ラクラ薬師との出会い。
テミス司祭が去ってしばらくするとストラと呼ばれた兄が一人のおばさんを連れて部屋に入ってきた。おばさんはいかにもローブを着込み、魔法使いのようだ。
「ラクラ薬師!よく来てくれた。先程テミス司祭が来て治療したところだ。薬の処方を頼む」
「あいよ。ハッセルさん。この子かい?」
「ああ、末息子のリョウエストだ。先程まで重度の混乱状態に陥っていた」
「おやまあ、混乱状態って。ふふふ。坊やは冒険者かなんかかい?そうは見えないねえ。珍しい」
冒険者!いるのかやっぱり!
「ラクラ薬師、何故かわからないが息子はそうなっていたんだ。テミスの診断だから間違いはないだろう」
「そうなのかい。この子は初めて診るねえ。他のお坊ちゃん、お姉ちゃんはしょっちゅう病気にかかっていたのにねえ」
「そうですね。健やかに育ってくれたから私たちも驚いたのですよ」
母はそう答えた。
「じゃあそれも含めて一度診察しようかねぇ。誰か、水を一杯このたらいに汲んできてくれないかね」
「それは私が」
エスナと呼ばれた女の子がたらいを持って外に出ていった。
「さてさて、坊や。いつからおかしくなったか教えてくれるかね?」
「夜から?」
「夜からかい。なるほどなるほど。それまでごはんはちゃんと食べられたかい?」
「わかんない」
「食べてましたよ。この子は食べることが大好きな子で、きちんと二食食べてました」
母が答える。父もうんうんと頷いている。兄達は顔を見合わせて笑っている。そんなに食いしん坊だったのか、俺。
「あとはたらいが来てからだねぇ。そうそう、坊や、まずこれを飲みな」
ラクラ薬師は懐からコップに入った温かいお茶を俺に渡した。俺は驚いた。だって突然目の前に出てきたもの。
「ラクラ薬師?何処から出したの?」
「おや?坊やは『収納』ははじめて見るのかな?」
「まだ混乱してるのだろう。私もロイックエンもストラストも持ってて何度も見せてとせがまれたからわかっているとは思うが。リョウ、私たちが持ってる『収納』スキルとラクラ薬師の『収納』スキルは同じだよ」
ああ、小説によく出てくるアイテムボックスみたいなものか。ここはそういうスキルがいっぱいあるのかな?
「みんな持ってるの?」
「いや、リョウ、前説明したかもしれないけど『収納』スキルは買えるんだ。かなりの値段はするけど持ってる人はそれなりにいるよ」
ロイックエン兄さんが説明する。
「ふーん。そうなんだねえ」
「あんまりわかった風じゃあないね。そらお茶を飲みな」
「うん」
俺はラクラ薬師にお茶をもらって飲んだ。苦っ。
「よく我慢して飲んだね。僕はなかなか慣れなかったよ」
ストラスト兄さんが言う。確かに子供には苦手な味だと思う。
「お待たせしましたー」
エスナさんが水を持ってくる。
「よしきた。それじゃあ本格的にやろうかね」
ラクラ薬師は手を洗う。
「神よ、手を綺麗にしておくれ『清浄』」
そういうと手が発光して綺麗になったようだ。◯ャイニング◯ィンガーかよ、と思ったが口に出さないでおいた。
それから触診が始まった。脈をとったり、目を見たり、口を開けたり、両手を上げたり下ろしたりした。
「なるほどなるほど。ハッセルさん、これはテミス司祭の見立てが正しいね。この症状は何件か診た事があるがそれに似てるさ。テミス司祭は何て言ってたのかい?」
「外的要因かもって」
「うん。その可能性は高いねえ。子供は柔軟だから身体にダメージが入る程の混乱は起こらないはずなのさ。魔術の『混乱』を受けるか、夢魔系の下級悪魔に狙われたかすればこの症状は出るだろうね」
うーん。ラクラ薬師もテミスさんも間違ってるよ。これは多分転生した記憶が混乱を引き起こしたんだよ。
「わかった。こちらで対処は考えよう。知り合いの魔術師に相談してみるよ」
「それが良いねえ。坊や、昨日は眠れなかったかい?」
「うん」
「じゃあお薬を出そうかね。頭がクラクラしなくなるお薬とぐっすりと眠れるお薬だよ。一週間夕ご飯前にお飲み」
「わかったー」
「あとは背中とお腹を診よう。健康診断だよ。これは無料にするよ」
「すまないなラクラ薬師」
「良いってことよ。お嬢ちゃん、坊やの服を脱がしてやんな」
「はい」
俺はミシェレル姉さんに手伝ってもらって上着を脱いだ。早速ラクラ薬師は触診を始める。
「ふむふむ。お腹は何の問題はないねえ。背中は……何だいこの傷痕は?もしかして、あんたら…」
「ラクラ師、それは産まれた時からあるアザなんです。私たちもそれが不思議で」
母が答える。
「それにしたって不思議なアザだね。まるで獣に引き裂かれたかのような痕じゃないか。これは…もしかして……テミスの坊ちゃんは知ってるのかい?」
「その可能性もあると言ってました。五歳の聖別式でわかると言ってました。我が子が教会に取られるのは嫌なのでテミス司祭と相談してそうなら隠し通そうと決めてます」
「それが良いだろうね。まあ違う可能性の方が高いから今から気にすることではないさね。さて、背中も問題なし。坊ちゃん、今日はゆっくりお休み」
そう言うとラクラ薬師は俺の頭を撫でて部屋を出ていった。