7話
全く人気のない真夜中の街を、二人は駆けていく。
「さっきも聞いたけど、そこってそんなにやばいところ?」
「ああ。俺は霊感なんて持ってないから、幽霊とかは見たことないが、それでもあそこにはやばい奴が住み着いていると感じたよ」
向かいながら走る勇真の顔つきは真剣そのものだった。
いるであろう井上が、昼間にいた誰かは分からないが、それでも関わったことのある人が、翌朝冷たくなって見つかるのは後味が悪い。
まだ無事であることを祈る。
そのとき、ぞわぞわっと昼間に感じた以上に寒気を感じた。
これ以上近づいたら、命に関わるような。
思わず、行きたくないと思ってしまい、足がすくむ。
「どうした、赤志さん」
足が止まっている間に、進んで行った優魔が振り返る。
「分からねえけど、昼間にいたものがより強く恐ろしく感じる。深夜になっているからか?」
「確かにゴーストとか夜本番だよな。俺は何にも感じねえけど」
勇真の様子から、本当に恐ろしいものがいると実感するが、優魔は何にも感じないので、不思議だった。
「優魔は見たことねえの?よく魔法学校とかじゃ、ゴーストとか出るけど」
「いや、全くないな。魔法学校にゴーストが出てくる表現って、結局フィクションにすぎなくて。魔法と霊感は別物にすぎないというか。海外のオープンキャンパスとか行ったことあるけど、ゴーストがいる様子とかなかったな」
「じゃあ、お前の感覚が異様に鋭いのかもな。鳥肌立っているし」
「自分でそう思ったことないけどな」
自分の体を違う人が使うことによる感覚の違いに首をかしげながらも、前に進んで行く。
勇真は、恐ろしさに抵抗しながら向かうので、息切れが激しくなる。
「着いたぞ、ここだ」
幽霊屋敷といっても昼間は普通の屋敷に見えたが、夜は印象が変わる。
烏が鳴き、蝙蝠が羽ばたく音が響き、全体がおどろおどろしい雰囲気となっている。
見た目もだが、感じていた恐ろしさも最高潮へと達していた。
「確かにここまで来たら、俺も何かいるなって、感じる。これが本来の赤志さんの感覚ってことだよな」
「そうだな。でも、優魔のと比べたら、零感に近かったのかもな。あまりの恐怖で、黒い霧が出ているように見える」
勇真の視界には、雷でも鳴ったら完成しそうな、黒い霧で覆われた屋敷が映っていた。
「黒い霧!?赤志さんには見えているんだな?」
優魔は心底驚き、目を丸くした。
「っくそ、ここで魔法使いと一般人の視界の差に気づかされるなんて思わなかった!」
ぐっと噛み締め、悔しがる。
「優魔、何か分かったのか?」
今度は自分の気づかない異常事態があるのだと気づく。
「赤志さん。この屋敷にいるのは魔物だよ」
「魔物って…」
さんざん魔法というファンタジーな話をしてきたが、またしても異世界モノのライトノベルに出てくる存在を耳にして、訝しく思う。
「フィクションに出てくるから、だいたいのことは分かると思う。だから、今俺たちの暮らす世界での言葉として説明するから」
勇真はうなずく。
「だいたい『魔』がつくものは魔法がこめられていると考えていい。それで、人間以外の魔力のある動物は魔動物。だいたい保護されるけど、そこらに飛んでいる鳩や烏が実は魔動物でしたということは珍しくない」
「思ったより、ファンタジーは身近だった…?」
「それで、ここにいる魔物ってのは、人を他の生物を害することしかない生物だ。傷つけることが本能だから、分かり合えることはない」
その話を聞いて勇真が思い出したのは、ここが幽霊屋敷になるきっかけとなった殺人事件だった。
「ここの持ち主、残虐なやり方で殺されたらしいんだ。もしかして…」
「魔物の仕業だな。もう殺しまでやっているとなると、ますます手強い」
優魔は顎に手を当て、考えこむ。
「魔動物だけとか魔物だけの種族はあまりいなくて、同じスライムでも透明なのが魔動物、黒いオーラがあるのが魔物と区別されている」
勇真が改めて屋敷を見直すと、黒いオーラがあふれんばかりに出ていた。
「だから、魔物だって判断できたのか」
