屋。この文学部の部室は倉庫というのが正しい気がする。


それでも部室としての機能は果たしていて、本が読める程度に陽の光が入り込んでいる。




陽が差し込み、夕刻の赤い日差しが入り込んでいる。


私は机を挟んで、男の前に座っている。赤い日差しは男の顔にへばりつき、表情をかき消している。



「いろいろと、親御さんを困らせたようだね。」




男は笑って言った。私は男を上目遣いに見るだけだ。


男は文学部の外部講師だ。大学の文学部を卒業して文芸員として働いている。この高校のOBだということで、ここにいる。懸賞に応募して、賞もとっている。彼が来た日、他の部員がおくる熱い眼差しを、いいまでも覚えている。賞金目当てで小遣い稼ぎに書いているとサラリと言った。




私は本が好きだ。一日中、読んでいたい。休み時間も、昼休みも、放課後も、休日も。そして家に帰っても。それを部活という名目をつけて正当化している。野球部員は家に帰ってもバットを振っているそうだ。私は十分に”部活”をしている。部活に入らずに、ただ本を読んでいる子ではない。親に心配させる事無く、本との時間を楽しんでいる。




しかし、厄介な事に、文芸部は部活の実績として文集を作らなくてはならない。本当に厄介だ。


目の前の男は、筆をとれずにいる私に言った。「書きたい事を書けばいいよ」と。投げやりな言い方だが、これが講師の最低限の仕事だ。






「ずいぶん、悩んだんじゃないか?最初は何だっけ。」


「はあ、鼻血が出るまで本を読みました。」




たくさん読んだ。好きも嫌いもなく、色々なジャンルの本を読んだ。夜通し読んだ。


授業中も読んだ。試験中にも読むに至って、生徒指導室に呼ばれることになった。




「それで鼻血は出た?書けたかな?小説。」


「書けませんでした。鼻血も出ませんでしたし。」




「次は何をしたんだったっけ。」


「夜通し歩きました。」




家に帰って夜を待った。親が寝たのを確認すると外に出た。夜通し歩いた。歩きに歩いた。靴ずれして足が痛くなって、コンビニの駐車場に座り込んだ。知らいない道、知らないコンビニだった。警察官に補導されるに至って、親にバレる。大いに怒られた。




「それで、小説は書けた?」


「はあ。月がきれいだっただけで、書けませんでした。」




酒を飲む。呑まれるまで。


さすがに居酒屋に入った瞬間に追い出された。仕方がないので、冷蔵庫から父親のビールを拝借した。




「それで、小説は書けた?」


「半分くらい飲んだら気分が悪くなって、吐きました。お酒は体質に合わないみたいです。」




全部、講師が書けなくなった時にやってきたことだった。


お酒に手を出した時、親に尋問された。今までやってきたことは、それを全部真似したと親に言った。親は学校に怒鳴り込んだらしい。




「おかげで講師をクビになったよ。いい小遣い稼ぎだったんだけどね。」




講師を困らせてしまったという気持ちは、微塵も浮かばない。全部、あんたが言ったことなんだから。迷惑を被ったのはこっちだ。


男は笑っている。私は泣きたい。文芸部を追い出されそうになっているし、文集のための小説は書けてはいない。




「君の話は面白いよ?エッセイにしたら?」


「どうやって書くんですか?」


「そうだね。まずは書き出しは静かな方がいいかな。”この部室という部屋は倉庫というのふさわしいって”って感じから、起承転結の起とする。」




講師は笑っている。楽しそうだ。




下校のアナウンスが流れ始めた。外の運動部も片付けをはじめている。




「じゃあね。」


「行っちゃうんですか?続きはどうすればいいんですか?」


「今日が最終日だ。鐘が鳴っただろう。お疲れ様。楽しかったよ。」




楽しくとも何ともない。人でなし。




日が沈んだ。暗くなり、急に冷え込んできた。書棚に並んだ本も店じまいだと言っている。




帰るとするか。




家に帰ってくるなり、玄関に鍵をかけられた。夕食を食べた。監視の目は厳しい。おかげで味がしない。


宿題よりも文集の事が気になってしょうがない。




しかたない。




白紙のノートを前にして、私は筆をとると書き始めた。


”男は講師だ。彼は私に、書けない時に、何をしてきたかを語った。”




こんなの、誰が読むんだ?でも、書くに越したことはない。締め切りも近いし。


私は書き続けた。筆は止まらない。気づくと朝になっていた。

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