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罪を重ねよう

 翌朝、モニカは目覚めると、自身の状況を思い出し、軽く嘆息した。悲観はしないが、それを悲しく思う。

 モニカは人間らしくない。自覚しているし、他人にもよく言われる。それがどうしようもなく、虚しくて、辛い。

 モニカが立ち上がった瞬間目を開いて、ネルはじっと地面を眺めた。剣を土に刺してそれを抱く形で寝ていたようだ。

 一度きつく目を閉じると、ネルは剣を引き抜いて鞘に戻す。

「移動するぞ」

 ネルの一声で、門から離れた位置の城壁の前まで歩いた。ネルのペースは軍人のそれであり、薬師のモニカには疲れる道のりだった。

 ネルは無感動に上を見ると、モニカに射抜くくらい強い目を向けた。

 人を疑っている眼だ。それと――。

「お前は私についてこい。何も口を出すな。いいな?」

「それは嫌で――」

 抗議したモニカの喉が、内側からじくりと刃を刺される錯覚を覚えた。

「いいな?」

「嫌、です」

「……なんでだ?」

 優しさすら感じる声音で、ネルが問うた。モニカは真っすぐな目でネルと目を合わせた。

「貴方が、辛そうだからです」

「……はあ。腹が立つ。今すぐにでも、殺してしまいたい」

 何もかもに疲れたように言って、ネルが手を結界の方へ向けると、数秒後、バチバチと結界が燃え始めた。薄く水色に歪んで見えた空間が、赤く染まっていく。徐々にクリアになっていく。……本当に、結界を破った。

 モニカのうっすらとした感動を遮るように、鋭く鐘が鳴る。何かしら不穏な空気が伝わってくる。

「……は、」

 口から血を吐いて、右手を口許に当て、ネルは咳き込んだ。

 魔力が血液に乗って流れるのを感じる。おそらく原因は感情の乱れに呼応して乱れた魔力が、器となる魔力容器から溢れたこと。そういった体内の魔力を体が血液と共に吐き出そうとすることを、魔力吐血と呼ぶのだ。ネルは相当に魔力が多いらしいから、その魔力が自ら多少魔力を吸収したから今まで吐血がなかったのだろうが、今大きな魔法を出して魔力が消費されたから、吸収されなくなった。とモニカは結論付けた。

 ちなみにこの魔力容器が、溜められることができる魔力の最大値の量――魔力量を決める。魔力容器が大きければ大きいほど、魔力量は大きくなり、反対もしかり。

 魔力吐血の対処法は、感情の乱れをなくすこと。まあ、モニカには今、出来ぬ話だ。

 モニカがそれを見守っていると、ネルが城壁を登り始めた。空を飛ぶ補助魔法はあるが、魔力が上手く操れないのだろう。

 モニカはそれを途方に暮れたように見上げた後、足を城壁に引っかけて登り始めた。見かねたネルが魔力で紐を作ってくれるくらいには、遅かった。

 魔法というのは便利なもので、攻撃魔法やら補助魔法やら定めてはいるものの、強くその現象を願えばそうなってくれる。その想像が続かなければ魔力は離散してしまうので、詠唱や魔法陣など、神様に願いを確実に伝えられるような手段があるのだが。

 ネルはモニカが両足を城壁の上に乗せた瞬間、紐を引っ張り城壁を飛び降りた。モニカは城壁の上を引きずられ、さらには落下するときに頭から落ちることになる。……もしもモニカがドロワーズを履いていなければ、アウトだった。いや、定義によっては既にアウトだが。

 特に抵抗はないが、犯罪行為を上乗せすることになるのでやめていただきたい。モニカは思いつつ、攻撃魔法に分類される身体能力強化魔法を使いながら走っているネルに追いつかなければと、紐をつかむのをやめず、走り始めた。

 周囲から恐怖の目が向けられている。結界が破られた合図の鐘が鳴り、そこになにやら急いでいる人間がいれば、疑うのも当たり前のことだ。このスピードで見れるとは思わないが、ネルのボタンには国の紋様も入っているのだし。

 適当な貴族らしき屋敷の扉を蹴り開け、目についた一人に屋敷の主の居場所を吐かせる。モニカの首の魔法に目を向けると、青ざめて叫びつつ、ご丁寧に教えてくれた。

 モニカは疲労も蓄積しており、たった今全速力で走ってきたばかりである。ネルが教えてくれた人を素通りするのを見るや否や、その場に座り込んだ。肩を大きく上下させる。一気に血液が回って、顔が熱い。ネルはモニカを無視して、教えてもらった部屋に飛び込むと、剣を抜きつつ、身分証を作れと言った。

 腰を抜かして椅子から転げ落ちた彼に、侮辱するような目を向ける。

「二度は言わない。身分証を発行しろ。でないとこの小さな地は隣の国のように燃えるぞ」

 がくがくと震えながら二人分、身分証のサインを作り、彼はそれを押し付けるようにして、叫んだ。

「どうか、どうか領民だけは見逃してくれ!」

「身分証以外に用はない」

 短く答えてやると、ネルはようやく追いついたモニカの襟を掴み、来た道を引き返す。数歩引きずられ、理解したモニカが自分で歩き始めると、ネルは手を外した。何をしてそれを、とモニカは身分証二枚をさしたが、ネルは無言だった。

「あの」

「黙れ。死ぬか?」

「……」

 モニカはネルに違和感を覚えた。良心の呵責を感じていないと、そんな反応はしない。何も感じていない奴は、怒らない。

 ところで、ネルはどうしてモニカを生かしているのだろう。彼女の精神状態は人間不信に近いように思う。体を動かせるようになるなりモニカの首を締めあげたことといい、どこかおかしい。本来の彼女は、正義感のある人間である可能性も、あるのではないか。

 モニカはそこで、ついさっき目に焼き付いたあの目を思い出した。

 人を疑っている眼だ。それと――人を信じたい目だ。愛を、信頼を渇望している目だ。

 モニカの情緒も狂ってしまったのだろうか。それとも、平常運転だろうか。

 モニカは、ネルのことをもっと知りたいと、どうか力になりたいと、心からそう思った。

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