4話
それからしばらく経ち、少年は眠っていた。
「んんっ」
少年の目が覚める。
「俺、何で寝ていた?」
首をかしげながらも、今までのことを思い返す。
「確か魔法使いだというガキと話して、一般人の俺が魔法のこと知っているのがまずいからとあやふやな記憶操作の魔法をかけようとして…」
そこまでで記憶は途切れている。
「失敗したってことでいいのか?俺は赤志勇真。29歳のフリーターで、10年前までは…」
「今、そんなことしているゆとりないんだけど」
声がして横を向くと、顔を両手で隠し覆ってうなだれる青年がいた。
「あんた、いつからいて…。そういや、近くにガキがいなかったか?」
「ん!」
青年は、ドアが開けっ放しになっている洗面所を指さす。
「あんたも行ってきて」
「え?いや、別に今は行く用事はないが…」
「顔でも洗ってさっぱりすれば、この異常な状態に気づかない鈍い頭も冷えるんじゃない?」
「は、はあ…」
命令するような口調に急かされるように、少年は洗面所に向かっていく。
「何だかあの魔法使いみたいな話し方だったよな。多分あの人、俺と歳近いんだろうけど。そういや、あの人と服装似ているというか、全く同じだったような。確かに、安いどこにでも売っている服だけどな。ってか、また不法侵入してきているし」
ぶつぶつ文句を言っているうちに、洗面所に着いた。
「あ?誰もいねえじゃん。」
中へとすたすた入っていく。
「顔洗えって言われたことだし、洗ってから戻るか。さっきまで地面に転がされたから、土も付いているだろうし」
そして、洗面所の鏡を見る。
「はあ!?」
驚きで大声を上げてしまう。
鏡の端をつかんで、顔を近づける。
「この顔って、あの魔法使いの…!」
鏡から数歩ほど下がり、首の下を見る。
肌の色はほどよく日に焼けたアジア圏特有の黄色ではなく、全く日を通していないような真っ白さ。
装束も全体的に真っ黒な、先ほどまで魔法使いらしいなと思っていたもの。
「声もいつもの俺じゃねえ」
あーあー、と確かめる。
「何でさっきまで気づかなかったんだよ。鈍すぎだろ、俺」
洗面台をつかみ、うなだれる。
そして、先ほど洗面所に行くように促した青年の言葉を思い出す。
今の勇真が魔法使いの少年の姿ならば、先ほどの青年の正体は。
洗面所を飛び出し、居間にいる青年を見る。
先ほどの青年は、もう手を覆っていない。
「やっと、気づいたか」
口調から呆れを隠しきれていない。
青年の顔も体も、勇真の視界に入る。
その姿は、赤志勇真そのものであった。
勇真は勇真の姿の人物の隣に座り込む。
「お前、魔法使いでいいんだよな」
「そうだけど」
はあ、と大きくため息をつく。
体格の大きな自分がため息をつくだけで、こんなに迫力があったのかと眺めている。
「お前、俺より早く目が覚めたんだよな?」
「うん」
魔法使いは数分前のことを思い出す。
魔法使いは目が覚めたとき、頭がぼうっとしていた。
(今の白い光は何?まだ、目の前が白いもやのように見える)
ぐっと起き上がる。
(あの衝撃で倒れたのかな。痛みとかはないけど、熱っぽくて、頭がぼうっとする)
魔法使いは壁にもたれかかる。
(初めて唱えた魔法だから、魔力コントロールできなくて酔ったのかな)
まだ、ぼやけた視界ながら、隣に倒れている人影があるのが見えた。
(記憶操作に成功したか失敗したか分からないけど。でも、俺が魔法で倒れたなら、魔法が使えないこの人は俺よりも目が覚めるのは時間がかかるはず)
床に手をつき、立ち上がる。
「顔洗って、さっぱりしてこよう」
もう素直に上の人に頼るしかないなと考えていた。
これ以上失敗を重ね塗りする訳にはいかない。
(しかし、声かすれているのか、すごく低くなってる。気づかないだけで、俺風邪ひいていたのかな)
よたよたもたつきながら、洗面所へと向かう。
居間から出て、すぐの扉を開いたら、洗面所があった。
中に入り、鏡を見る。
「え…」
魔法使いは見えたものが信じられず、目を見開いた。
「おっさん、もう起きていたのかよ」
現実逃避ながらにつぶやくが、鏡に映る姿は今自分が言ったのと同じように口を動かしている。
気分の悪さから猫背になった背を真っ直ぐ伸ばすと、いつもより目線が高いことに気づく。
夏が始まりかけた夜の蒸し暑さにきつかった体全体を覆う真っ黒な服装も、半袖ジーンズとシンプルで涼しいものになっている。
「この声はあのおっさんのか」
喉に手を当てる。
「じゃあ、早く行かないと」
まだ、ふらつきながらも、洗面所から抜け出し、居間に向かう。
「よかった、まだ起きていない」
先ほどよりはっきりした視界には、魔法使いの姿があった。
「でも、この状況で記憶どうのこうの言っている場合じゃないな」
話し合おうと、魔法使いの姿になっている勇真を揺り起こそうとするが、全く目が覚める様子がない。
「何で魔法使いの俺の体より、一般人のこのおっさんの体の方が起きるのが早いんだよ」
はあ、と大きくため息をつく。
精神的に疲れたので、自分の体ではあるが、床に転がしたままだった。