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情けは人の為ならず(2)

「……一級薬師の刻印が入った指輪をお見せください」

 モニカは腰のベルトの革のポケットから指輪を外して、見せた。

「あー、鑑定は……いない……! 失礼いたします」

 断ってから、受付は、モニカの指の間から指輪をそっと取って、じっくりと眺めた。

「はい、確認が取れました。ありがとうございます。本物でございますね。冒険者ギルドは貴方を歓迎いたします。ようこそいらっしゃいました、一級薬師様」

 それから、モニカの目と髪を凝視して、

「……その髪色と目の色……人違いであれば、大変申し訳ございません。もしや、ストルゲ・ディーオン様の弟子、モニカ・ディーオン様でございますか?!」

「そう、ですね。あの……」

 キラキラと目を輝かせた受付に、モニカは当惑に眉を寄せて、受付の目を見た。

「幼少の頃、彼に薬の作り方について、ほんのわずかではございますが、教えて頂いたのです。もうお伝えすることが二度と叶わないので、代わりに、貴方様に。ありがとうございます」

 師匠ならなんというだろう、と思い、モニカはできる限り口角を上げて、穏やかな感情を目の奥に浮かばせた。

「ああ、貴方のお役に立てたのなら、それ以上の幸福は、ないよ」

 もしもこの場に彼女の師がいたのなら、こう笑っただろう。全く、モニカは相変わらず私の真似が上手いね。しかし……無邪気だなあ、モニカは。

「……! 私の能力があまりに至らなかったせいで、彼に感謝をお伝えすることもままならなかった。そう思っていた。……ありがとうございます、モニカ・ディーオン様。貴方のおかげで、やっと、不幸な人生が今一度報われた気がします。モニカ・ディーオン様。私にできることであれば、なんなりとお申し付けください」

『モニカ。言っただろう? 人とぶつかって、相手に舌打ちされて通り過ぎるような世界でだって、すみませんと一つ謝れば、こちらこそすみません、と返してくれる人はいるんだ』

 師の言葉を思い出して、モニカは薄っすらと笑んでいた。

「薬づくりの、道具や設備をお貸しいただけませんか」

「あっ。そうでしたね、申し訳ございません。ええと、こちらの裏側に回っていただいて、はい、そこにここにある薬づくりのための道具全てです」

 指示の通りにカウンターの裏に入ると、床に袋が置いてある。なんとも適当な扱いだ。そこはかとなく哀愁を感じ、モニカはそっと袋を開いてみた。必要最低限はある。余計に、ぞんざいな扱いに涙が出る。

 モニカは思考を切り替えた。手持ちの薬草と、あとは魔力さえあれば……。

 自分は論外だし、受付にしたって特別魔力が多いわけじゃない。冒険者たちにしたって変わらない。さてどうしたものか、できることならここに多くの薬を残していきたいのだが。自分とネルの分も補充すると考えると、到底魔力が足りない。受付の人に薬の知識や技術を足してあげはするが、他に何か自分にできることは……。こういうとき、いつもモニカが頼っていた師匠は、そういえばもういないのだった。

 悩むモニカに、ネルと受付の怒鳴り声が届いた。

 そこではたと、同行人は魔力量が多かったな、とモニカは気がついた。

 袋を持ったままカウンターを出て、モニカはまだ言い争いをしているネルに話しかける。

「あの」

「だから、貢献はするといっているだろうが! この能無しめ。この! 私が! こんなところに能力を使ってやるといっている!」

「だからねえ、軍人サマ? 何回も言ってるが、冒険者ギルドでもあんたみたいなやつは入れたくないんだよ」

「あー、無能な部下を思い出す!」

「無能無能というがね、あんたのがよっぽど話の通じない無能だよ! とっとと屋敷へ帰りな!」

「ああ? 帰る家があるものか。あんなところ、捨ててきたッ!」

 ネルはいらだったように舌打ちを繰り返し、声を荒げている。

「あの!」

 大声を出したモニカに、なんだなんだと視線が集まる。

「魔力、ください」

「嫌に決まっている。お前は黙っていろ」

「魔力、ください」

 モニカは全く同じ返答を、十回ほど繰り返した。受付との会話で神経がささくれ立っていたらしいネルに、腹を蹴られても答えを変えなかった。

「……好きにしろ!」

 我慢比べはモニカの勝ちだ。

「ありがとうございます」

 モニカはその場に道具を広げ、ネルの指を薄く切らせてもらい、血液から魔力を抽出する道具で魔力を魔力加工瓶に閉じ込め、受付から貰った水を少しずつ瓶に流しいれる。魔力をたっぷりと含んだ魔力水になったことを確かめると、モニカは煎じていた薬草と多少の水とを落としていく。これは魔力の籠った薬草で、薬効は人間の持つ自然治癒力の促進。それが魔力によって変質して、骨や筋肉などを常識はずれな速さで治すことができる回復薬へと変わる。最後に鎮痛効果のある薬草を入れて、終わりだ。

 酒を飲んでいた冒険者の一人に、出来た薬を持っていく。

「その腕、骨が折れていますよね? だから、仕事ができない」

「あ? それがどうしたってんだ? まさか、オレを責めるってんじゃねえだろうな?」

 妙に喧嘩腰なのは、単に彼に余裕がないからだろう。モニカにも覚えがある。生きるために必死だと、些細なことでも腹が立って仕方がない。

「……最後の晩餐には、少々早いかと」

「なっ」

 半分賭けで出た言葉だったが、勝った。モニカの静かな眼差しにたじろいだのだろうが、視線をそこら中に移らせ、彼はつとつと声をつないだ。

「骨なんて、折れたらもう治んないだろ。冒険者として、こんな腕じゃ食ってけねえよ。アンタみたいに薬の知識?技術?もなにもありゃしねえんだから」

「そうでしょうね」

「あ? 馬鹿にしてんのか、てめえ」

「いいえ。それだけは絶対にありえませんよ。……これ、貴方に使ってもいいですか?」

「……は?」

 ぽかんと口を開け、意味を理解すると、怯えるように答えた。

「い、いや、そーゆーのって、毒入ってるかもしれねえんだろ? それに、高い金要求されるんだろ? いい、いい。オレはこのまま、酒におぼれて死ぬんだ。いい死にざまだろう?」

 モニカはやはり、感情が読み取れない顔で返す。

「わたしがしたいから、するのです。お金は貰いません。貴方の死に様を汚します。毒は入れません。……毒は、高いので」

 モニカはベルトからナイフを取り出した。

「怪我のあたりを一度傷つけなければいけません。失礼いたします」

 彼の右腕に触れると、モニカはそこを裂いた。そこに少しずつ回復薬を流して、ふわりふわりと魔力が骨、筋肉へ変化していくのを観察すると、腕を離した。

「……う、動かしても、痛くねえ」

 希望も何もない目を、モニカに向けて、

「……ありがとう。もう少しだけ、足掻いてみるわ」

「死ぬときは、モニカ・ディーオンまで。きっと力になります」

 そのとき、がたんと大きな音を立ててドアを開いて、叫んだ人がいた。

「なあ! うちの戦士がざっくりやられちまった! 誰か、あいつを助けられねえか!」

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