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海の魔物

 モニカは駆けだしていた。ここ最近で一気に体力がついた気がするな、と呑気に思った。

 安全性の高いはずの結界を通り抜けてきたらしい。水面と結界によって弾かれるはずの声が、街中に声高々と響いた。

 巨大な鯨を空高くに見た刹那、モニカは爆薬を投げつけた。これだけは自衛のためにと、師匠から教えてもらっていたのだ。

 空中で爆発し、燃えカスが地に降った。……届かない。空を飛ぶ魔法を使える魔法使いか、身体能力強化で高く飛べる戦士かしか攻撃を与えられないだろう。

 ローブを着た魔法使いらしき人が走ってきて、魔法をかけた。必死に思考しながら、モニカはそれを見ていた。

 闇属性の魔法だった。それは鯨に近づくほど高く高く浮いていって、鯨の魔力を吸収し、その魔力を利用して静かに爆発した。遠くすぎて聞こえなかっただけかもしれないが。

 そのおかげで、モニカは人の泣き声を捉えることができた。

 少女の、幼い少女の声。怯えた声ではない。苦しんでいる声。

 少女の近くにたどり着くと、なぜ苦しんでいるのかが分かった。自分の魂、つまりは魔力の塊に無理矢理魔力を絡まらせられたかのようだ。モニカは微細な魔力操作で粘着質なそれをはぎ取って、魔力回復薬を蜂蜜で味付けしたものを渡してやる。午後、暇になって作っておいてよかったと心から思う。

 頭を撫でてやり、近くの人にも同様にはぎとる。数人にそれをすると、視界が突然ぐにゃりと歪んだ。めまいと、ふらつきだと気づいた。魔力切れ。すぐにシスターアメリアのネックレスで回復するが、それでも目がかすんでくる。薬の調合を間違えることはないし、適切な処置ができている。が、それがいつまで続くだろうか。一級薬師の名に懸けて、きっと持ってみせるけれど、それでも、目がぐらぐらしてくる。頭痛が鳴り始める。歯を食いしばって、慣れっこだと言い聞かせ、歩く。

 治療中、今の状況を推測する。おそらく、これは魔物の固有魔法。結界系の固有魔法だろうか。町全体にかかっているように思う。根拠は、何度同じ人を治療しても、またすぐ粘着質な魔力がどこからかくっついてくる。

 魔力は多ければ多いほど、魔力や魔法への耐性をつける。もちろんなくなれば比例して耐性も弱くなっていく。……あの闇属性の魔法使いは大丈夫だろうか。

 街の固有魔法は、多分アロイスのような状態に強制的に持っていく魔法であると推測できる。魔法理論やら魔法陣論やらを師に読まされたがゆえに理解できるのだ。アロイスの場合は悪魔の契約なので、いろいろと例外はあると思うが、魔力中毒と呼ばれる症状であると思われる。

 魔力中毒とは、魔力容器になんらかの要因で他の者の魔力が入り込み、それにより自分の魔力があふれることで起こる魔法病と呼ばれる病気の一種である。溢れた魔力に体が耐え切れず、体が膨張して……そのあとは、言葉にしたくない。

 そういうわけで、モニカは迅速に魔力を引きはがしてやらなければならない。とにかくまずは、自分よりもなによりも、目の前の人を助けることだけを考えよう。そこで、モニカはあることを思い出した。

 攻撃魔法を得意とする魔力の性質を持つ者は、魔法耐性や魔力耐性に酷く弱い。

 そして、モニカの同行者は、攻撃魔法の中でも特に攻撃に特化した火属性が得意な魔力をしている。

 モニカはそこに薬をありったけおいて、残りの一つを持って宿屋に走り、苦しむ人を見過ごして、ネルの部屋へと向かった。

 ネルは、ベッドの上に起き上がって、ボロボロの結界魔法を自分にかけていた。

 魔力を斬って、蜂蜜抜きの薬をネルの口に突っ込んだ。この人なら前も気にせず飲んでいたしいいだろうと思った。

 限界まで眉間にしわを寄せて、ネルは蒼い顔でモニカに言った。

「……他人の魔力が混ざって、頭が痛く、吐き気がして、耳鳴りは止まず、眩暈が視界という視界を揺らした」

「典型的な魔力中毒の症状ですね。――原因はあの魔物かと」

 モニカは窓の外の空を指さした。ネルは加虐的な笑みを浮かべて、剣をとると、窓から軽やかに飛び降りた。ペリースが深い深い青色の空に映えて、綺麗だった。

 街はそこらに死の香りが漂っている。魔力が酷く濃い。モニカでさえうっすらと分かるほどに、濃い。粘着質な魔力と、いろんな魔力。沢山の種類の魔力が、空気に混ざっている。

 例の魔物は、腹に多少の傷を負いながらも悠々と泳いでいた。

 水面のせいか、体がゆがんで見える。

 魔力中毒というのは、人が最も苦しんで亡くなる病の一つと言われている。

 虚ろな目で、モニカは爆薬を投げた。無駄だと分かっていても、それでもなお投げずにはいられなかった。

 モニカは爆薬が落ちるのを眺めると、はっとして周りの人々の治療に当たった。何度も何度も、亡くなったと思った痛みに苛まれる人々を、また治療する。それは善と言えるのだろうか。……いや、言える。少なくとも死にはしないのだから。でも生きることがいいことだとは、限らない。

 ああ、とモニカは思った。いつか師に教えてもらった嘘のように、馬鹿みたいな、都合のいい力を持った勇者が何もかもを救ってはくれないか、と。確か勇者というのは強いのだろう?

 薬師でしかないモニカには、価値がない。この世で大事なのは、魔法だ。それが微弱で、どうしようもない自分は、一生ゴミの掃きだめで生きているのが似合いだ。そもそも唯一の取り柄だって、全部、偶然、たまたま、師に拾われたから手に入れただけものだ。優しさも強さも弱さも技術も全部、自分のおかげではない。

 その途端、モニカの瞳は深く染まった。

 







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