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一件落着

 モニカが困っているのを察知したのか、魔石がモニカの手から飛び降りて、鉄格子に表面の部分だけくっつけると、溶かし始めた。

「……魔力を、吸っているのでしょうか」

 魔石が動いたことに驚かず、冷静に観察するモニカ。ネルなどが見れば、そこではないだろうと呆れそうだ。

 それはモニカが言った通り、魔力を吸っているようで、徐々に表面の部分を広げ、魔力を吸うスピードを上げている。

 立方体の形をした部屋で、一面鉄格子がなくなる、というところで、ぐらり、と魔法が傾いた。

「……魔法が、解けていく――」

 あ、という様子で魔石が止まったときにはもう遅く、どんどん加速をしながら魔法の部屋が地上へ落ちていく。

 まるでアトラクションか何かのように、視界がブレて体が奇妙な感覚に包まれる。いや、湧き上がってくる、という方が正確だろうか。

 一面開いたところから落ちそうになりつつ、とりあえずモニカは鉄格子に必死に掴まった。魔石はモニカが持っているところ以外を全て吸いつくし、モニカが諦めて鉄格子を離すと、魔石は粘着質にモニカの手首を掴んで(この表現が正しいかはわからないが)、鉄格子を吸った。やがて魔法は跡形もなくなり、魔法に押しつぶされる危険性はなくなったが、それよりもモニカの命である。

 魔石はモニカの頭の上に乗って、頭を守ろうとし始めた。賢いですね、とモニカは思いつつ、せっかく魔力中毒を免れたのに落下死は嫌だ、とどうにか考えるが、なにもない。そのうち小さく人が見えるようになって――。

 その中に、特徴的な真っ白く輝く銀の髪を見つけると、

「ネル様ッ! 助けてくださいッ!」

 モニカなりに全力で叫んだ。魔物の死体を処理していたネルは作業をほっぽって、モニカが落下しそうな地点まで走ると、飛びあがって、まず魔剣を地面に突き刺した。

 次に猛スピードで落ちてくるモニカの襟首を人間ではありえない目で捉え、握りこんだ。

 ゆっくりと、魔法で重力を軽くしながら降下して、悠々と地面に立った。

「ありがとうございます」

「ああ。感謝してくれていいぞ」

「……ところで、なぜ地面に魔剣を投げたのですか?」

 モニカを雑に放りながら、ネルはすらすら答えた。

「下手に魔剣に魔法を使うと失敗する恐れがあった。魔法で軽くしないと、魔剣は割と重い。自分に魔法を余計に使うには、ちょっと時間が足りなかった。どうすることもできないから、捨てるのが最適解だった」

 ネルが魔剣を元通り戻すと、モニカはなるほど、と頷いた。いつの間にか魔石はポケットの中に入っていた。

 そんな二人に、つかつかと歩いてくる少女がいた。彼女の殺気だった気配に、ネルが無表情で振り返る。

「貴方が、っ!」

 ネル腹のあたりを小さな手で精一杯殴って、

「もっと、速く来てくれれば、お母さんは死なずに済んだのに! なんでもっと速く来てくれなかったのっ!」

 ネルは顔色を変えず、少女を冷めた目で見降ろした。少女は気圧されたように後ずさって、手を下げた。

 ネルは少女と目が合わせられるよう、屈んだ。

「いいか。やり場のない感情があるのは分かる。それを発散したくて、ねじ曲がったところに恨みをぶつけたくなるのも分かる。だがな、それを実行に移すのは、プライドをドブに捨てたみっともない行為だと思え。恥だと思え。それだけだ」

 モニカはその真っすぐな言葉に、心臓が跳ねた。なぜだか、自分に言われているようだった。しかも心当たりがあるような……。

 ネルは、お前の母親なんぞ知らん。私は正義などではない。私は私の、手に届く範囲で気が向けば助けるだけだ。お前が母親を守り切れなかった、というのであれば、それはお前の責任だ。黙って反省文でも書いておけ、と言いかけたが、やめた。

 彼女の目に、涙が溜まっていたから。

 ネルは泣き叫ぶ少女を無視して立ち上がると、魔物の死体の処理に戻っていった。

 モニカは見かねて、先ほどのネルのように屈んで、少女の頭を撫でた。

「辛いですよね」

「……お母さん、お母さんね、わたしを庇って死んじゃった!」

「……罪悪感で、おかしくなりそうですよね」

「なんで、わたしじゃなかったの?」

「それは、」

 一瞬、言葉に詰まった。これは自分が言っていいものなのかどうか悩んで、一度深く息を吸って、再び口を開いた。

「それは、貴方の大切な人が、貴方を大切だと、生きてほしいと、思ったからです」

 自分もそうだ、と自惚れてはいけない。願ってもらえるはずがない。愛してもらえるはずがない。

 だから。

「だから、生きなくちゃいけません」

 ふっと微笑んで、モニカは少女にハンカチを渡した。

「差し上げます。どうか、貴方に幸運が降りますように」

 こくりと頷いた少女は、モニカに背を向けて去っていった。

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