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勇者

 真っ白い色に、モニカの金の目が染め上げられた。光が弾けて、もう街の中心に浮かんでいた魔物を、一閃した。

 その光属性の魔法を帯びた斬撃はダイバー全体に広がって、夜の都市を照らした。

 高い建物の上で、青年が壁を蹴って宙に駆けだし、真っ白い(つるぎ)を魔物に、それも目に真っすぐ突き刺したのが、なんとなくわかった。下すぎて、碌にわからないが、そんな気がする。彼は突き刺さった剣を支えにして、魔物の上に乗った。そこに風の魔法が容赦なく飛んできて、その魔法の使い手らしい女性の傍らには、すっと両手を絡めて祈る少女がいた。両手いっぱいでしか持てない大槌を振り回しつつ、青年と同じように飛んだ、筋肉質な男性。魔物はあまりの衝撃に、都市の中心部から大きくそれて、結界で遮断されている水面が揺れた。

 青年が光属性魔法の詠唱をして、祈っている少女によって強化されたらしい剣で、脳を貫通した。目を焼きそうなくらい真っ白な光が、街に広がる。

 街中にかかっていた魔法が解けた。宙を浮く魔法が切れ、魔物は重力に従って急速に落ち始める。どうやら、息絶えたらしい。

 あわあわと涙目になった青年と、わわわ、と慌てる少女によって、魔物の死体は地上付近で止まった。下で攻撃をしていた魔法使いたちは押しつぶされずに無事、その場から離れることができた。

 いくらかの沈黙が流れた。あ、あはは、と気まずい顔で、青年は呆然とした街の人々の顔を見渡す。

「…………」

 形ばかりの笑みを浮かべた青年は、とりあえず、魔物の死体から飛び降りた。徐々に理解が追い付いてきたのだろう、ある一人の男が拍手を始めると、ちらほらそれに続く者が現れ、やがてそれはそこら一帯での拍手となり、耳が割れんばかりの音になったのだった。

 ちまちまと魔法を当てて魔物に対抗していたネルは、その様子に舌打ちをした。人々が退避したあとに地面に落ちた魔物の死体に、自慢の魔剣で殴り、げしげしと蹴りをいれておいた。硬い皮膚にも、多少の傷が走る。魔物は全てが貴重な資源になって、高く売れる。このくらいは許されるだろう、多分。と適当に言い訳を見繕った。ネルは気づかれないうちにそっと退散しておいた。モニカの元へと歩き始める。モニカの死んだ目を見れば、少し溜飲が下がりそうだ。

 自分よりも、哀れだから。

 ふと思い浮かんだ考えを打ち消した。自分の思う自分は、もっと気高い人間だ。

 ――本当に、来た。

 モニカは青年を見た。立ちすくんでいるモニカに目をやる者はいない。目が、見開かれていた。わずかに歪んでいる。

 憧れかもしれない。憎悪かもしれない。知らない。どうでもよかった。

 重要なのは、師の言葉で動き続けてきた体が、崩れ落ちたということだけ。

 気づいてしまった。純粋な感情で善行をしている彼と、自分の違いが。

 モニカは贖罪の為だ。死なない理由づくりだ。つまりは、自分の為だ。他人のために命を投げ出すのではない。どうでもいいものをゴミ箱に捨てているだけ。モニカにとって、自分の命なんて元々ゴミも同然だった。それを今更、大切にする気もない。たとえ価値があろうと、ゴミ箱の中で汚れたものを取り出したくはないのと同じ。

 モニカはだから、彼のようにはなれない。善人になれない。

 ほら、今もモニカが魔力回復薬をあげた少女は、モニカではなく青年にお礼を言っている。

 モニカはいつもよりも一層暗くなった目で、じとりと彼を眺めた。ため息を一つ吐いて、立ち上がった。

「それでも、救わなくっちゃいけないのです。わたしはモニカ・ディーオンだから」

 モニカが背を向けると、後ろから声が聞こえてきた。

「……名前、ですか? ええと。――勇者アキレウス、と申します。僕と彼女――セシリアは回復魔法が使えます。お怪我をされた方は、遠慮なくおっしゃってくださいね」

 勇者が指し示したらしい方向には、ふわりふわりと空中から降りてくる少女がいた。白いヴェールや真っ白な髪、睫毛など、白が印象的な少女だ。袖が広がったワンピースもマントも白い。

 一瞬目が合った気がして、心臓が鳴った。目を逸らして、モニカは彼女とすれ違い、目的地へと歩みを進めた。

 スラム街は、ダイバーにもあった。出稼ぎに出て帰れなくなったのであろう、少年少女が多いはずだ。ダイバーであれば寛容だからと、ここに子供を置いていく親もよくいる。結界の中だから、魔物に襲われる心配もないのだし。

 モニカはありったけの薬をスラム街に置いた。きちんと彼らが見えるように一瓶飲み干しておいた。本当に限界な人間は、それを見て一か八かと飲むだろう。

 自分に価値がなければいい、と思った。そうすれば、きっと弱者にとどめを刺してはしまわないから。

 そこを出たら、不機嫌そうなネルと会った。

 ネルは冷めた目をモニカから逸らし、ここから一番近いであろう結界の位置を見た。

「勇者どもが結界を修復するそうだ」

「はあ」

「実に不愉快なことだ」

「喜ばしいことです」

「不快だ。私がスコトスの王女だとバレたら、アルカディア出身の勇者と戦いになる可能性がある。それは避けたい。――ゆえに」

 ネルはモニカの襟を引っ張りながら、

「とっととこの場を離れる。宿から、ダイバーの門まで三分で戻ってこい」

「えっ」

 ネルに無言でずるずると引きずられるので、モニカは自分で歩き出して、諦めてダッシュで宿屋へと向かうのだった。

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