8話
「でも、やっぱり通報だけでもさせてくれる?」
「確かに、魔物は野放しにはできないしな」
辺りをうろうろ見回す。
「お、珍しくあった」
勇真は公衆電話を見つける。
「スマホから連絡すればよくない?」
「スマホから個人情報分かるかもしれないから、公衆電話なら探られないかなと」
「こんなときに、俺のこと気にしないでいいのに」
「今度こそ記憶操作の魔法失敗して、廃人になりたくないからな」
優魔から専門の部署の電話番号を教わる。
「あ、財布お前持ってないよな」
「入ってる鞄置いてきちゃった」
「ズボンのポケットにまだ入っているかな」
勇真が勇真の体のポケットに手をつっこむ。
100円玉1枚と10円玉1円玉数枚が入っていた。
「よし、これだけあれば何とかなるな」
「え、これだけ?赤志さん、生活できるの?」
優魔は顔を引きつらせる。
「さっき買い物した分のお釣りなだけだから。財布にはまだいくらか入ってるし、明日には給料入るし」
むきになって、言い返す。
番号を打ち込む。
「すみません。はい、はい。実は魔物の気配を感じるお屋敷がありまして。住所は…」
つらつら話していく。
ガチャンと電話を切る。
「特に名前とか聞かれなかったぜ。やっぱり、時間はかかるみたいだけど」
そして、彼らは屋敷へと入っていく。
朝と同じように扉を開くが、この数時間で立てつけが悪くなったのか、さびついているのか、ギギッと大きな音が響く。
明かりをつけようと、スイッチを押すが、つく気配がない。
「さっき、仕事をしたときはついたのに」
「夜になったから、魔物にこの場が支配されたのかもしれない」
「魔物って、夜行性なんだな」
「昼間にも動けるものはいるけどね。でも、夜の方が威力を増すのは確か」
暗闇のなか歩いていくと、優魔の顔にべたりと何かがついた。
「蜘蛛の巣じゃん。やっぱり、背が高い分、掃除できてないところは引っかかるんだね」
手でパタパタ取り払う。
「今日引っ越し作業のあと、掃除もしたんだけどな。廃屋になってそんなに立ってないし、綺麗な屋敷だから取り壊すの勿体ないからって、このまま売りに出すっていうから」
「今回の件は魔物さえ倒せば、確かにこの屋敷は使えるけど。でも、ポルターガイストが起こる幽霊屋敷をそのまま使おうとするとか、肝が据わりすぎてない?」
優魔は苦笑いするしかない。
「家財はだいたい持っていたから、影になるようなところはないはずなんだよな。だから、部屋をしらみつぶしに探せば見つかるはず」
二人は廊下を進んでいく。
1階では見つからなかったため、2階へと上がっていく。
「とりあえず今のところ、魔物も見つからないな」
「でも、見えるの勇真さんだけだから、油断しないで」
優魔は見えないなりに、辺りを気配で探っている。
「魔物って、本当に恐ろしいんだから」
「お前、遭遇したことあるんだな」
「うん。海外では、遠目にいるのは通報したこと何度もあるし。日本にいたとき、襲われたこともある」
「…あのこと以外にも、恐ろしい事件は日本でも起きてたんだな」
勇真がぼそりとつぶやく。
「あのことって、日本で大変なことでもあった?」
「お前が知らないなら、いいよ。あれから10年も経つし、海外じゃ詳細あまり知らないだろうしな」
「10年前って、ちょうど住んでいたときだ。まあ、魔物に襲われたから、海外に移住することになったらしいけど」
「…そう」
優魔の言葉に何か心当たりがあったようだが、優魔にそれに気づかない。
「それで、危険だと思っていた日本に何で戻ってきたんだよ」
「探している人がいるんだ」
「探している人?」
階段を上がりきり、前を進んでいた勇真が振り返る。
「魔物に襲われたときに助けてくれた魔法使い」
「魔法使い…」
「子供の頃だから、記憶はあやふやだけれど、魔物がみんな見えていたから、魔法使いの集まりかなんかだったと思う。大人も子供も関係なく襲われて。親ともはぐれて、たまたま少し年上のお兄さんにかばわれながら、動いていて。怪我もしていたから、大泣きしていて。でも、周りも助ける余裕なんかなくて」
そのときのことを思い出す。
倒れて、瓦礫だらけの街。
ところどころに炎も揺らめき、煙も出ている。
瓦礫の下で動けなくなっている人や壁にもたれかかっても人もいる。
そんな街中を小学校高学年くらいの少年と幼稚園くらいの少年が怪我した足を引きずりながも歩いている。
顔に血を流している箇所や、土埃で汚れたりしている。
「あまりにわめくから、その声に魔物も寄ってきて、まさに襲われるって思ったんだ」
黒い二足歩行で歩く大人の背丈ほどの生き物が、刃が付いた腕を振り下ろす。
少年たちは絶体絶命とばかりに、目をつぶる。
「そのときに、やってきたのが赤い魔法使い」
「…赤い魔法使い?」
「顔もよく見えなくて、俺が覚えているのは赤い服着ていたくらいなんだ」
少年たちの前に降りたつ全身を赤で纏った青年。
青年がその生き物を突き飛ばし、距離を取る。
顔は太陽の反射で見えていない。
「もう大丈夫って、頭を撫でてくれて。そのとき、俺は安心して気絶したみたい。目が覚めたときはもう全部終わっていた。たったそれだけの記憶しかないけど、その魔法使いは俺にとっての命の恩人だから。だから、その人を見つけて、ありがとうって言いたいんだ」
優魔は照れくさそうに、はにかむ。
「ふ、ふーん…」
顔を見せないように、ばっと前に向き直す。
「そういえば、お兄さんはその魔法使いの名前知っていたみたいだったけど、何て言ったっけ?」
「ほら、話してばかりじゃなく、探すぞ!魔物に見つかる前に、ここを出ないといけないんだから」
「う、うん…」
話を終わらせんばかりに、早口でまくしたてる。
その慌てる反応に疑問を抱くが、勇真の言う通りだよな、と優魔も捜索を続けるのだった。