僕のはじまり。
僕は明け方目を覚ました。ミシェ姉さんは横で寝ていて、お母さんは相変わらずベッドにもたれかかって寝ていた。僕は二人を起こさないようお母さんに僕の布団を掛けてあげた。
昨日一日で起こった事は整理がつき、今の僕はすっかり良くなっている。昨日会ったメイド服の人にお礼を言わなくちゃと思ったが、名前を聞くのを忘れていた事に気づいた。またお会いできる事を楽しみにしてます、と言っていたからきっとまた会えるのだろう。
聖痕ってキリストが負った聖なる傷痕の事だよなぁ。スティグマって僕の住んでいた地球では『烙印』と言われて犯罪者や特定の病気の患者にレッテルを貼る意味があるのだけど、大丈夫なのかな?聖人として崇められるってどうなんだろう?教会に手厚く保護されるって嫌だなぁ。気をつけなくちゃ。
聖別式、楽しみだなぁ。またリーリシアさんに会えるのだ。そう考えてみると幸せを感じる。日本じゃなくてこっちで良かったのかもしれないとも考えてしまう。自分自身結構単純だなぁと思う。
記憶が整合した事で自分の素性がわかった。僕はリョウエスト・スサン。リョウエストの由来は古い時代の英雄と聖人の名をくっつけたらしい。父の父、つまりはお爺さんは蒐集家で古い時代の遺物や書物を集めていてそこに出てきた人物らしい。お爺さんは僕の名付け親だがまだ会った事はない。元気でいてくれれば良いな。
家はコリント王国と呼ばれる国のルステイン伯爵領領都ルステインのセス大通りにある老舗の大店スサン商会だ。父、ハッセルエン・スサン(35歳)が商会長を勤めており、繁盛しているらしい。らしい、というのは本人申告なので僕にはわからないからだ。
母ハノン(?歳)は元々伯爵麾下の騎士爵の娘でお父さんとは恋愛結婚だったそうだ。こちらのお爺様とお婆様には良くお会いする。お爺様は現在伯爵騎士団の副団長を勤める強い人らしいそうだが、僕の前では甘々なお爺様だ。
長男のロイックエン・スサン(17歳)は現在商科学校(商業高校のようなものかな?)に通いながら家の仕事を手伝っている。父や商会幹部に教えを請いながら着実に成長していると父が言っていた。
長女のミシェレル・スサン(15歳)は初等学校(小中一貫校?)を出て現在花嫁修行中だ。お見合い相手が殺到しているが現在お父さんとお母さんでふるいにかけている最中らしい。
次男のストラスト・スサン(12歳)は現在初等学校に通う学生だ。どこかおちゃらけた雰囲気をかもしだす兄だが将来父の仕事を手伝いたいと言い、真面目に勉強に励んでいる。
そして僕、リョウエスト(3歳)だ。元気いっぱいのやんちゃ坊主で、お父さん、お母さん、兄姉たちに甘やかされて毎日過ごしている。家族全員が歳の離れた子供を目の中に入れても痛くないほどのかわいがり様だ。父母は好きなように生きろと常々言っている。
そう言われているがまだ幼すぎて今までの僕は意味がわからなかったようだ。好きなように生きる=商会を手伝わなくても良い=独立独歩で生きろよ、という事だ。僕は早い事やる事を見つけなきゃならないかもしれない。
それに、僕は甘えてばかりではいられないと思う。なんせ創造神様とリーリシアさんに新たな人生を与えられた身だ。人任せにしないで、人のせいにしないで今度の人生は自分の力で切り拓いていこうと思う。今日から努力を始めよう、そう決めた。
蝋燭を持ってエスナが部屋に入って来た。エスナは14歳で田舎の街から出てきてうちの商会で行儀見習いをしている。家にはバトラーとハウスキーパーのベントフ夫妻がいるが、昨日は忌引でお休みだったから大変だったろう。いつものようにエスナは窓ガラスを開けて、鎧戸を開けた。そして振り返って母がいる事に気づきギョッとしていた。それがおかしくて笑いながら
「エスナ、おはようー」
と声をかけた。
「おはようございます。どうされたんですか?」
「うーん、わかんなーい」
と僕は答える。三歳児は難しい事は説明しないのだ。
「お嬢様を起こしてかまいませんか?」
というので許可すると、ミシェ姉さんをいつもの様に起こした。ミシェ姉さんは起きると
「おはようー。あれ、お母さん、寝ちゃったの?」
と僕に聞く。
「んーとね、起きたら寝てたの」
と僕は答える。
「そうかー。起こさないとね。お母さん、お母さん。朝よー」
お母さんは起きる。お母さんはハッとして僕に抱きつく。
「あー。可愛いリョウ、夜怖い事なかった?身体は大丈夫?」
「わかんないけど元気だよ」
「あー。良かったわー。リョウ、顔を洗ってごはんにしましょうね。ミシェも昨日は遅くまでありがとう」
「ううん。私も心配だったから」
僕は母に抱かれながらその温もりを感じていた。努力もするけどもう少しだけ、こうして母親に甘えられる時間を大切にしようと思った。