2話
「今日は疲れたなあ」
勇真は缶ビールをぐびぐび飲む。
今回の仕事場は、勇真が住んでいるアパートの近くであり、帰り道の途中にあるコンビニエンスストアがあるので、そこで夕飯やお酒を買った。
コンビニから、真っ直ぐ家に帰る。
色あせた壁の古いアパート。
トタンの階段をカンカン音を立てながら、上っていく。
ドアを開け、部屋の明かりをつけると、しかれっぱなしの布団とレビ袋にまとめられているゴミが散乱としている。
「燃えるゴミの日にまではまとめておかないとな」
頭をガシガシかく。
エアコンはついてはいるが、電気代のことを考えると、安易につけられない。
窓を開けると、生暖かさを感じるものの、風が流れているので、夜風で済ませることにした。
すっかり夜になり、真っ黒になった空には雲一つ浮かんでおらず、満月が白く輝いている。
これだけでも明るいと、電気代節約のため、明かりも消す。
それを勇真はぼんやり眺めていた。
「明日には給料入ってくるんだよな。何もなかったけど、曰く付きだったらしいから、多めだといいよな」
勇真は見えない悪意ある何かを感じてはいたが、本棚が倒れこんだのはただの事故だと思っており、結果的に自分の体でかばうことができたので、問題はないと思っていた。
勇真は、自分の怪力が周りから恐れられているのを知っており、その人間関係のわずらわしさから、毎日同じ場所に通う定職はやっておらず、自分の怪力が役立つ引っ越しなどの力作業や、恐怖に鈍いため幽霊が出てくるなどの曰く付きで高い給料のところに呼ばれたら働いている。
激安のアパートに住んでおり、食事も軽く済ませることが多く、趣味もなくお金をかけることもないため、家に引きこもっていることが多い生活でも、なんとかできている。
明日に入ってくる給料の具合によっては、仕事の頻度が変わってくる。
明日は仕事はないため、夜遅くまでゆっくりお酒を飲んだりできる。
たまに常連で一緒に働いて、顔を合わせる人もいるが、必要以上に人と関わりたくない。
それが、今回飲みの誘いを断った理由でもあった。
「ん?」
窓辺にもたれかかっていると、サッシに何か置かれているのに気づいた。
見ると、透明ででも立体的なものが二つあった。
手に取ってみる。
手のひらの大きさほどの楕円形の石。
それなりの重さがあり、ずっしりとくる。
持っている感触なければ分からないほどの透明さ、まるで水晶のようだった。
月にかざして見てみる。
「え?」
一瞬口が生えたように、歯のようなギザギザした線が浮かんだかと思ったが、見直すと何もなかったので、すぐに気のせいだと思った。
「さっきまでなかったよな?」
月の光に反射して、キラキラ輝いている。
いつまでも見ていたいと思えるほどだった。
じっくり見ていると、満月の辺りで何か飛んでいるのが見えた。
最初は飛行機か鳥かと思ったが、どう見ても形状が違う。
横に細長いだけじゃない。
縦にも長かった。
さらに目をこらすと、勇真の目には人が何かにまたがって飛んでいるように見えたのであった。
「マジで疲れてんな」
勇真は目をこする。
しかし、石越しに人の姿が見えることは変わりなかった。
石を下にずらしてみると、満月の前の人の姿は見えなくなる。
また上に戻すと、人の姿が見える。
「この石には何もないよな」
ハンカチが手元にないので、服の裾でこするが、見えるものは変わらない。
「ここからじゃ、よく見えないよなあ」
思わず、スマートフォンでやるように、石に二本指で触れ、広げて、遠くまで見えるようにした。
できるわけないと笑ったが、本当に人の姿が拡大されたので、目を見開いて驚く。
「何なんだよ、この石」
拡大された姿を見ると、全体が黒か紺色の装束で覆われており、頭にはとんがり帽子、またがっているものは箒であった。
勇真は目に見えるもの全てに訝しみ、首をかしげる。
すると、今まで進行方向を見ていた魔法使いが不意に視線を外す。
誰かに見られていることに気づいたようだった。
そして、石越しにだが、二人の目が合った。
「やべっ。気づかれた!」
とっさに石をポケットにしまう。
「さっきからのぞき見していたの、あんた?」
背後から声がする。
恐る恐る振り返る。
真っ暗なため、シルエットしか見えない。
不意に部屋の明かりがつく。
むすっと、不機嫌そうな顔をする少年がいた。
「だから、あんたかって言ってんだけど」
その姿は、黒いとんがり帽子の下に真っ白な髪、真っ白な肌、赤いルビーのような目と、日本人離れしていた。
空に浮かんでいたときと同じく、黒いケープ、インナー、パンツと黒尽くめである。
ぱっと見外国人かと思われるが、日本語は流暢に話している。
背丈は160㎝ほどで中学生か小学生くらい。
中性的で小顔の整った顔つきだが、声は少し高めなものの、変声期を終えた少年の声の低さだった。
「不、不法侵入…」
「盗み見している奴に言われたくないし」
「ってか、靴!」
「あ、そっか。日本は部屋入るとき、靴脱ぐんだったね」
少年は玄関に靴を持っていく。
「何で見ていたの?言っておくけど、俺ちゃんと免許持っているからな」
「め、免許?」
懐から鞄を出し、ガサゴソと探す。
「ほら」
カードを手渡した。
そのカードは、英語で綴られており、英語の読めない勇真には分からなかった。
「おっさん、もしかして英語分からない?」
「おっさんって…」
先ほどからの少年の生意気な口調にいささか腹が立ってきている。
それとともに、おっさんと呼ばれる年なのかとショックも受けていた。
「こうすれば分かるだろ」
少年がカードに触れると、カードの文字がうねうね揺れて、アルファベットから日本語へと変わっていく。
その異様な光景にも驚くが、日本語になると一番上に大きく書かれていた。
『魔法使い 箒免許証』