記憶の整合。
ラクラ薬師が帰った後俺は横になっていた。父はロイックエン兄さんと仕事に戻り、母とストラスト兄さんとミシェレル姉さんはそのまま残って看病してくれた。
しばらく横になっていると『くーっ』と音がする。兄さんがお腹を空かせているようだ。
「ねえねえ、ストラ兄ちゃんご飯食べてきてー」
と俺が言うとストラスト兄さんは困った顔をする。ふふふっと母が笑うと兄妹に言った。
「そうね。交代でご飯にしましょうか。ストラは先に食べて。ついでにリョウに消化のいい食べ物を厨房のマスに頼んで欲しいの」
「わかったー。リョウ、あと欲しいものはあるか?」
「うーん。本てあるの?あれば読んでみたいの」
「本?俺たちが読んでた絵本が何冊かあるぞ。でも母さん、リョウには早いんじゃないかな?」
「三歳になったばかりだからねえ。絵本の読み聞かせしようかしら」
「すごいなー。リョウ、私が文字を勉強しはじめたのは聖別式の後よ」
ミシェレル姉さんが驚いた顔で言う。
「聖別式?」
「五歳の子供が誕生月に教会の式に集まってやる式のことよ」
「ふーん」
「じゃあリョウのご飯を用意してもらうように頼みながらご飯食べてくるよ。戻る時本を持ってくる」
「お願いね」
「じゃあリョウはゆっくりしましょうか。今日は疲れた?」
「ちゅかれた」
(あ、噛んだ)
「そう。お薬を今お父さんのお店の人が先生を送りながら取りに行ってるから、それを飲んでご飯を食べたら寝ましょうね」
「うん」
兄さんがご飯から帰った後、ミシェレル姉さんがご飯を食べて、その後お母さんがご飯に行った。俺のご飯が来るまで母さんと姉さんが絵本の読み聞かせをしてくれた。文字に共通点が無く、なかなか厄介だ。
(よく考えてみると言葉のヒアリングと喋りは問題なく行なえている。文字を覚えれば案外読み書きの方も上手くいくかもな)
あまりに夢中になって読んでいる為母さんと姉さんは驚いてるようだ。しばらくの間本を読みたいと言うと部屋に置いとくからと言ってくれた。
エスナさんが薬とご飯を持って入って来た。薬はガラス瓶に入っており、青い液体になっていた。これが本物のポーションかあ、と俺は感嘆しながら眺める。母さんが蓋を開けると俺の口に持ってきた。えーい、ままよ。と思いながら呑むと苦味が口の中に広がってきた。えずきながらなんとか飲み込む…これは大人でもキツいのかもしれない。
ご飯はパン粥とスープだった。パン粥は塩味だがほんのり甘い。スープも塩味だが優しい味付けで美味しい。何より鶏肉や野菜がふんだんに使われ具沢山だった。ご飯は残さず食べた。大人一人分には届かないが三歳児としてはかなり多めだろう。うちはそこそこの金持ちなんだろうな、と容易に想像がついた。
ご飯を食べるととたんに眠くなった。布団に横になり、目を瞑る。母さんが子守唄を歌ってくれている…暖かい家庭だ。俺は前世の疎遠だった家族の事を思い出す。こんなに世話された事は今まで一度たりとも無かった。それがとても、とても嬉しい。
そうこういう間に寝てしまったらしい。気づくと夢を見ていた。前世でブラック企業に勤めていた時に何度か見た事のある明晰夢だ。俺はベッドの横に誰か立っているのに気づいた。姉さんは横で寝ていて、母さんはベッドにもたれ寝ている。その人は黒髪で美しい女性でメイドの格好をしていた。メイドといってもコスプレ衣装ではない。俺の知識で言えばヴィクトリア女王の時代のシンプルなエプロンドレスだ。その美貌は冴え冴えとして、一見怖そうだが妙に温かさを感じた。
「リョウエスト・スサン様こと鈴本遼太様。記憶の整合に参りました」
「ありがとう。リーリシアさんの使いかな?」
「その通りです」
「今の俺の記憶と三歳の記憶を合わせる処置かな?」
「左様でございます」
「お願いするよ。何か影響はある?」
「そうですね…多少幼児に精神が引っ張られるかと」
「それは仕方ないね。それよりいくつか質問があるのだけど」
「私に答えられる事なら」
「ここってリーリシアさんの世界かな?」
「左様でございます」
「そうか…聖別式って何?」
「リーリシア様に能力とスキルを与えてもらう日ですね。幼児の死亡率がなかなか下がらないのでこのような形にしたとおっしゃっております。ちなみにリョウエスト様は聖別式にリーリシア様との会談が控えておりますのでお忘れなく」
「そうなの?わかった。会えるんだね。それはそれとして俺の背中には何があるの?」
「背中ですか?拝見いたします。なるほど…転生時になんらかの事故に巻き込まれて傷がついております。それをリーリシア様の神力で治した為、聖痕となっておりますね。聖痕は聖人の証です。教会で手厚く保護されるでしょう」
「それは嫌だなぁ。なんとかならないかな?」
「リーリシア様もそんな事は望んでいないと思います。聖別式の時になんらかの処置をしていただけるよう伝えておきます」
「ありがとう」
「あまり時間もありませんのでそろそろ処置に移らせていただきたく思いますがよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
「では、参ります。またお会いできる事を楽しみにしております」
そういうと俺の額に人差し指を当てる。俺の意識が浮かび上がる感覚がすると、俺の視界が暗転し、意識が遠くなり、最後には何も感じなくなった。