「そう。そして、これが一番大事なんだけど、魔物だけは魔法使いしか見ることができないんだ」
「え…」
「だから、赤志さんという一般人になった俺には見えなくて、卵とはいえ魔法使いの体になった赤志さんには見えるってこと」
あまりにも衝撃的な事実に、勇真は目を見張った。
「まあ、感覚が鋭い人は気配くらいなら感じるけどね。赤志さんの体になっても、いることは分かるから。でも、見ることができるなら、たとえ少量でも魔力がある人、魔法使いってこと」
「じゃあ、中にいるかもしれない、井上って一般人だよな。見えない敵に襲われて、危険ってことか?」
「俺は井上って人に会ったことないから分からないけど、魔物がいるって分かって、ここに行こうとは思わないから、一般人だと思う」
「助けに行かないと!」
勇真は走って、中に入ろうとする。
「駄目だ、赤志さん!」
優魔は、勇真の腕をつかんで止める。
「離してくれ、優魔。あの中に苦しんでいる人がいるなら、助けないと」
手を振りほどこうとするが、子供と大人の体格差や、勇真の体の怪力さも相まって、びくとも動かない。
「助けに行って、どうするんだよ」
その言葉で、一瞬止まる。
「赤志さんが屋敷全体に黒いオーラが出ているっていうなら、それほど強大な魔物だってことだ。そんなのまだ魔法使いの卵な俺に太刀打ちできる訳がない。ましてや、今の俺は一般人の体になったんだ。体は多少丈夫かもしれないけど、見えもしないから何もできない。それに、赤志さんも魔法使いになったからって、魔法の使い方なんて分からないだろ!俺の、非力な体でできることなんてないよ」
「じゃあ、どうするんだよ…」
掴まれた手を振り下ろす。
無力な自分を悔やんでいたから、優魔の力も緩んでいた。
勇真は言われて気づいて、うつむいている。
「専門の部署に通報する。もともとただの魔法使いに対処は難しいから、そうするのがルールだから」
「お前、上の人間には知られたくなかったんじゃないのかよ。魔法使いと一般人が並んでたら、バレるだろ」
「そうも言ってられないから、ちゃんと俺から説明する。魔法のこと全く知らない赤志さんを一人残すなんてことできないから。それに、専門の人たちなら、入れ替わりの解除方法とか知っているかもしれないし」
優魔は力なく笑う。
立派な魔法使いになるために、失敗は隠し通したかった。
でも、人の命がかかっているときにそんなことは言ってられない。
こうして、勇真と出会わなければ、幽霊屋敷のことを知ることもなかっただろうが、これ以上一般人であった勇真を魔法の世界に巻き込む訳にはいかない。
「それで、いつになったら来るんだ?」
「日本の本部がどこだか分からないけど、部隊引き連れないといけないレベルだから、数時間はかかる…」
「それじゃ、間に合わないだろうが!」
勇真は慟哭する。
血走った目をギラギラにらみつける。
自分の姿なのに、優魔の目には勇真の姿が重なる。
「そうかもしれないけど、俺たちが行っても、死にに行くだけ…」
「そうだよな。俺が勝手に行って、優魔の体を傷つける訳にはいかない」
「俺が言いたいのはそういうことじゃ…」
「でも、こんなそばで死ぬかもしれない奴がいるのに、何もできなかったら、俺は死ぬほど後悔するから」
激しさはまだ残っているが、少し落ち着いてきて、優魔をまっすぐ見つめる。
「魔物を退治しようとなんか思っちゃいない。ただ、井上を見つけて、この屋敷から引きずり出したいんだ。それだけでも、駄目か?」
「うっ…」
涙腺が緩い優魔の体で、普段はあまり泣かないので無自覚ではあるが、目に涙をうかべ、体格差があるため、上目遣いになる。
(これは、俺の体なのに…!)
自分である程度の顔の良さは自覚していたものの、俯瞰して見る機会などなかったので、破壊力があることを改めて知った。
(もしかしたら、中身が赤志さんだからかもしれないけど)
「分かった。でも、俺も着いていくから。見えない分、足手まといかもしれないけど」
「いや、魔物のことは知らないから助かる。視界の分は、俺がサポートするから」
こうして、二人は入る決意をした。