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平和

 魔法で早速服を変えたネルは、足元の通気性の良さに落ち着かない気分になりながらも、魔法に関する店、魔法店へと足を運んだ。

 ネルが欲しいのは動物の血液だ。対人間であればいくらでもある血液だが、対魔物となると、魔剣に吸わせるには適さない。というか、単純にデルタという偏食家がやる気を出してくれない。

 そうしてネルも自分の買い物を終え、モニカが部屋に入れるよう宿屋の前で待機することにした。

 新しい服は悪くない。動くたびにしゃらんと鳴るチェーンは、鈍い金属の音ばかりを聞いていたネルにとっては、ただただ心地よかった。それに、ペリースも風に揺らめく様は爽快感を煽った。スカートも、案外ズボンよりも重く感じない。これはまあ、あの店の性能の良さもあるとは思うが。

 というのもこの服、魔法の回路の無駄が一つもないのだ。一枚の紙が、この服全部だと仮定すると、細かく書き込みすぎて遠目から見ると紙が真っ黒に見える、そのくらいには。服を軽くする魔法やら、身体能力強化やら、肉体と布、どちらも丈夫にする結界魔法やらが大量にかけられている。

 いい買い物をした、と思考を打ち切ったところで、モニカが宿屋に歩いてきていた。

「……ネルさ」「はははッ!」

 モニカの声を遮って、ネルは笑い声をあげた。腹を抱え始める。

 いつにも増して死んだ目で、モニカは自身を見下ろした。

 信じられないほどのふくらみのパニエのおかげで膨れたひざ丈スカート。爽やかな緑色である。フリルの織り込まれた白いブラウス。スカートと同じ色のケープ。後ろで結ばれた大きいリボンがふくらはぎまで垂れている。差し色には目の色と合わせたのであろう、控えめな美しさのある金色が使われている。ネルも髪の色と服の黒とが対照的で目立ったが、くすんでいるような明るいような、不思議な緑色によってモニカのパステルがかった桃色がとても目立つ。

 外見の幼さによって服の持つメルヘンさがことさら強調されていて、それが無表情で暗い目の落差になっている。ネルはそこに受けたらしい。

 そのせいでますますモニカの顔から温度が消えていくので、さらに受けて、ネルはしばらくそこから動かなかった。

「……一応、ベルトについているポケットは実用性があるそうです」

「あ、は、あはははは!」

 ひーひー言いながら、少女然と笑った。モニカはその表情が年よりも幼く見えて、どこか自分に似ていると感じて、視線を落とした。笑い声がうるさいので、すぐに顔が上がった。

「あの、ネル様」

 ようやく笑い終わったネルは、黒い手袋で涙をぬぐいながら、左手で宿の鍵を渡した。

「これがお前の部屋の鍵だ」

「ありがとうございます」

 受け取って、モニカは、あ、と声を出した。

「ネル様、洋服が似合っていますよ」

 では、と言い残すと、ネルを置いてモニカは自分の部屋へと戻った。

 ネルは自分の体に目を移して、じっと見ていた。それから、振り返って宿屋へと向かった。しゃらんとチェーンが鳴った。





『師匠、これは?』わたしは顔を上げて、師匠の顔を見ました。師匠はにっこり笑って、わたしに秘密を教えるように囁きました。『勇者と魔王の伝説についての絵本だよ。子供たちはこれを読んで育つんだ』わたしは疑問を投げかけました。『師匠、地獄――ゲヘナに存在する魔王は、未だに封印や討伐されることなく、魔物を指揮してこの世界の生き物を滅ぼそうとしています。この本は嘘つきです』『そうだね。嘘だ。現実はもっと酸っぱいね。でも、勇者が魔王を倒すって、わくわくしたろう? その気持ちを味わうための嘘だから、いい嘘なんだ』優しく細められた目に、わたしは理解不能になりました。『そうなのですか。なんの意味もない嘘ですね。なぜこんなものがあるのか、読まれるのか。理解に苦しみます』こんなものの為に木を、魔法を使うのなら、火にくべて暖まった方がよほど生産的な行為だと思ったのです。そんなわたしに、師匠は。『……師匠? なぜ笑っているのですか? ……この手は? どうして頭に置くのですか?』『私が君を愛しているからだよ、モニカ』





 嫌な予感がして、モニカは飛び起きた。軽く服を整えると、薬を作るための道具を全て持って外へと出た。杞憂であれば、別に構わない。夜に散歩なんて、モニカにとってはよくあることだったし、誰一人として悲しい思いをしていないのなら、それに越したことはない。

 水面がゆわりと揺れる。真っ暗だ。ぱっと置物が光を発する。

 夜なのに活気がある。しかも、華やかなわけではない。昼の普通の街中、といった活気。町全体が夜に起き始める街ではない、穏やかな明るさ。

 ただ好きだから起きている。そんな自由を感じた。好ましい。

 そんなことを思った瞬間、モニカは足を止めた。

 ざわざわと風が走る。

 奇妙な声。――魔物特有の、気持ち悪い声がした。

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