15話
鳥のさえずりとまだ梅雨も明けてないのにセミの鳴き声が聞こえる朝。
梅雨の真っ最中だというのに、カラッカラに晴れ渡っている青空。
カーテンの隙間から、眩しいくらいの陽の光が差し込んでくる。
布団に入っていた勇真はのそりと起き上がる。
まだ眠気が抜けないのか、ごしごし目をこする。
目を覚ますために、洗面所へ顔を洗いに行く。
水をぱしゃぱしゃかけ、もらいものの白い無地のタオルで顔をふく。
そして、鏡に映った顔をまじまじ眺める。
「眠っても、元には戻らないか」
ため息をついて、肩を落とした。
昨晩は魔力切れで気絶するように眠りに落ちたので、いつ寝たのか覚えていない。
もしかしたら、一晩寝たら元に戻れるのではないかと淡い期待をしたが、その願いは叶わなかった。
「寝癖ついていても、こいつはイケメンだな」
跳ねた髪をつまんだりする。
「そういや、優魔はどこにいるんだ?」
居間に敷かれた布団は1枚だった。
この家には、ここ数年は友人を呼ぶことがなかったために、一組しか置いていなかった。
騒ぎがなければ、ひとまずは優魔に布団を使ってもらおうかと考えていた。
自分は床でも寝られるだろうと。
このとき、入れ替わったことにより寝心地も変わるだろうことは考えていない。
魔物がいた屋敷から自分の家に戻っていたので、優魔が自分を運んでくれたのだろうと、考える。
体は今は相手が大人で、自分は子供とはいえ、もうすぐ三十路になるのに、中学高校生くらいの子供に世話になったことが申し訳ない。
優魔がどうやって寝たかは知らないが、起きた以上今の自分より元に戻れていないことは把握しているはず。
この辺りの地理には詳しくはないのに、外に出たのだろうか。
考え込んでいて、ふと隣の風呂場に電気がついていることに気づいた。
「シャワーでも浴びているのか?今日も暑いもんな」
ふと、自分の服がパジャマになっていることに気づく。
「これも勇真が着替えさせたのか」
確かに、露出していないあの真っ黒の服で、寝るのはきついものを感じていたので、少し涼やかにはなった。
しかし、勇真の体が寝ている優魔の体の服を脱がせて着替えさせることに、端から見たら事案じみたものを感じてしまう。
「俺もシャワー浴びたいな」
これが男女感の入れ替わりなら、一悶着あるのだろうが、男同士なら気にしない者も多いだろう。
現に、優魔は気にしないでシャワーを浴びているし。
しかし、芸術作品じみたこの姿だと、自分から脱ぐことに罪悪感を感じる。
「それにしても遅いな」
シャワーだけじゃなく、湯船にも浸かっているのか。
気になり、ドアを叩く。
返事はない。
もしかして、電気つけっぱなしなだけで、別の場所にいるのではないか。
恐る恐るドアを開ける。
そこにいたのは、何も入ってない浴槽で縮こまって、スマホを眺めている優魔の姿だった。
「お前、何やっているの?」
勇真は優魔に呆れた目を向ける。
今まで色々考え込んでいたことが馬鹿らしく感じる。
その視線に気づいて、勇真が顔を上げる。
スマホは手に持ったまま、ワイヤレスイヤホンを外す。
「おはようございます!レッドハート」
立ち上がって、ばっと礼をする。
自分が勢いよくやると、風も立つのかと、その勢いのよさに圧倒される。
ハキハキした声で、目をきらめかせている。
いきなり懐いたのか、礼儀をわきまえたのか分からないが、勇真にはそれどころではなかった。
レッドハート。
その言葉に、顔を引きつらせる。
自分でつぶやいただけだと思っていたが、当時よろしく大声で叫んでしまっていたのだろうか。
「お前、何言って…」
『燃える心臓、レッドハート!』
そんなはつらつした声が風呂場に響いた。
「間違えてどこか押しちゃったかな」
優魔がスマホを操作している間も次々と声が聞こえてくる。
『知性あふれる頭脳、ブルーブレイン』
『雷光の走り、イエローレッグス』
『癒しの手、グリーンハンズ』
『キュートな瞳、ピンクアイ』
『みんなを守る、みんなで守る』
『我ら』
『エブリバディーガーディアンズ』
ドーン、とお決まりの爆発音が聞こえる。
「とりあえず一時停止にしますね」
スマホの動画の真ん中の場面を押し、再生の赤い三角マークが出る。
硬い翼を持つ灰色の女性型の怪人が、大量生産型の怪人たちに指示しているところで止まっていた。
「あ、ここ使いますか?すいません、長居してしまって。俺、着替え用意してきますね」
バタバタと、浴槽から出ようとする。
「待て待て待て」
それを手で制しようとする。
「昨日も言ったが、自分の姿が自分に敬語使うの変な気分になるから、無理に使わなくていいって」
「え、不自然ですか?」
「いや、めっちゃスムーズだけど」
ツッコミで大声を上げてしまう。
「やっぱり、長年憧れ続けてきた人相手だから、敬意を表したいなと」
照れてれと、自分の体がうねうね動いていることに、正直引きたいが、それ以上に言わないといけないことがある。
「さっきレッドハートとか言ったが、別に俺はそいつじゃない…」
『燃える心臓、レッドハート!』
「流れた声、まんまこの声じゃないですか」
「うぐっ…」
いつの間にか巻き戻して再生した声に、何も言えない。
「俺も悩んだんですよ。俺が長年憧れていた人が、こんな冴えないおっさんだったのかって」
「…悪かったな。まあ、今はお前がそのおっさんだけどな」
否定することも忘れて、煽ってゲラゲラ笑う。
「だから、活躍した頃の映像調べたんですよ。そしたら、すっかりはまっちゃって。早い話が、俺はあなたのファンになりました!」




