日本じゃなかった。
目を覚ました時、俺はひどく狼狽した。目の前が真っ暗だったからだ。俺が普段寝ていた病室は夜でも廊下から光が漏れており、起きても安心だったが、ここは真の暗闇で全く周りが見えず俺は思わず叫びそうになった。
耳を澄ますとカチャカチャと何かの音がする。それが怖くて俺はブルブルと震えた。布団を手繰り寄せ被る。横から息遣いを感じる。俺はずっと一人暮らしだったし、病室も個室だったから誰かと一緒に寝たのも幼少期以来だ。
それから俺はまんじりともせず朝を待った。怖かったが布団を少しだけめくり、状況を判断しようとする。少し目が慣れてくると周りの状況がわかってきた。ここは寝室のベッドの上で隣には女性がいる。窓は雨戸のようなもので塞がれているから真っ暗なんだとわかった。漆喰を塗ったかのような白い壁。家具類は少なそうだ。
もしや、と思い俺の身体を確認する。手は幼児そのものの手だった。やっぱりそうか。
俺は転生したのだ。
俺はリーリシアさんとの話を思い出した。転生してすぐには記憶を取り戻す事がない。ある程度大きくなってから記憶を取り戻すという話だったな。それが今なのだろう。とりあえず転生出来てよかったなぁ…また人生をやり直せるって最高じゃないか。身体を弄る。男のシンボルが付いていた。やった!男だ!そう考えると安心した。安心すると途端に眠気がおそってきた。
そして俺はそのまま寝てしまった。
次に目が覚めると俺は濡らしたタオルか何かで顔を拭われていた。心配そうにこちらを覗き込む顔がある。西洋風の顔立ちで金髪の可愛い感じの女の子だった。横には同世代であろう女の子が立っている。髪は茶色で同じく西洋風の顔立ちだ。意識がはっきりしてくると、この顔を拭ってくれている外国人の女の子は自分の姉なのだとなんとなくわかった。
「お姉ちゃん、ここはどこ?」
思い切って質問する事にした。舌足らずの声が出て自分でもびっくりする。幼児だから仕方ない。
「あなたの家よ」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよね?」
「そうよ。あなたの姉のミシェ姉よ」
「そっかあ」
俺はどうやら外国人の生まれか、外国人とのハーフらしい。よく見ると俺の前髪がキラキラしている。
「まだ夢を見ているようね。ご飯まで時間があるから着替えて散歩しましょうか」
「散歩?」
「そう、散歩よ。お庭を歩くの」
「うん」
「じゃあエスナ、手伝って」
「はい」
部屋にいたもう一人の女の子と共に着替えさせられる。マネキンになった気分だ。変わった様式の服に着替えると手を繋がれ部屋を出る。木造の一戸建ての建物のようだ。木がふんだんに使われなかなか渋い。廊下の窓ガラス越しに外がチラリと見える。西洋風の建物の外観だ。なかなかオシャレじゃないか。と思うと共に疑念が生まれる…もしかして。
毛皮っぽい子供用のブーツを履かされ外に出る。さらに疑念が深まる。庭っぽい所に出るとそこには写真で見た事のある手押しポンプが目に入る。これはもしかして。慌てて家を振り返るとあるはずのものがない…電線がないのだ。マジか。俺が混乱していると横から男の声がかかる。
「お嬢様、坊ちゃんおはよう」
「おはようございます」
「お、おはよう」
そちらの方へ振り向くと男が立っている。男の格好は西洋風の戦士のような格好だ。鎖帷子だろうか、そのような鎧を着てトイレ掃除の時には使うような長い手袋をし、某アメコミのヒーローのような盾を左手に持っている。何より目立つのは左腰に付けている剣だ。
「坊ちゃん、どうしたんだい?」
男が俺の顔を覗き込む。男は浅黒く日焼けしたような顔立ちだが、髪の色が青黒かった。そして…そして頭の上には獣の耳が生えている。
「やっぱり…やっぱりファンタジー世界かよー!」
と俺は叫んで膝から崩れ落ちた。色んな情報が入ってきて俺の頭はパンクしそうになっている。目の前がクラクラする。立ってられずに姉ちゃんに縋り付く。お姉ちゃんは俺を抱き上げる。抱いてもらうと俺はその体温を確かめるように眼を閉じた。